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月と魔術師と預言者と  作者: カザ縁
1.魔術の使えない魔術師と、自称預言者
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預言の力

結局ウルリヒはもう一度エルヴィンの腕を引くことは無かった。

何故かちょっとだけ心に残るものを感じていたが、エルヴィンは足を止めず寮の自室を目指した。


暗くなるころにドアが二度、ノックされた。


「ユーリエです。お食事をお持ちしました」

「ありがと」


この時間になると必ずユーリエが夕食を持ってくる。

いつもなら適当な場所に置いて去っていくユーリエだが、今日は何故か留まっていた。

普段、表情のない彼女なのにちらり、と瞳を動かしてなんとなく忙しない…気がする。


「…どうした?まだ何かあんのか?」

「…お客様がいらっしゃられています」

「客?」

「お通ししてもよろしいでしょうか」

「あ、あぁ…」


客が部屋に来るなんて初めてのことだ。

教授や管理係がたまに来ることはあるが、客はない。

ユーリエの様子もいつもと違うので少し緊張した。

ユーリエは一度外に出て客を招きいれた。

「やい!」

「……帰ってもらえ」

「ちょっとー!」


意味不明な挨拶と共に現れたのは…ウルリヒであった。

まさか、こう来るとは思わなかった。


「客ってなんだよお前!どうやって入り込んだ!?」

「普通にこの人にエルヴィンって人のところまで連れてってーって言って理由話したら連れてきてくれたよ」

「なっ…ユーリエが!?」


あの鉄面皮で何考えてるかまったくわからないユーリエが?

ユーリエを見ると申し訳なさそうに目を伏せた。


「勝手な振る舞いをして申し訳御座いません…しかし」

「い、いや。お前は悪くないよ…」


それよりユーリエのしおらしい表情というのが新鮮…というか初めてでかなり驚いた。

突然表情を作り出す女性にエルヴィンは無意味に緊張した。


「そうそう、君は何も悪くないよ」

「お前が全部悪いんだよ!ウチの女中に変なこと吹き込むなバカ!」

「エルヴィン様!」


突然ユーリエが声を大きくした。

こんなに大きな彼女の声を聞くのも初めてだ。


「な、なんだ?」

「僭越ながらわたくしはこの方の仰る通りだと思います」

「なにが?」

「エルヴィン様はこのような場所に留まっておられる器の持ち主では無いという事です」

「…お前まで俺が解放者だって言うのか?」


ユーリエは真剣なまなざしでゆっくり頷いた。

あの、ユーリエが。

自分が何を話しても眉ひとつ動かすことの無かったユーリエが、ここまで大きく表情筋フル活用している。


「なんだよ、ユーリエ…お前…どうしたんだよ?ウルリヒ…コイツに変な魔術でもかけられたのか?」

「いいえ。わたくしは…もう随分と昔から、エルヴィン様の本当の居所はここではない…特別な方だと思っておりました」

「…確かに俺の居場所はここじゃねーよ」

「そういう事ではございません!」


ユーリエはまた声を荒げた。

そして何を思ったのか突然エルヴィンの傍に駆け寄ってその両手をとった。


「エルヴィン様。わたくし、あなた様は只の神聖では無いと思っております。そうでなければあなた様のそのお力はなんだというのでしょうか」

「…宝の持ち腐れ?」

「違います!エルヴィン様…あなたは、あなたをわたくしを…」


最後は掠れて聞こえなかった。

泣いている?あのユーリエが自分のために?

今更手を握られている事に緊張してきた。


「おやまぁ、悪い男だねぇ」

「人聞きの悪い…悪い男はどっちだよ」

「女の子の涙には逆らえないよね!さあ、レッツ解放!」

「しねーよ!」


もう何がなんだかわからなくなってきた。

ここではい、と答えないと空気を壊してしまうような雰囲気だ。

正直この攻撃はきつい。

だけど軽々しく頷くわけにもいかない。


「ホントに頭固いなァ…別に悪い事しようって言ってるんじゃないんだからさぁ~」

「俺が一番信用ならねーのはアンタの方だよ」

「わたし?わたしの事は大丈夫だよ」

「当人が言っても仕方ないだろ!」


結局この調子で言い合いは夜中まで続いた。

仕方なしにこっそりと部屋に泊まらせたが、明日には絶対追い出してやろうとエルヴィンは思った。



また、あの歌だ。


心地良い、懐かしいようなメロディ。


広がっていくような、それとも閉じていくような。




朝起きると…ウルリヒの姿は無かった。

まったくもって不可解で意味不明な奴だな、とエルヴィンは思った。

しかしいなくなったのを少し残念だと思ってしまいそうな頭を振るった。

またいつものようにくだらない1日が始まる。

起きて顔洗って、制服に着替えた。

そしていつものように教室へと向かう道を歩いている時だった。


「おはよー、エルヴィン」

「ん…おは……をい」


目の前を爽やかに通り過ぎたのはどこから取ってきたのかパンを口に放り込みながら歩くウルリヒであった。

こんな下品な行動をする神子はいないので、やたらと人の目と嘲笑を頂いてしまった。

エルヴィンと話すだけでも目立つというのに。

制服も着ていないウルリヒが生徒ではないとバレるのは時間の問題だ。

エルヴィンはウルリヒの首根っこを掴んで小声で叱った。


「ばか、お前。目立つ行動はとるな」

「わたしの事心配してくれてる?ありがたいね」

「ちっげーよばぁか!バレると俺も厄介なんだよ!」


ウルリヒは顔に笑みを浮かべながらパンをさらに頬張った。


「おい、新入生か?ならソイツに話しかけないほうがいいぞ」


後ろから妙に響いた声にエルヴィンは慌てて後ろを振り返った。

そこに居たのは同じ制服に身を包んだ男子生徒…名前はアーベルだったか。

自分が名前を覚えている神子は少ないが、この男は少し前から何かと絡んでくるので覚えていた。


「ソイツは神子の皮を被った一般人だからな。魔力吸い取られるぞ」


事実かどうかはともかく悪意があることは確かだろう。

なんでこんなにつっかかってくるのかエルヴィンにはわからなかったので、あまり相手にはしていなかった。


「ご忠告有難う。でもわたしは預言者だから魔力はそんなに無いかなぁ」


嫌味とも取れそうな言い方である。

しかし純朴でもったりした感じのウルリヒはその嫌味すら薄らいでしまう。

アーベルはちょっと眉間に皺を寄せた。


「…新入生なら教えといてやるよ。ソイツは魔術も使えねぇくせに神聖を名乗るとんだ詐欺師だ」

「ホント温かい気遣い、痛み入るよ。でもそれはもう知っていることだから」


心なしかアーベルが片眉を軽く動かしたような気がした。

それでもウルリヒの表情は変わらない。

もしわかっててやっているのなら大物に違いない。


「だったらソイツに関わるな」

「…ヤキモチ?」

「誰が誰にだよ!いいからこっち来いよ!」


アーベルの追い討ちに見事な変化球を打ち返したウルリヒは強引に腕を引かれた。

ように見えたがウルリヒはぴくりとも動かなかった。

エルヴィンは何度かの痛い経験で知っているがこの小さな見た目にしてウルリヒはやはり、かなりの力持ちらしい。



「悪いけど、わたしはエルヴィンに用事が有るんだ。君に用事が無いならエルヴィンは借りるよ」

「なに…っ」


いつの間にやら人だかりが黒山になりそうになっていた。

もう充分目立っていたが、これ以上ややこしい事になる事態は避けたかったエルヴィンは二人の間に割って入ることにした。


「よ、すまねぇアーベル。コイツちょっと頭の方がアレなんで何言っても通じないと思う。だからここは見逃してもらうぜ」

「…お前!」


アーベルの顔はひどく驚いているようだった。

何かマズイことでもしてしまっただろうかと思ったが、とりあえずここは引くことにした。

ウルリヒをひっぱて目立たない場所へ移動しようとした時だった。


「待て!エルヴィン!」

「…なんだ?誰だおまえ?」


突然人ごみの中から出てきたのは見たこともない神子のひとりだった。


「だ、誰だおまえ?」

「これからこの世に名を馳せる魔術師だ…!お前入学のとき一番の魔力の持ち主だって言われてたよな…」

「え…まぁ、ほんとかどうかわからないけど…」

「だったら試してみないか?」


言いながら黒い塊を手にだした。魔術だろう。


「試す…?」

「実は俺も魔力の多さには自信があるんだよ…だから魔術の使えねえお前に劣っているとは思えねぇ…それで試してみようかって話だ」

「な、なんだよ決闘か?でも俺は魔術使えないって…」

「案外ピンチに陥ったら開花するかもしれないぜ…!」


理不尽すぎる。

これは一方的ないじめ行為だ。

しかし男の手の中でどんどんと大きくなる黒い塊は近づいて来ていた人だかりを遠ざけていた。

この塊、当たったら当然タダでは済まなそうである。

なんて考えている間にもどんどんとまがまがしい渦は大きくなっていっている。


「…冗談じゃないって…まじで」

「ほら、魔術使ってみろよ」


使え無い事わかっていてやっているのだから物凄く性質が悪い。


「うわぁ…これは確かに大きな魔力だね…」

「ああ………ってお前逃げろよ!」

「安心してよ、預言によれば君はまだこんなところでは死なないから」

「そういう問題か!」


死なないにしても重傷負うとかそんなことより、そこまでして信じる預言ってなんなのだ、とエルヴィンは思った。

自分は魔術が使えなくて自分のほとんどを疑っているというのに。


本当に自分が神聖?


何もできないのに。

何もできないのに。

何もできないのに。


一番心に突き刺さる言葉が頭の中を何度も駆け巡った。

目の前に広がる闇はまるで心の中をあらわしているようだ。


「くらえ!!!!」


何も出来ないのに、どうしてお前は自分を信じられる?


どうすればそんな風に生きられる?


隣で意思揺るがぬ瞳のウルリヒを見て思った。

しかし結局自分はこんなときでも魔術を発動することは出来なかった。

せめて、自分を信じてくれているウルリヒだけは救いたい。

そう思って自分から塊の前に飛び出た。


「…エルヴィン!」


腕に軽く電撃が走ったような感覚がした。


………。


「…まさか」


霧が晴れたように目の前の視界が開ける。

目の前のひどい土煙の向こう側には呆けたような顔の神子がいた。


「…う、腕がいたい…」


見ると攻撃を直に受けた右腕の制服は破けていて擦り傷のような細かい傷が腕にたくさんついていた。

しかしそれだけであった。


「…な、なんでだ?お前は魔術を使えないはずだ…」

「つ、使ってねぇ。使ってねえよ。俺は魔術なんて…」


向こうが寸で止めたのかと思ったが、どうやらかなり本気だったようである。

しかしエルヴィンも魔術を使ったような感覚はなかった。

魔術を使ったことが無いのでわからないが。


「ほぉら!やっぱり!わたしの預言は正しいかったね!これこそ神の思し召しって感じじゃないかな!」

「え、そ、そうなのか…?」


本当に預言のおかげなのか?

心が激しく動かされた。


「そうだよきっと!さー!そうと決まればこんなところに用事はないよね!さっさと行くとしよう!」

「ま、待て…その前に準備」


ウルリヒはとても嬉しそうに笑った。


「ああ、じゃあ部屋に戻ろうか!」


勢いで、頷いてしまった。


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