偽神子と闖入者 2
神聖の異能は夜に光る星や月の明かりと体内にある魔力とが結合して反応する現象によって起こるらしい。
らしい、というのはその因果関係がハッキリとしないからである。
しかし月や星が力を与えていることは間違いなく、神聖はそこに自分の持つ魔力が呼び起こされる感覚もあるという。
古来より神聖は月や星に神が住み、力を与えてくれていると信じていた。
だが今よりずっと昔…三千年前の話。
それは最後の神聖族が滅びるころの話であった。
月が封印されてしまったのである。
具体的にどのようなことが行われたかは不明であるが、月はそれ以来光を薄くしていった。
…月は徐々にその明かりを薄くし、今では肉眼で観測することは不可能に近い。
月は強大な力を神聖に与えていた。
それゆえにその明かりが消えていくのは神聖の力の低下をも示していた。
「…おーい、お前、頭大丈夫か?」
「君よりかは大丈夫だと思うけど…」
確かに見た目は自分の方がヒドイ、とエルヴィンは思った。
しかし中身の話はまた別問題だ。
「アホウな事いってないでそろそろ授業に出たらどうだ?」
付いていけないやりとりをしているうちにいつの間にか昼休みは終わりそうだった。
しかし少年は手を顔の目の前でフリフリ振りながら意外なことを言った。
「いやいや、わたしはココの学生じゃないからね」
「…は?…お前魔術師だろ?」
さっきの無茶苦茶ジャンプも魔術だろう。
そう思っていたら少年は見た目にそぐわない豪快な笑いをした。
「あっははっ!わたしは魔術師じゃないよ!わたしは預言者だよ!」
「…え?」
じゃあさっきのアレはなんなんだ。
いやいや、それよりも預言者ならば神聖であるということだ。
この神聖学園都市で神聖は神子か教師か管理係しかいない。
「教師ではないよなぁ…」
どう見ても同じくらいの年齢だし。
こんなバカげたことをしたり言ったりする教師も見た事が無い。
「わたしはただの預言者。ここには用事があって訪れただけ」
「なんだ客か…?それなら職員室に案内するけど…」
「いや、用事はもう済んだよ」
「…迷っているなら出口まで案内するが」
「別に迷っていないし、観光もしていないけど」
まさか、という言葉がエルヴィンの頭を走った。
ここは見なかったことにして去るのが一番だ。
「…じゃあ俺は失礼させてもらう」
「待ってよ!わたしは君に用事があるんだ」
がっ!という音が聞こえそうなほどキツク腕を掴まれた。
エルヴィンは痛さに驚いてまたうずくまってしまった。
「ご、ごめん…君ひ弱だね…」
「アンタがバカ力すぎるんだよ!」
「うーん…否定はできないけど…それよりも、わたしは君に用事があるんだ」
その答えは予想していなかった。
正直これ以上係わり合いになるのは御免である。
「…だってお前不審者…侵入者だろ!」
「ちゃんと入り口から入ってきたよ!」
そういう問題ではない。
今までの話を総合すると、彼は招かれもしないで敷地に侵入してきた不審者だ。
不審者にはソレ相応の処置が為されるが、そいつに構っていたとなるとただでさえ不安定な立場が足元から崩壊する。
しかし誰にも気づかれず敷地に侵入することが出来た、という事は神聖であることは間違いないのだろう。
「お前さっさと逃げたほうがいいぞ。捕まると厄介だ…俺が」
「わたし一人では無理。わたしは君を連れに来たんだ」
今、言ったことが一瞬理解できなかった。
そういえばさっきも理解できないことを言っていたような気がする。
「…行くか!」
「月の解放には君の力が必要なの!お願い、わたしに付いて来て!」
顔は…真剣である。
目線も逸らせようとしない。
その眼力にこっちがうつむいてしまうほどである。
「…月の解放?バカを言うなよ。そんな事できるなんて聞いたことない」
「だから、わたしが預言した」
「…おまえが?」
「そう。わたしが。わたしは産まれた時から知っている。君が月を解放するんだ」
力強い言葉。
力強い瞳。
力強い態度。
「…で、でも月の解放が預言されたなんて聞いたことない」
「本当だ!だってわたしはそう、神託を受けたんだ!」
「お前が神聖だっていうのは譲るとしても…お前、他にどんなこと預言したんだ?」
信用度を測るために聞いてみた。
しかし彼の言葉は僅かな期待すらも打ち破るほどに簡単なものだった。
「わたしは他の預言は出来ないよ」
「…は?」
「他に預言したことはないって言っているの。わたしが授かった預言はこれだけ」
「……じゃあな。がんばって逃げろ」
エルヴィンは男に背を向けて去ろうとした。
その腕をまた男が掴んだ…激しく。
「だから痛いっつーの!」
「ごめん!でもわたしの話を聞かないから!」
「他に預言したこともねーやつの解放の預言なんて信じられるか!」
「仕方ないじゃないか!わたしはこれ以外の預言はできない…わたしが知っているのはこれだけだから」
「…預言もできねー預言者なんているワケ」
ふ、と冷たい音が頭の中で鳴った。
預言が出来ない預言者。
魔術が使えない魔術師。
「…ひとつも当たったこともないのに、…信じろっつー方が無理だよ」
人に文句が言えるような自分じゃ無い事はよくよく理解していた。
「でもわたしは預言者だ。誰がなんと言おうとも。ただひとつの預言しか出来なくても、これが私に与えられた神託なのだって信じてる!」
「出来ないのに名乗っちゃ駄目なんだよ」
「ひとつでも預言したら預言者ー!それにわたしはちゃんと神力も持ってるし!」
「それはそうだろうけど…」
同じ境遇というだけで急に親近感が湧いてしまった。
しかし、だからといって信じるわけにはいかない。
「…その預言では俺が月を解放するって?」
「うん!間違いないね!…君がここに訪れたという事がわたしの預言が正しいことを示しているんだよ」
「え?」
「M3240の青の月。不可侵の土地、梢の向こう、太陽が高く昇る時、黒き髪を持つ少年が現れる。少年は月を解放せしめる魔力を持つ者である」
確かに年号や季節、時間帯…場所もあっている。
不可侵の土地というのは大方この神聖学園都市を指す言葉なのだ。
そして…エルヴィンは確かに長い黒髪を持っている。
二人が出会ったのは梢の揺れる木々の下。
「……それは」
「わたしの村に行って確かめてもらえば確実だよ!わたしは預言書を残してきたから」
「…その預言書は他に何が?」
「わたしが行く道の先に解放の場所があるって」
「…アバウトすぎる」
もしこの男の言う事が本当ならその預言は半分当たっている。
だが、しかし…。
エルヴィンはここにきて本当のことを言う気になった。
「確かに俺は現れたけど…悪いな。俺にはなんの力もねぇ」
「魔術師なんでしょ?」
「…俺は魔術が使えない魔術師なんだよ」
悔しいが仕方のない話だ。
男は少し目を瞬かせた。
「ふうん?」
「…反応薄ッ」
「君、魔力は持っているんでしょ?」
「まぁ…」
潜在魔力だけはかなり膨大だと聞いたことがある。
だからこそ将来有望だと言われ期待されていたのだ。
「だったら別に外れてないじゃない。君のその魔力は月を解放するために有るんだ」
「…へ?」
その考えは無かった。
というか、そんなバカな考えは思いついてもすぐ忘れるほどの話だ。
コドモの紙芝居にもならないどうでもいい話。
「悪いが俺はもう魔術をあてにする気はないんだよ」
「君はそうでもわたしは君の力が必要なんだよ!」
そう…言われれば悪い気はしないが。
「君、魔術使えないならここに居ても意味ないでしょ?」
「そ、それを言われれば何も言えねえけどよ…」
確かに…このままアテもなくふらふら出て行くより、嘘でもいいから付いて行っても悪くない。
だが、そもそも妄言としか思えないことばかりいうこの少年を信じてもいいのかがわからない。
「お前はいったい何者なんだよ」
「…そういえば自己紹介がまだだったね!わたしはウルリヒ。ここから南の方の田舎な村から来たんだよ」
そう言って手を差し出すウルリヒ。
握手…だろうか。
しかしこの手をとっていいのかどうか、一瞬悩んだ。
するとウルリヒがエルヴィンの手を取った。
「君の名前は?」
「…エルヴィン」
「エルヴィン、良い名だね!よろしく」
空気に流されてよろしく、と言いかけた。
「ちょっと待て!俺はよろしくするつもりはねーよ!」
「えー…別にこれくらい良いじゃないか。固いなァ」
「…ここにいる奴はみんな頭のカッテー連中ばっかりだから。さっさと逃げたほうが良いぞ」
「だから、君を連れてくまでわたしは逃げないよ!」
「勝手にしろ。捕まっても俺は知らないからな」
それだけ言うとウルリヒに背を向けた。
これ以上無駄に構っているとウッカリ付いていきたくなってしまうかもしれない。
もし、本当に預言があったなら、もう一度出会うことになるだろう。
そんな期待があったのかもしれない。