盗賊のお仕事 3
「すまない、失礼するよ」
セリムは立ち上がると足早にホールを出て行った。
残されたエルヴィンはまた紙の束を眺める。
何があったか少し気になったが身体が軋むので立つのも億劫だった。
そしてエルヴィンが考えに至った瞬間だった。
繊細なものが割れる音がして振り返ろうとするとすでに身動きがとれなくなっていた。
「動くと首を切る…」
「…!」
後ろから誰かに押さえつけられ首元には刃物が光った。
「…何者だっ…」
「すぐにわかる」
意外に高い声が耳元で聞こえた。
割れたガラスが床に散乱して割れた窓からは鳩が入ってきた。
騒ぎを聞きつけて真っ先に部屋に戻ってきたのはロマンだった。
「…エルヴィン!」
続々と雪崩れ込んでくる盗賊達。
最後に現れたのはなんとあの商人ラードルフであった。
「そいつは捕らえておけ!」
大声でそう指示するラードルフ。
しかしエルヴィンは当に捕らえられているし、捕まえている者も何も言わなかった。
「まさか貴族の家をのっとっていたとは…」
ラードルフが悔しそうに言った。
どうやらロマンがその貴族自身だという事には気づいていないようである。
それよりもエルヴィンは自分の身が今最大に心配だった。
相手は容赦ない凶手。
やすやすと自分を解放してくれるとは思えない。
不安感で頭がくらくらして心臓の高鳴りを押さえられなかった。
それに自分を人質にしたところで盗賊達には何の損もない。
あっさりと見捨ててしまう事もできる。
現に盗賊達が口々に言った。
「姫!あんな奴放っておいてさっさと逃げようぜ!」
「なにい!?お前ら仲間を見捨てる気か!」
ラードルフが慌てたように言った。
「こいつは俺らにとってもただの人質だよ!仲間なんかじゃねえ!」
そうだ、そうだと賛同する盗賊達。
随分身勝手なものだ、とエルヴィンは苦々しく思った。
まりにも果敢ない自分自身に苛立って全てがどうでもよくなってくる。
盗賊達のわめき声と、ラードルフの怒号。
ぐるぐると頭の中を廻って頭が痛くなる。
「うるせえおめえら!!」
突然鋭く響いた低い声。
エルヴィンの頭の中にも突き刺さるような感覚。
次第に頭の中の靄が晴れて行く。
声を発したのはウルフであった。
「そんなこたぁ姫が許すはずがねえ」
ずい、と前に進み出てロマンの隣に来る。
「そうだよ。皆もあまり品性疑われるような事言っちゃあいけないよ」
いつの間にかロマンの隣にいたセリムが言った。
「…エルヴィンはただ巻き込んじゃっただけ。彼に何の罪もない…私達はそういう人を助けるんじゃなかったの?」
しん、と静まり返った盗賊達。
不覚にもエルヴィンは少し感動してしまった。
ロマンは毅然と立って凶手を見つめた。
だが凶手は手を緩めるつもりはまったく無いらしい。
「…それはこちらの好都合」
凶手が呟いた。
確かにそうだ。
エルヴィンを見捨てないと決めた時点で確実に盗賊達は窮地に立たされた。
エルヴィンには“自分を見捨てても良い”なんて言う勇気は無かった。
「そうだ!あいつを放して欲しくば奪った荷をすべて返してもらう!」
突然ラードルフがいきがった。
エルヴィンはロマンやウルフの強い視線になんとなく安心感を得ていた。
頭も良く動く。
ラードルフの思い通りにさせるつもりはなかった。
「黙れよオッサン。アンタどうせ荷を返したところで俺を解放する気なんてないんだろ。俺は高く売れるとか言ってたくせに」
「な、なんのことだ」
少しうろたえるラードルフ。
魂胆は見え見えという奴だ。
「なぁオッサン。俺気づいた事があるんだよ」
「な…なにかね?」
「アンタが辺境地域で荒稼ぎした金の話」
目に見えてラードルフはうろたえる。
思った以上に小物であるらしかった。
「何の話だ…」
「隠しても意味無いと思う。そのリスト…おかしいトコだらけじゃねぇか。書いてある売値は辺境地と他の地域…まったく変わらない。
だけどそこのセリムによるとアンタ達は辺境地域でアホみたいな値段で物を売ってるっつー話だ。完っ璧に隠し財産だよな」
「なんのこ、ことだ…」
「まぁ聞けって。このリストにはもうひとつ秘密が隠れてる。この仕入れ表と売上表。これを見ていると…アンタが仕入れをしてバカ値で売ってるにも関わらず必ず物は売れる。
毎度必要ってわけでもねーのにアンタが物を売りに行くときは必ずバカ値でも売れるほど物資が不足してる。…まるで狙ってきてるみたいだ」
「偶然だ!」
「何回も続くと偶然って言わねないんじゃないの?」
ラードルフは完全にうろたえている。
何かを考えるように沈黙した。
ラードルフは苦しげに口を開いた。
「そんなもの…察知するなんて…不可能だ!」
「そうかな…じゃあ言わせてもらうけど、物資が不足してるって事は行商人が来ないからだ。行商人が来ないのは治安が悪いせいで賊が横行するため。
賊が横行するのは普段治安を護るやつ等がいないせいだ。それがいないのは統治者がそう命令してるせい。なんでそう命令するのかは税金が払われないから」
「そ、それがどうした…私には何の関係もない!」
「でもここでアンタが…貴族と手を組んでると考えたら話は早い」
ラードルフの眼の色が変わった。
エルヴィンは畳み掛ける。
「貴族と手を組み狙ってあんたは物を売りつける。売り上げは貴族にも分与する。…簡単に想像が付くぜ」
「そんな…そんな証拠は無い!」
「証拠か…まあ俺は持ってないけど…多分、アンタに協力してる貴族の家にはある」
「な、なんだと…」
「多分本当の売り上げリストはその貴族に提出してるんだろ。アンタが裏切らないように…アンタが金を隠さないように」
ラードルフは瞠目し完全に声を失っている。
それは盗賊達も同じであるようだった。
エルヴィンはちょっとだけ心の中で溜息をついた。
どうやら自分の考えは間違ったはいないらしい。
「なあ…アンタこれがバレたらどうなる?おしまい?」
「だ、黙れ…!どうせ貴族連中には何もできん!」
その言葉にロマンがぴくり、と動く。
その意味はエルヴィンにはわからなかった。
だがそれよりも強い一手がエルヴィンにはあった。
「貴族か…貴族は何も出来なくても。このままじゃアンタ確実に捕まるぜ…神聖教にな」
「し、神聖教…だと!?」
「そう。さっき盗賊達言ってたじゃん。俺は人質だって。俺は…神聖学園の神子だからな」
一応、と心の中で付け足しておいた。
ここで少々見栄を張っても良いだろう。
ラードルフの顔か青ざめていく。
「俺を助けるために神聖守護騎士が捜索してる。それはホント。だから俺を捕まえてもいい事ないぜ」
「な…なんだと…」
がくり、と膝をつくラードルフ。
初めからこう言っておけば良かったかもしれない、とエルヴィンは少し思った。
が、悪事を暴けて少し良い気分である。
気分に酔っていると、ラードルフが何か呟いた。
「…ろせ」
「え?」
「構わん!そいつを殺せ!!!」
ラードルフが大声を上げた。
気づいたときには凶手の腕がピクリ、と動いていた。
駄目だ。
そう、思った瞬間目の前に鳩が舞い降りた。
そして突然輝きだす。
「…!」
エルヴィンは…なんともなかった。
死んだかと思ったが…特に風景にも身体の異変も感じない。
何故か凶手の腕は動かずに止まっていた。
「ど、どうした?」
「う…動けない」
凶手が呟く。
動かないとわかれば身体の緊張が勝手にとけた。
スルリ、と抜けるようにしりもちをついてしまった。
「ウルフ!」
ロマンが名前を呼んだ。
その瞬間目の前にはウルフが居ていつものようにエルヴィンを担ぎ上げていた。
ついでに凶手に一発をお見舞いした。
凶手はなんとか動けるようになったようで寸で腕で受け止めたが軽がると吹き飛ばれてしまった。
しかしなんとか足で着地した凶手のローブがふわりとはずれた。
「女…?」
エルヴィンは思わず呟いた。
ローブの下から現れたのは間違いなく女の姿だった。
確かにあの声は女だと、今ならハッキリわかる。
ぼやっと見ていたらヒラリと誰かが横をすり抜けた。
「ロマン…!」
「任せて!」
エルヴィンが思わず声をかけるとロマンはウィンクをひとつ投げかけてそのまま凶手に向かって行った。
何が起こるのかと見ているとロマンは腰から短刀を取り出して凶手に向かって振り下ろした。
凶手も同じくナイフで応戦する。
火花が飛び散るかと思うくらい刃物をぶつけ合う二人をエルヴィンは唖然と見つめていた。
「ロマンって強かったんだ…」
「お嬢様はウルフにだって負けないよ?」
何故か自慢げに言ったのはセリムだった。
エルヴィンはウルフに担がれたまま成り行きを見守った。
二人は互角であるようでお互い押しもせず引きもせず攻撃を繰り出している。
しかししばらくすると凶手が大きく飛びのいた。
「…分が悪いわ」
ちらり、と盗賊達の方を見て呟く凶手。
そしてそのまま何もしないまま割れた窓から出て行った。
ロマンが行方を確認したが既に姿は見えなくなっていた。
「ふう…もうびっくりしたわ」
「お疲れ様ですお嬢様。ラードルフは捕らえておきましたよ」
いつの間にかラードルフは盗賊達に脇を抑えられていた。
ここにきてやっとエルヴィンも地面に下ろされた。
目の前にロマンがやってくる。
「凄いじゃないエルヴィン!私あなたの事ちょっと見直しちゃったわ!」
「おお、俺も見直したよ…」
呆けていて素直にロマンの事を褒めてしまった。
しかし自分も褒められたのでまったく悪い気はしない。
手を差し出されたのでためらい無く手を取った。
「ありがとう、エルヴィン」
「……ああ」
何故だか凄く不思議な気分だった。
照れくさいような、凄く嬉しいような、新鮮な気分だ。
こういう時どういう反応をしていいのかをまったく知らない。
そうだ…心からのお礼なんて、ほとんど受け止めたことが無い。
「それより…どうするんだ?あのラードルフって奴」
なんとなく居たたまれなくて話題を変えた。
対応したのはセリムだった。
「商連に突き出して貴族院で裁判にかけさせる予定だよ。任せておきたまえ」
「…お前達が盗賊団ってバレされたりしないのか?」
「彼の妄言だって言えば済む話さ」
にっこりと笑うセリム。
中々腹黒い…政治家、という感じがする。
どうやら政治面でもロマンの参謀役であるらしいセリム。
「僕は君に驚いているけどね。さすが神聖学園の神子様。頭の回転が素早い事」
「アンタだって気づいてたんだろ」
「可能性のひとつだとは思っていたけど確信までは持っていなかった」
しかしそこまで考えていたならあのリストを見れば一目瞭然だろう。
何故だかこちらは素直に褒められたような気がしなかった。
「僕は結構素直に褒めてるつもりだけれど」
何故か困ったように笑いながら言うセリム。
捻くれているのはエルヴィンのような気がした。
「正直侮っていたよ。まさかあんな度胸があるなんてね。尊敬に値する」
「やめろよ」
それ以上言われたらキレそうだ。
何故だか知らないが物凄く虫の居所が悪い。
セリムはエルヴィンのイライラポイントを着実についてくる。
なぜだろうか、理由はわからなかった。
「…では最後にひとつだけ。君は盗賊達と違って教養もあるし頭も良いし…友達になれるかな、と思ったのだよ」
妙に真剣にそう言ってすぐに後ろを向いて去って行ったセリム。
思わずエルヴィンはその背中を見つめてしまった。
何を思って友達になれるなど言ったのだろう。
エルヴィンは…そんなこと言われた事がなかった。