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月と魔術師と預言者と  作者: カザ縁
2.出会いと別れと再会と
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盗賊のお仕事 2

準備を終えた一行は待ち伏せする山へと向かった。

この山の向こうは首都アルミーンを護る砦しかなかったが戦時中ではないので人が少ない。

その後山が続き砂漠が有り、その向こうにはさらに辺境の村々があるが、わざわざ向かう者はほとんどいない。

それゆえ山道はそれなりに整備されてはいるが人通りはほとんどない。

こんな所を大商人の商隊が通るというのなら、当然腕っ節の強い用心棒を連れているだろう。

連れて来られたエルヴィンは待機しながら様子を見ていた。



「じゃーん」


妙にテンションの高い掛け声で現れたのはロマンだった。

その姿は普段の軽装と違い、煌びやかなエプロンドレスや宝石で身を包んでいるロマン。

胸元や指先にキラキラと輝く宝石が目に痛い。

少し化粧もしているようだし髪も綺麗にまとめてある。


「なんだそれ…」

「えへへ囮作戦のための衣装よ。どう?似合う?」

「ケバいな」


率直に感想を言った。

もちろん失礼を承知で。

いわゆる悪意の籠もった誹謗。

当然ロマンはむくれた。


「むう…ちょっとは褒めてくれたっていいじゃない」

「馬子にも衣装だって?」

「それも褒めてない!」


当然、褒めたつもりはない。


「もう!ホントに…覚えてなさいよ!」

「はぁ?」


ロマンは言うだけいうとスタスタと去っていった。

いったいどういう意味なのか気になるところである。


「ラードルフの隊商だ!」


向こうの方から見張りが声わかけた。

みなはいっきに散り散りになって持ち場に着いた。

慌ててエルヴィンも隠れようとすると、目の前にウルフが立ちふさがった。


「悪いな。少し我慢してくれ」

「は?」


言うが早いがウルフは突然…エルヴィンの腹を殴った。


「ぅぐっ…!」


当然痛いに決まっている。

声すらまともに出ない、そのくせ…意識は沈みはしなかった。

声も出ないし痛すぎて立ち上がれないし沈みはしないくせにぼやっとする。


「な…」

「姫!ほらよ」



無理やり立たされてそのままロマンの方に投げられた。

ロマンの肩にぶらさがるような形でそのままずるずる引きずられた。

全身から力が抜けたようで身体はまったくいう事を聞きそうになかった。

そのまま何処に連れて行くのかと思えば着飾ったロマンと共にそのまま隊商の前に躍り出た。


「お兄様!しっかりなさって!」


突然耳元で大声をあげるロマン。

隊商は驚いて足を止めた。

ロマンはしきりにエルヴィンを兄と呼び揺さぶった。

未だ衝撃に苦しんでいるエルヴィンは何もいえない。

隊商の後ろの方から中年中背中肉の男が出てきた。



「ど、どうしましたかお嬢さん」

「おねがいします、助けてくださいませ!お兄様が!」

「いったいどうなすったんです」

「わたくし達飲み物を売っていたのですが、帰りに盗賊に襲われ荷を奪われてしまったのです!お兄様は盗賊にやられてしまってこんな…!」


瞳をうるわせながらぬけぬけと言ったロマン。

エルヴィンは心の中で壮絶にツッコんでいた。

盗賊に襲われた部分のみ事実であるが。


「どうしましょう…!荷を奪われてしまい、お兄様は怪我をなさって…このままではお家にも帰ることが出来ません…」

「お、…おぉ…それは可哀想に」


言いつつ男の目はちらちらとロマンの胸元の飾りや宝石に目がいっている。

ついでにエルヴィンの方を見て軽く頬を緩ませた。

…気色悪い。



「それなら我が隊商が送り届けてさしあげましょう」

「まぁ!本当ですの!」


ころり、と態度を変えるロマン。

そのままずるずると引きずられて隊商に加わることになってしまった。

エルヴィンの体調が悪いからという理由でキャンプをする事になった。

屈強な男がいるわいるわでより取り見取り。

こんなの盗賊達が勝てるのだろうか、とエルヴィンは思った。

思っただけでまだまだ声に出す気が無い…というか喋ろうとするとつっかえた様に痛みが広がる。

ロマンはそんな男達に愛嬌を振りまきにいってしまった。

地べたに布一枚というところに寝かされてしまったエルヴィンは完全放置状態だ。


「…ちがいない。金持ちに…」


どこからか声が聞こえた。

よくよく耳を澄ますと、さっさきの中年中肉中背男…ラードルフであるようだった。

部下の誰かと会話しているのだろうか。



「もし貧乏だったとしても…やつ等を売れば済む事さ。特に兄の方は高く売れるぞ…」


そういう話はもっと内密にして欲しい、とエルヴィンは思った。

売られるなんて真っ平御免である。


「もし賊の類だとしてもこれだけ用心棒を用意したんだ…平気だろう」


黒い笑い声が聞こえてきそうだ。

エルヴィンは気持ち急いで…実際はのたのたと顔をロマンの方に向けた。


「皆様お礼にわたくし達の家の特性ジュースをお飲みになってくださいまし」


そう言いながら水筒に入った液体を次々と用心棒達に渡していった。

だが、用心棒達は矢張りそれに口をつけようとはせず不信そうな顔をした。

さすがにそれは危険と判断したのだろう。


「あら…皆様疑っておりますの?だいじょうぶでしてよ」


言いながら二人の男のコップを取りあげた。

片方は自分に片方は…エルヴィンに差し出してきた。


「ほら、お兄様の大好きなジュースでしてよ」

「…い」



いらねえ、と言おうとして言えなかった。

エルヴィンですら怪しいと思っているその液体…飲めるはずがない。

するとロマンはにっこり微笑んで自らその液体をいっきに飲み干した。


「…ふう!美味しいですわ!さあ、お兄様も!」


言いながら無理やり軽く起こされて口元にコップをつけられる。

嫌だ、無理だ、と思いながらもロマンは強制的に口の中に液体を流しこんできた。


「………!」

「ほうら、美味しい」


エルヴィンはその液体を飲んで…やはり何も言えなかった。

というか言えなかった。

その液体は…とにかく辛い。

めちゃくちゃ辛い。

いったい何が入っているのだ、というくらい辛かった。

エルヴィンはそのまま息をついたが元々調子の悪いエルヴィンを不審に思うものはいない。

しばらくたってもなんの変化も無いロマンとエルヴィンを用心棒は眺めていた。

その後すっかり信用してしまった用心棒達はようやくコップに口をつけた。

…その液体の中身を知らないで。



「…ぐ!?」

「があ!?な、なんだそれは!」


次々とわめき声を上げだした盗賊達。

少ししか口をつけていないものを驚いて飲むのをやめた。


「か、辛い!!」

「毒か!?」


次々と怒号や悲鳴が沸きあがる。


「大変だ!早く水を飲まなければ!」


慌てながら誰かが水を持ってきた。

次々に群がる用心棒達。

みなは我先にと水を飲み干した。


「な…これは…」

「ね、眠い…」


今度は次々に倒れていく用心棒達。

よく見れば全員寝こけている。


「今よ!」



ロマンの掛け声と共に方々から盗賊たちが飛び出してきた。

だが用心棒達は眠りこけて動けないでいる。

罠にはまらず残っていた用心棒達をウルフが打ち倒しその隙に商人から荷物を奪っていく。

スッカリ荷を奪い尽くすとロマンは商人の馬に乗り込んだ。

ラードルフは慌てたように荷物を奪い返そうと向かってきたが盗賊が軽く殴って打ち倒した。

ウルフは敵を倒した後にエルヴィンを担ぎ上げた。


「ずらかるわよ!」


かけ声と共に盗賊達はロマンの後に続き次々と山を降りていった。

まさに一瞬の出来事だった。



屋敷に戻ると盗賊達は戦利品の検分を始めた。

みな成功して嬉しそうであるが…エルヴィンの気分は最悪だった。


「う…酷い目にあった…」

「どうよ。ちょっとは見直した?」

「見直したっつーか憎しみが増した」



まだ喋ると腹が痛い。

絶対アザか何かになってそうである。

おまけに口の中もヒリヒリしている。

頭もくらくらするし身体の節々が痛い。

ソファに放られて動けずに突っ伏したまま瞳だけロマンの方を見た。


「…お前はあの液体飲まなかったのか?」

「飲んだわよ。でも私辛いの平気だから」


そういう問題だろうか。

エルヴィンにとっては毒でなくても体に悪そうな辛さだった。

しかしそれを飲んでもエルヴィン達は眠らなかった。


「…水か…水に入ってたんだな…」

「そうよ」

「でもあの水って誰が…」


あの時、慌てた誰かが水を持って来てそこに男達が群がった。

みんな何のためらいもなく何の疑問も持たずに水を飲んでいた。


「あの水持ってきたのは僕だけどね」


突然頭の上の方からセリムが声をかけた。

どこか嬉しそうな顔がイライラさせる。

そういえばセリムは船の中でも行商人に化けていた。

多分、用心棒に声をかけたのもセリムなのだろう。


「いやーうまくいって良かったですね、お嬢様」

「そうね。奪ったものの確認にいきましょう」


言いながらロマンとセリムは何処かへ行ってしまった。

エルヴィンをそのまま放置して。

痛みがややひいたエルヴィンは暇だったので放置された荷物の中を覗いてみた。

放置されているのはただの紙の束だった。


「なんだこれ…」


紙に書いてあるのはどうやら品物のリストと売上表のようだった。

つまらないものを拾ってしまったと思った。

しかしする事も無かったのでしばらくそれを眺めてみる。

確保した土地の水やら物資やらの名前がずらりと並ぶ。

おそらくこれが例の辺境の地でのリストだろう。

他の束も眺めてみた。こちらは仕入れのリストであるようだ。


「ん…」

「おや、体調はもういいのかい?」


相変わらず突然入ってきたのはセリムだった。

盆に水の入ったコップを載せてそのままエルヴィンに差し出した。


「誰かのおかげで最悪だよ」

「僕のせいではないよね」


作戦考えたのはお前だろ、とエルヴィンは言いたかった。

しかしコップは素直に受け取り水を飲んだ。


「ついでにこの薬も飲んでおくといいよ。なに、ただの痛み止めさ」


言いながら差し出された薬も飲んでおく。

正直怪しいと思わないでもなかったが今更な気もした。

もしどうにかするつもりなら今までにやっているだろう。

やっと普通の水を口にすることが出来て人心地ついた気分だった。


「なあ…ラードルフって辺境で商売して物の値吊り上げてたんだろ?それってどうやって調べたんだ?」

「簡単な事さ。直接行って買い物してきたんだよ」

「確かに簡単な話だな…それで他の地域の値段と比較したんだな」

「そういう事だけど…少しおかしな事があってね」


エルヴィンの隣に座ってセリムは話し始めた。


「辺境といっても貴族がいてこの国の領地として扱われている。税金も徴収されている。その分国は土地を守る義務があるわけだが…」

「だから嘆願書が来たんだろ?」

「そうなのだけれど…実はあの辺一帯の地域からはたまにしか税金があがっていないのだよ」

「お金がないからか?」

「ああ、しかしお金がなくともあそこは作物は取れる場所でね。税金さえ払っていれば食うには困らないはずだ。しかし税金を払わないと治安は悪くなるし作物を育てる土地も奪われてしまう。治安が悪いと行商人が物資を売りに来なくなる。当然嘆願書を寄越しても国が関与しなくなる」


戦時中でも無ければ利益の無い土地に執着する理由は無い。

確かに普通にしていればいいのにわざわざお金を溜め込む理由は無い。

辺境の土地だけあってお金を溜め込んでも良い事はあまりなさそうだ。

エルヴィンは考えた。

ひとつだけありそうな事がある。



「徴集した税金を横領しているんじゃねえのか?」

「僕もそう睨んでるね」


その土地を統治している貴族が集めた税金を横領…それなら有り得る話である。

しかしそうして民を疲弊させきってしまえば終わってしまう。

だからたまに税金をちゃんと納めているのだろうが…それだと民衆にバレてしまうのではないだろうか。


「嘆願書には横領の件は書かれていなかったね…ただそう…税が高すぎるという話だった」

「なるほど…税金を釣り上げて払えなくさせているわけか」


だがまだ問題がある。

そうしたところで民衆が貧乏になれば取れるものも取れなくなる。

エルヴィンはしばし沈黙してまた考えをめぐらせた。


「俺が思うに…」


エルヴィンが何か言おうとした瞬間だった。

突然大きな声が玄関附近から聞こえた。

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