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月と魔術師と預言者と  作者: カザ縁
2.出会いと別れと再会と
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盗賊のお仕事 1

船に乗ってのこのことやって来たのは大陸の港町だった。

大きな港で人もたくさんいる。

しかしその人並みに紛れて普通に歩く盗賊一行。

その間に挟まれたエルヴィンは逃げるチャンスを失いつつあった。


「何処に行くんだよ…」

「アルミーンよ」

「アルミーンって…王都アルミーンか?」



この国の始まり、人間の最高統治者の王が居る場所…王都アルミーン。

もっとも誇り高く気高い場所であるという。

貴族達が住み、豪商人が住み、そして民衆の住む場所。

政治が執り行われる貴族院もそこにある。

なぜわざわざそんなところに盗賊が出向くのか。

いくらなんでも兵士の目が光る王都で狼藉を働くのはまずすぎる。


「そんなこと無いわよ」

「どういう事だ?」

「貴族の中には私達に味方してくれる人もいるって事」

「…貴族が?」

「そう」


確かに貴族や豪商人が手引きをすれば利益が無いわけでもないだろう。

敵対する者を潰したりあがった利益から儲けを頂ける。

しかしバレればそれこそ一巻の終わりという奴だ。


「アンタ腹黒い事考えすぎなのよ!そういう薄らぐらい事は無しで善行として手伝ってくれてるのよ」

「うーん…ってもなぁ…きっと貴族なんかお前が考えるような善人ってわけでもないと思うぞ」

「わかってるわよ。でも私の手伝いをしてくれてる人は良い人ばっかりよ」


それが甘い、とエルヴィンは思った。

甘い顔して近づく奴ほど警戒しなくちゃならない。

そういう意味ではアヒムさえも疑わなくてはならないと思った。

なにせとんでもない奴をウルリヒと共に自分の救出に向かわせようとしているのだ。

彼に一体どういう意図があるのかはわからないが。

…何も考えていないかもしれないが。


「いいから行きましょう。私たちのアジトはアルミーンにあるわ」

「拒否権ないだろ」


前も後ろもがっちり塞がれているっていうのに。

こんな事なら少しは鍛えておけば良かった。

戦闘で勝てなくとも逃げ足が速ければなんとかなったかもしれない。

学園では運動の授業が無かったわけではないが…エルヴィンは真面目に受けていなかった。

しばらく歩くと大きな川が現れた。

川にはいくつもの小船が並び、人々が乗り込んでいる。


「これは…」

「運河よ」

「初めて見たな…」


書によると。

王都アルミーンは各都市から大きな運河で繋がっており、馬よりも舟で移動するほうが早い。

大きな湖の中心に街があるような場所で街中にも大小の運河が駆け回っているらしい。

水の都という事だ。


「しかし普通に舟に乗って盗賊がいれてもらえるものなのか?」

「もらえるわよ」

「…」


さっきから何なのだろう、この自信。

しかし捕まろうが捕まらなかろうが、エルヴィンにとってはどっちでもいい事。

むしろ捕まってくれたほうが好都合なので大人しく舟に乗った。

舟はスイスイと進む。

意外と…いや、かなり早い。



「……なんでこんなに早いんだよこの舟!」

「アルミーン御自慢の高速艇よ。もともとは軍用だったけれどこの利便性を生かされてアルミーン製の舟はみんなこの形状よ」

「…」

「もしかして怖いの?」

「怖くねぇよ!」


本当はちょっとだけ怖い。

水の上をこんなに高速で移動することが無かったから。

目の前の景色がぐるぐる変わる…まさに流転。

数時間後…いつの間にか目の前には大きな要塞が立ちふさがっていた。

しかしエルヴィンは軽く目をまわしていた。


「着いたわよ」

「ん…おお」


目の前に広がるのは噴水が取り巻く鉄壁の壁。

水しぶきやらなんやらで物凄い光景である。

威圧感!…という感じがする。

舟はぞろぞろと門前に進む。

船頭が何かをかかげ、それを兵士が一人ひとり確認する。

同じようにこちらの舟の船頭…実は盗賊の一人…も、何かを掲げた。

片手より少し大きいぐらいの紋章であるようだ。


「通行証か何かか?」

「ええそうよ。門の中に入れるのは貴族院の認める商人と舟業者と貴族とアルミーン市民だけよ」

「…その中に盗賊は含まれてないよな」


ロマンは何故かにっこり笑った。

意図が読み取れずにいると、紋章を見た左右の兵士が突然居住まいを正した。



「グライリッヒ家!ロマン8世子爵様!お帰りなさいませ!」


慇懃に礼をする兵士達。

その言葉が指し示す意味を飲み込むことが出来なくてぼーっとしているうちに門の中へと入っていった。


「ふふん、どーよ」

「…グライリッヒっていう家名につっこめばいいのか?8世につっこめばいいのか?そもそもロマンっつー名前につっこめばいいのか?」

「わざと言ってるでしょう!」


素直に認めるのも癪だったのでわざと言ったに決まっている。

その様子を察してかロマンがまた胸を張った。


「グライリッヒ家ロマン8世子爵とはこの私の事なのよ」

「お前といると頭痛くなるわ、ホント…」

「もう…もっとビックリしてくれてもいいじゃない」


充分驚いている。

まさか世間に名を轟かせる盗賊団の親玉が貴族の令嬢だったとは。

いや、令嬢ではなく爵位を授かる貴族そのものか。


「お前の両親は…?」

「いないわ。随分前に死んだの。だから私が爵位を拝命したのよ」

「じゃあロマン8世っつーのは…」

「グライリッヒ家では代々当主がロマンを名乗るのよ」


だからそんな名前なのか。

しかし盗賊団“ロマン”と名前が一緒なのは良いのだろうか。


「まぁ普通は盗賊が貴族とは思わないでしょ」

「そりゃそうだな…」

「そういうわけだから私の屋敷にレッツゴー!」


気づくと街中。

見渡す限り水が広がる水上都市。

枝分かれした水路で舟が行き交う。

しかし水路だけではなく、大路や小路もたくさんあり馬車や徒歩の人々も大勢いる。

整った美しい街並みに洗練された人々…都会である。

しかし相変わらず早い舟はスイスイと街の景色を変えて行く。

大きな水路を抜けると特に綺麗に整備された大路にたどり着いた。

植えられた樹木と脇を流れる小川、咲き乱れる季節の花々。

雰囲気は学園都市に似ている。

舟を降りてその路地をしばらく歩く。


「ほら、そこが私の屋敷よ」


そう言いながらロマンが指差したのはシンプルだが巨大な屋敷だった。

花の柵と屋敷とレンガの道…見事なまでにシンプルだが整った建物だ。


「ハァ。大きいなぁ…さすが子爵様」

「ちょっとは見直してくれた?」

「子爵って地位にはな」


そう言うとロマンはむくれた。

そして軽く膝後ろあたりに蹴りを入れられた。

かなりイラッとして仕返そうとしたが突然空しくなって止めた。

ぞろぞろと敷地内に入る身形の悪い盗賊達一行…かなり怪しい。

どうしてバレないのだろうかと思うくらいだ。

屋敷内に入ると中は思ったより物が少なく、豪奢な物も無い。

広い玄関と部屋と階段、とてもシンプルだ。

前のアジトと同じようにホールには大きな机と椅子があるのみ。

おのおの座っていく。

そしてこちらも同じようなソファがひとつ。

エルヴィンはロマンに促されてそこに腰掛けた。


「さて!みんな次の仕事の話しよ!」


ロマンの声がホールに響き渡った。



「次の狙いは商人ラードルフのキャラバンよ。ラードルフはある地域の村々で飢饉や日照りに困った村人達に高額で食料や水を売りつけて荒稼ぎしている事が、

先日貴族院に送られた嘆願書で判明したわ」


権力使って何やってるんだとエルヴィンはツッコミたかった。

しかし誰もツッコミはいれずにロマンは話を続けた。


「現にセリムに調べてもらったらラードルフ商会のこの地域での物の売値は他地域の二倍!けどその地域は辺境だから他に物が無く買うしかない。

さらに貧乏になって遠くへ買出しにも行けない。この悪循環を狙ってあくどい商売をしているわ」


ちなみにセリムとは盗賊団の参謀役の青年で船でアヒムに魔石を売りつけていた男だ。

年齢はエルヴィンとそう変わらないように見えるが他の盗賊達と違って知識があり教養がある。

垢抜けているところから見ても盗賊というかこの家に仕える家人か何かだろうと思った。

ロマンの右横に控えていたセリムが前に進み出た。


「調べによるとラードルフの隊商はこのアルミーンを出て山を越えて商売へ向かうらしい。そこで我等は山中でやつ等を待ち伏せ、荷を狙う」


威勢の良い声が方々から飛び交う。

しかしそれだけの隊商なら必ず用心棒を雇っているだろう。

曰くあまり強くない盗賊達で大丈夫なのだろうか。


「作戦を説明する!」


エルヴィンの疑問を遮るようにセリムが声をあげた。


その後一通り説明を聞いた後に盗賊達はまた決起の雄たけびをあげた。

この家の唯一の貴族の家たるシャンデリアが揺れる。

ここが貴族の家だということを忘れてしまいそうである。

盗賊達は各々準備に入りに家中に散った。

残ったのはロマンと左に仕えていたウルフと右にいたセリムである。

ガタイの良い大きな男と優男が軽装の女の子の両脇にいる…よくわからない関係性である。

それよりエルヴィンはひとつ気になる事があった。



「なあ…その作戦、俺に聞かせてよかったのか?」

「アンタが聞いたところでどうせ何もできゃしんだろ」


笑いながら答えたのは大柄男ウルフだった。

ちょっと腹が立つ。

しかし確かに何も出来ないだろう。


「君にも作戦に参加してもらうから心配しなくていいよ」


妙に馴れ馴れしく肩に手を置きながらセリムが言った。


「はぁ?なんで俺が協力してやんなきゃなんねーんだよ」

「まあまあ。これも何かの縁さ。旅は道連れと言うじゃないか」


矢張り馴れ馴れしく明るく言う。

その態度はなんとなくウルリヒを彷彿とさせたがイラッと具合はこちらの方に軍配があがりそうだ。


「これは旅の道連れじゃなくて悪事の片棒担がされてるんだよ!」

「君ウマイ事言うね!」


別に全然ウマイこと言ったつもりはない。

本当に腹立つなコイツ、とエルヴィンは思った。


「大丈夫よ!あなたが協力してくれれば絶対成功間違いなしなんだから!」

「お前なあ…」


エルヴィンには協力する気がまったく無い。

なのにどうやって協力させようというのか。

そう思っているとロマン、ウルフ、セリムの盗賊幹部三人組みはにやにやと顔を見合わせて笑った。

そういう顔をされると…嫌な予感しかしないエルヴィンであった。

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