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月と魔術師と預言者と  作者: カザ縁
2.出会いと別れと再会と
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レネ 2

「どうしてアヒムさんに対してあんな態度なの?」

「なんとなく」


ウルリヒの前を歩きながら本当に適当に言うレネ。

足が長くて歩くのが早い彼についていくのは少々苦労する。

しかしこちらを振り返る様子もなくとっとと歩いて行く。


「…どこに向かってるの?」

「アンタの友達助けに行くんだろ」

「わたしは場所を知らないから」


剣にも細かい装飾が成されていて派手である。

と、いうか彼の衣装や持ち物には細部まで綺麗に装飾してある。

そしてその全てが彼を彩るものとなっている。

これが都会人なのだ、と全体で表しているようだ。


「黙って付いて来いよ。教えるのメンドーだし」

「じゃあ場所を知ってるのか…」


レネの動きに合わせてチャラチャラと鳴る装飾物。

ウルリヒにはどうしても言っておきたい事があった。


「…その格好似合ってるね」


レネは初めて少しだけ振り返った。


「当たり前だろ?」


レネについて歩くとどんどんと街から離れていった。

どんどんと森の中へ突進しいつの間にか道もほとんどなくなっていた。

レネの速度は遅くならない。ずいぶんスイスイと道なき道を進んでいく。


「…レネは神聖なの?」

「あ?違うよ。ただの人間様。騎士のほとんどは人間だよ」

「そうなんだ…」

「当たり前だろ。教会所属の神聖は人間に攻撃しちゃならんからな。統括してんのはその神聖なんだけど…笑える話だろ?」


本当に嘲笑いながらか言うレネ。

神聖守護騎士…には見えないし、言う事ではないと思う。


「…本当に守護騎士?」

「ホントに守護騎士」


にやり、と口の端だけ釣り上げて笑う。

その笑い方を見てなぜだかエルヴィンを思い出してしまった。

彼もたまにこんな顔をする…たまに、だが。

レネはこの顔が常のようであるように似合う表情だ。


「オレは聖君なんて大っっっっっっ嫌いだからよ。あ、今の聖君な。個人的に」

「どうして?」

「ムカつく野郎なんだよ」


それはイマイチ答えになっていない気がする。

レネは苦々しそうな顔をして眉根を寄せた。

思い出しているようである。

どんな人なのか聞こうと思ったが不愉快なようなので止めた。


「…レネは神聖が嫌い?」

「別に」


どうでもいい、とでも言いたげである。

本当にどうでもいいなら嬉しい、とウルリヒは思った。

なんだか怖い人間のように見えたが、ただ怖いだけではないらしい。


「ところで…何処に向かっているの?」

「アジトだよ…盗賊団ロマンの」

「盗賊団ロマン?」


レネは当然のように言ったが、ウルリヒに聞き覚えは無かった。

しかしレネは振り向きもせずもくもく歩いて喋る。


「アンタ達を襲ったやつ等だよ。各地にアジトを持っていて神出鬼没の盗賊団」

「そうなんだ…」

「奪った金品を貧乏人に分け与える義賊めいた事をしてやがる」

「じゃあ良い人達なんだ」


貧乏人を助けているイコール良い人とウルリヒは結論した。

レネは何故か嘲笑った。


「アンタ襲われたやつ等を良い人って言うか?」

「でもわたしは何を奪われても困ってる人のためになるならいいけど」

「ふーん。じゃあ友達も取り返さなくていいか?」

「…それは困るなぁ」


エルヴィンがそれで良いと言うなら…いや、でも矢張り惜しい。


「まぁ…貧乏人にしてみれば良い人かもしんねーけどなぁ。実際民衆の人気は高い」

「はあ、だから捕まえないの?」


普通盗賊だったら警備隊か騎士かが捕まえてしまうだろう。

レネはこちらを振り返って睨んだように見えた。

何かまずい事を言ったのだろうか。


「お前、それ嫌味だったら斬るぞ」

「嫌味?」

「お前の言うとおりだよ。民衆の人気が高いから民衆の味方の神聖教は迂闊に手を出せねぇんだよ。

チッ。オレだったら一人で一網打尽にしてやるっつのに」

「いい人達なら放っておけばいいんじゃないの?」


何故嫌味なのか。

レネはイライラした口調で話す。


「それでも困ってる奴はいるんだよ…特にあくどい貴族連中や商人達な。

教会に多額の寄付をしてる奴も多いから放置しておくわけにもいかねぇ。

板ばさみ状態って奴?あ~嫌になるね」

「大変なんだね」

「そう。オレとしては獲物を目の前にしてただ見てるだけなんて堪えられないワケ。

だから勝手にフォルトゥナート近郊のアジトを調べてツブしてやろーと思ったんだけと…」


思ったよりもアクティブな事をしている。

しかもこうして向かっているという事はアジトを実際に突き止めたのだろうが。


「どうしてやらなかったの?」

「バレて止められたんだよ。オレは今その謹慎処分くらってるワケ」

「ええ!じゃあアジトに向かうなんて駄目なんじゃ…」


レネは今まで一番嬉しそうで…あくどそうな笑い声をあげた。

ちょっとこの人について来てしまったことを後悔した。


「だからよぉ、神聖が拉致られて救出に向かうっていうウマイ口実が出来たんじゃねぇか」

「なるほど…っていいの?勝手に行動したらまた怒られるんじゃないの?」

「なんとかなるって。オレ様腕利きだから?まあ、任せておけよ…」


妙に消える語尾が恐ろしく聞こえた。

しばらく森を突き進んでいくと突き当たりに大きな岩壁が現れた。


「…行き止まり」

「いーや。オレの調べではここでよかったハズ。奴らはここの地下にアジトを構えてるらしい」


レネは言いながら長い足で岩壁を軽く蹴った。

さすがに中までは入った事はないらしい。


「何処から入るの?」

「さぁ。…しかし人の気配がしねえなぁ…」

「本当にここで合ってる?」

「…昨日の今日だし、んなすぐには…」


ウルリヒの話は聞いていないようである。

下を見ながらブツブツと呟いている。

しかしここからは“神聖の気配”がしない。

エルヴィン程存在感のある魔力を持っている者がここにいるといううなら分かるはずだ。



「…ハズしたな」

「え?」

「チッ。やつ等どうやらここは放棄しちまったみたいだな…だからオレがすぐに行っておけば…。ああ、もういい。おい、お前神聖なんだろ?」


一人で文句を言っていたと思えばいきなり話しかけられた。


「う、うん」

「ならこの壁壊せるか?」

「…たぶん」


ウルリヒは横笛を取り出した。

そして振り上げた手に力が溜まるのを感じながら振り下ろした。

それはウルリヒには手ごたえの無いくらい粉々に砕ける。


「スッゴイ力技。それなんて魔術?」

「ははは…」


ウルリヒは力なく笑うしかなかった。

ぱっくり開いた壁の穴の中を覗くと階段があった。

それは奥深く地下に続く階段であるようだ。

レネはひらりと穴から飛び降りた。

そして足早に階下へと向かうレネの後を追いかけた。

しばらく階段を降り続けると、小さな木製のドアがあった。

レネはそれを簡単に蹴破ると堂々と中へと入って行った。


「…いねえな、誰も」

「そう…みたいだね」


沈黙を蓄えた部屋と冷えた空気。

暗がりの中に人の気配は無かった。

一応部屋内を捜索したが誰一人…物ひとつ出てこなかった。

大きな机とたくさんの椅子、ソファがひとつ…そしてその隣に何のためか大きく広い部屋がひとつあるだけだった。

それ以外は綺麗に何も無い。


「…エルヴィン…」

「鬱陶しいな」


心配で呟いたウルリヒの頭に強い力でレネが手を置いた。

もし励ましのつもりであったとしても痛い仕打ちだった。


「次。さっさと行くぞ」

「つ、次?」

「港だよ。逃げたんならまだいるだろ港に。あいつらのアジトは各地にある。船に乗られたら厄介だ。さっさと行くぞ」


飛ばし飛ばしで階段を走り上がるレネ。

ウルリヒも必死でその後を追った。


「…なんで俺は船になんて乗ってるんだ」

「安心してよ!この船も私達の支配下だから」

「その発言の何処に安心すればいいんだよ俺は」


荷物のごとき扱いで船に放り込まれたエルヴィンは一室でロマンと向かい合っていた。

このまま何処に連れて行かれるのか。

今は荷物の詰め込み作業で船は港に停泊しているがすぐにでも出発しそうな勢いだ。


「…なんで急いで逃げるんだ?」

「アジトがね、バレたかもしんないのよ」

「なんだそりゃ…」

「安心してよ。私達のアジトはひとつじゃないわ。仲間は各地にいるし…まぁここのアジトはすぐにバレると思ってたけど。

でも神聖騎士の連中には私達は捕まえられないって思ってたんだけど…」


勝手にぺらぺらと話し出すロマン。

少し頭の中て整理するのに時間がかかり、合いの手を出すのが遅れた。


「…じゃあなんで逃げるんだよ」

「それがね、情報屋から買った話なんだけど、ウチのアジト調べてたっていうのがさぁとんでもない奴で、一人で乗り込んで一網打尽にするつもりだったらしいのよ」

「なんだよそれ…」

「名前は…レネ。神聖守護騎士レネ。名前は結構知れ渡ってるわ。敵は容赦しない、誰一人打ち漏らさないって。

そんな奴相手にするのはさすがに簡便って感じでね」


いっそそいつに倒されてしまえばよかったのにエルヴィンは思った。

どんな奴かは知らないが、エルヴィンにとっては救世主である。

騎士に助けられるとは格好がつかないが、今は何でも良かった。


「それで逃げるわけか」

「しょうがいないよー。みんな結構弱いから」

「そうなのか…」

「だから神聖が必要なのよ」


強い視線でこちらを見られた。

当然のように逸らして話もごまかした。



「へぇ。でもアンタら警戒するのはそいつだけ?」

「もちろん…あなたのツレの男の子っていうのもよ…だって相当強いんでしょ?魔力も使わないのに」


やっぱりそっちもあったか。

ウルリヒはおそらく、自分を助けに来るだろう。

なんとなくそういう奴だと思っている。

別に来なかったとしてもエルヴィンが彼を恨む事はないが…ウルリヒならそうするだろう。


「…そうだなぁ…強いなぁ…でもあれはあれで魔術の一種なのかも…」

「え!?そうなの!?」

「いや、違うけど」


ロマンはエルヴィンの一言ひとことに反応した。

慣れてくると面白いような気がする。

暇だしコイツで遊んでやろうかと思った時だった。


「出せ!船を出せーー!!」


外で大声が響いた。

ロマンが外に出ようとするとゆらり、と船体が揺れた。


「もう動き出したのか…?」

「どうしたの!」


部屋の前を通り過ぎようとした男をロマンが捕まえた。


「レネだよ!レネが襲ってきやがったんだ!くそ…教団に止められたって聞いたのに」

「ええ!」


ロマンが外に出て陸を見る。

エルヴィンもつられて外に出て同じ方向を見た。

男がひとりこちらに向かって猛スピードで走ってきている。

派手な格好の背の高い男だ。


「あれがレネ…?」

「そうよ。顔は良いのに凶悪なやつ。仲間が何人も捕まったのよ…!」


ロマンは苦しそうな顔で見つめる。

しかし船はすでに動き出し陸から離れていっている。

レネの後ろからさらに人影が続いている。

それを見ていてエルヴィンは身を乗り出した。


「…ウルリヒ!」

「え!?」


猛スピードの男に付かず離れずこちらも猛スピードで小さな男が向かってきている。

あの独特の服装は間違いなくウルリヒだ。

エルヴィンの声に気づいたようで目があった。


「レネ!船にエルヴィンが…!」

「チッ…間に合わねぇ…!」


船はぐんぐんと沖へと進む。

船着場まで来たところで二人の足は止まった。

すでに小さく見える。


「くそっ…おいっ止まれ!」

「止まらないわよ!」

「あ~っ…なんで素直についてきちゃったんだよ俺…」


後悔しても仕方ない。

1日盗賊達と過ごしてみるとすっかり毒気抜かれてしまったというか馴染んでしまって抵抗するという事を忘れていた。

船に乗るとき一応渋ってみたのだが大柄の男…ウルフに担がれて連れられて来てしまった。

ウルリヒの必死な顔が見えたような気がした。

なんだか凄く悪い事してしまった気分だった。

パタパタと鳩が飛んできて落ち込むエルヴィンの頭に止まった。すこくバカにされてる気分だ。


「あー…ウルリヒ…すまん…!」

「今のがあなたの連れって子?」

「そうだよ…」

「どうしてレネ…あの人といっしょだったの?」


あの背の高い派手な男がレネ…。

当たり前だがエルヴィンははじめて見る。



「知らないよ。ただ俺らと旅してた…司祭がいなかったから、そいつが呼んだ応援なんじゃないか?」

「そうだとしても…私達をツブそうと単独行動して教会から謹慎処分を受けているって聞いたわ」

「…そりゃ、お前ら神聖を攫ったんだから…名目が出来たんじゃねーの?」


教会の事はよく知らないのでハッキリとはいえない。

そんな気がする、というだけの話だ。


「そうだとすれば…いずれ衝突は避けられないわ…」


呟くように言葉を紡ぎ出すロマン。

酷く疲れたような横顔だ。


「逃げればいいんじゃないのか?」

「神聖はそこまで甘くないって知っているわ…それに私達を追いかけているのがあのレネだってわかったし」

「危険な奴なの?」

「神聖なのにあなた何も知らないのね」


余計なお世話である。


「神聖守護騎士レネ…凄腕の騎士で敵と看做せば容赦しない。何もしていなくても盗賊だとわかれば容赦なく傷つけられて、

かばう民衆ごと斬り捨てたわ…あいつは大っ嫌いよ…!」


だが“名目”があれば…黙認される。

しかしやりようは残忍で狂気性を帯びている気がした。

紹介したのはおそらくアヒムであろが…お墨付きにしても恐ろしい奴を寄越したものだ。


「でも斬られるような名目を作っているのはお前達だぞ」

「…でも私達は民衆のために」

「じゃあ仕方ないな。レネに斬られても、民衆が巻き添えになっても」


少々酷い言い様かと思ったが、この際だから言った。

良かれと思ってやっている善行だとしても、ルールに反する事であれば鉄槌が下る。

それが自分達だけに降りかかるものとは限らない。

庇えば同罪、ということだろう。

ロマンは悲しそうな色の瞳でエルヴィンをにらみつけた。


「酷い」

「俺は酷い奴だよ」


そんなことは知っている。

自分は他人であれば簡単に見捨てることの出来る奴だ。

簡単に人を斬り捨てる事はしないが。

しかしこの盗賊達が目の前で斬られたら。


その時、自分はどう思いどうするのだろうかとエルヴィンは思った。


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