レネ 1
「行かないんですか…?」
期待していたのにアヒムから聞かされたのは拒否の言葉だった。
しかし考えてみればそれはそれで当たり前の答えであるようにも思える。
ウルリヒがあまりに残念な顔をしたせいか、アヒムは慌てて弁解した。
「ああそんな顔しないでください。僕は行けないですけど、強力な助っ人を用意したのでその方と行ってください」
「助っ人?」
「はい…僕は立場上戦力にはなれないので、一足先に聖君のところへ行って面会をお願いしてみます」
そういえばアヒムに同行するのはそのためであった。
今更思い出して、そしてなんとなく寂しい気持ちになった。
彼との旅も簡単に終わってしまう。
「…そうですか。お願いします」
「ええ。じゃ、助っ人さんのところへ行きましょうか。…あの人の事ですからきっと街をうろうろしてますよ」
なんとなくアヒムの声に疲労感が漂っているのは気のせいだろうか。
二人は街中へと向かって行った。
どんどんと人は増えていき街中も賑やかだった。
今まで来たどの場所よりも人が多い場所だと思った。
しかし物はなんとなく少ないような気がする。
特に賑やかな街中へと入って行くと雰囲気がガラリと変わり商店や何のお店かわからない建物が現れた。
行商人のバザーも立ち並び、更に人が多くなり圧倒された。
…なんとなく柄が悪い人が多い気がする。
このへんに居れば会えるという曖昧な話を頼りにアヒムとウルリヒはとある酒屋の前で止まった。
「…その助っ人さんって教団の人ですか?」
「ええ、そうです。神聖守護騎士団…と言ってわかるでしょうか?」
「守護騎士団?」
「神聖は攻撃のための術を使う事が出来ません。しかし強大な力は悪用されることもある。その神聖を護るための集団です。
彼らは神聖であったりただの人間であったりします。護るために決して術は使いませんが…暴力は使います。ま、簡単に言ってしまえば、軍隊です」
随分とぶっちゃけるアヒム。
ウルリヒはしかし素直に感心していた。
人を傷つける事は嫌いであったが、それは自分の感情だけの話。
「…それに神聖が罪を犯さないとも限らないのでそのために術にも立ち向かえる屈強な集団ですよ」
「なるほど…」
強大な力を持つ巨大な団体には必要なのかもしれない。
少なくとも彼らがそうして教えを護るための盾にはなっている。
「じゃあ強い人なんですね」
「そうですね。凄く強い人です。彼より強い人はそうそういないんじゃないですかね。あー、でもウルリヒ君なら勝てるかも…」
「誰がオレに勝てるって?」
アヒムとウルリヒの間に突然顔をつっこんで話に入ってきたのは見たことも無い男だった。
アヒムはやたらと怯えたように後ずさった。
「ビビんなよ。傷つくぜ?」
「驚くような事するからですよ!」
「ハイハイ。アンタがヘタレなの忘れてた。んで?オレに勝てる奴って誰?」
見た目は派手でなんとなく格好は騎士っぽくなくも無いが…あまりに着崩されていて判断に困る。
鎧は纏っていないがかろうじて上着の裾の方に教団の紋章が見えた。
そして腰には細身の剣を佩いている。
手には数個のリング…胸元にもチャラチャラと装飾具が目立ち耳にも…穴が開いている?
どうやって留めているのだろうか…あの耳の装飾具。
ウルリヒがじろじろと眺めていたら目が合った。
背が高い人物である。
「うわ…ダッセ…田舎もん?チビだなァ…」
「はじめまして。ウルリヒと申します」
「…ああ、もしかしてお前?オレに勝てるとか…」
にやり、と口元だけで笑う男。
背の低いウルリヒはやや見上げる形だ。
「わたしは誰とも戦うつもりは無いので」
「ふぅん?ま、別に良いけど。所詮コイツが適当に言った事だし。な、ポッポ?」
アヒムは笑顔を引きつらせながらもなんとか復活したようである。
「ポッポは止めてください…」
「聖君の餌に食らい付く鳩だからポッポで充分だよ。ま、鳩が可哀想だとは思うけど」
「あんまりですよ…」
何故か鳩以下の扱いをされているアヒム。
平気で傷つくような言葉をぽんぽんと繰り出す男。
ウルリヒはどう反応していいのか迷い、しばらく様子を眺めることにした。
「ウルリヒ君。こちらが先程話した神聖騎士のレネ君です。口も態度も悪いですが腕は一流です」
「口も態度も剣も一流って言ってくれ」
「レネさんですね」
レネはしばらくウルリヒを眺めてからまた軽く笑った。
「呼び捨てで良いし敬語もいらねえ。うざいから」
“うざい”に力をこめて言うレネ。
こういう台詞を呟くときの彼はとても楽しそうにウルリヒには見えた。
「それで?協力して欲しいって事なに?」
「君、人の話聞いてましたか?」
「ポッポの話はメンドーだから聞いてないけど?」
「…君僕の事嫌いだよねホント。あのですね、ウルリヒ君の友達が盗賊に捕まっちゃったんで協力して助けてあげて欲しいんですよ」
聴いているのかいないのか、何処かを見ながら適当に相槌を打つレネ。
本当に彼の話はあんまり聞く気が無いようである。
「ああーつまり適当に破壊してけば良いワケね。教会を」
「全然ちがいますから。いったい何処をどう聞けばそうなるのです」
「もうコイツ放っといて行こうぜ」
そう言いながら肩を掴まれ力に任せてウルリヒは歩き出した。
「…まったく」
一人残されたカーディナルは空しく呟いた。