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月と魔術師と預言者と  作者: カザ縁
2.出会いと別れと再会と
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盗賊ロマン 2

「…って事だ。どうだ姫。まぁ弱そうだが鍛えりゃなんとかなるだろ。話によれば神聖らしいし」

「んー…」


話声が聞こえてうっすらと眼を開けた。

冷たい感触がする。

ぼやけた視界の向こうでは誰かがこちらをのぞきこんでいるようだった。


「…あ、起きた。うわー睫毛長い…目も切れ長で肌も白いし…私好みの美形だし…何よりこの髪!何このキューティクル!シルクみたい!美味しい物件だわ」

「…誰だよ」


頭の方に違和感を感じる。

段々視界がはっきりとしてくると、目の前にはやたらと軽装の少女がいて自分の髪をさわっていた。


「この髪…一体シャンプーは何を使っているのかしら…すっごいイイさわり心地…!悔しい、男に負けるなんて…!」

「…ベタベタ触ってんじゃねーよ」

「いいじゃん、ちょっとくらい。減るものじゃないし…ズルイなぁ、神子サマは…この髪だけで宝もんよ。売ればいくらするかしら…」


エルヴィンは髪を触っていた少女の手を払いのけてなんとか起き上がった。

身体に違和感は無いが頭は少し痛かった。


「…いったいどうなってんだ…」

「よう、兄さん。起きたか?」

「アンタ…」


隣にいたのは間違いなく、自分を担いでいた男だった。

こう見るとかなり大きく見える。

自分なんて簡単に骨が折られてしまうだろう、とわかるくらいに。

そして目の前にいたのは小柄な少女だった。


「ここはね、盗賊団ロマンの本拠地よ」


少女は笑顔でいった。

なんとなく薄々気がついてはいたが…それにしても不釣合いなのはこの少女である。

命の危機すら感じるような緊迫した場面ではあるが…この少女のおかげでそれほど緊張しない。


「…」

「あ、私のこと気になっちゃう?やっぱり?」

「…」



エルヴィンは何も答えなかった。

なんだろう、このテンション。


「ふっふーん…この盗賊団の首領ロマンとは…何を隠そう私の事なのよ!」

「………」


エルヴィンは矢張り何も言わなかった。

と、言うか何も言えなかった。

何も言わずに思わず少女の頬を抓ってしまった。


「いたひぃぃっ何ふんのーーぉ」

「…スマン、夢かと思って」

「夢じゃないよ。私が盗賊団の首領ロマン!」


ロマン…なんて名前だからてっきり男だと思っていたが。

いや、それよりも盗賊団の首領というにはあまりにも小さくて若い女の子である。

エルヴィンはいっそ夢なら良かったのにと思った。


「まぁ…一万歩譲ったとしてお前が盗賊団の首領だとしてもだ」

「もうほっとんど譲ってないじゃん」

「ともかくだ、…俺を連れてきてどうするつもりだ?」


ロマンと盗賊の男は顔を見合わせてからにやりと笑った。


「まぁ…ひとつは人質だな。動きが止められたやつ等が戻ってくるまでの保険だ」

「じゃあ帰って来たら返してくれるのか?」

「それは姫次第だな…」


男は言いながらちらり、とロマンを見た。

ロマンも何故か笑っている。

聞くのが少し怖いが…。


「どういう意味だよ…」

「あのね、実は私…お婿さんを探しているの」


聞き間違いであればいいと思った。

いっそもうこれは夢に違いない。

ロマンは追い討ちをかけるようにもう一度言った。


「あなたは私のお婿さん候補として連れて来られたの!」


意識よ、もう一度飛んでしまえ。

エルヴィンは心の底からそう思った。


「なによ、そんなに落ち込まなくていいじゃない。選ぶ権利は私にあるんだから」

「俺にはないみたいに言うな!」

「むッ。攫われたお姫様は無理やり盗賊団のボスの花嫁にされるんだよ?」

「誰が姫だよっ!」


いくら自分があっさり攫われてきたからといって見た目からしても姫はロマンの方である。

納得いかないにも程がある。


「うーん…見た目は隠された神の国の神秘的でミステリアスな王子様って感じだけど…意外と口は悪い」

「悪かったな。つーかなんだよその表現…乙女か、お前は」

「心外すぎるよ!私は身も心も乙女よ!」


乙女のくせに盗賊団ってなんなんだ、とエルヴィンは思った。

夢だとしたら悪趣味すぎて自分の頭の中を疑う。

ふ、と自分の隣にいる大柄な男を見て現実を思い出させられた。


「でもなんか凄く弱そうだよね…私個人的には男には護ってもらいたいかなぁ。美形なだけじゃね。性格もヘタレっぽいし?てゆうか悪そう?むしろ何が出来る?」

「…なんで俺こんな言われ様なんだ?なんか悪い事した?」


次々に突き刺さる言葉の攻撃にエルヴィンはヘコみそうだった。

大柄な男が豪快に笑った。


「はっはっは!違いねぇ。こんなに攫いやすいヤローもいなかった!」

「もう、なんとでも言ってくれ…」


精神的ダメージをもろにくらってしまい泣きそうな気分のエルヴィン。

何故、自分がこんな目にあわなければならないのか…、と考えるのは何度目だろうか。

いっそ慣れてきてしまっている自分を確認してしまった。


「でも…あなた神聖なのよね」

「…」


突然居住まいを正して真面目に言うロマン。


「だったら、なんなんだよ…」

「…な、何よ、怒らなくてもいいじゃない…」


ロマンの目が少し怯えたように揺れた。

それを見て初めて自分の顔が強張っていた事に気づく。

先ほど男に言われた事を思い出したせいであろうか。


「…一応、神聖だけどよ」

「そう…あなたは…教会の人?」

「いや…俺は…神子だったけど…学園は出てきた」

「え?なんで?」


説明する義理もないし、面倒くさいし、信じてもらえないだろうし…色んな思いでエルヴィンは黙った。

言う気が無いという事は伝わったようでロマンも追求はしてこなかった。


「んー…教会の関係者じゃないならまぁいいけど…そろそろ皆帰ってくるかな」



ロマンが大人数の気配を感じて立ち上がった。

深く観察していなかったが、薄暗くて広い部屋だった。

大きな机がひとつだけあり、椅子がたくさん置かれている。

しかしそことは関係なく、窓辺に置かれたソファにエルヴィンは座っている。

ロマンが席を立って部屋の扉を開けると目の前は階段であった。

部屋に窓がないところや空気の感じからして地下であるようだった。

しばらくすると先ほどの盗賊達がぞろぞろと階段を降りてやってきた。

そして決められてるようにそれぞれが席についた。

当然エルヴィンは視線を集めまくっていたが。

最後にロマンが階段を軽やかに降りて扉を閉めた。


「みんな、お疲れ様!詳しい話はウルフから聞いたわ。なんだか凄い強い男の子がいたんだって?」


ロマンが話しを振ると皆口々に話し始めた。


「ああ、あれは絶対人間技じゃねぇぜ。魔術だ」

「そうでなきゃあの動きはねぇよなぁ…ただのチビなのに」

「まったく…神聖は攻撃しねーんじゃねぇのかよ」

「信用ならねぇ」


言いたい放題とはこの事。

エルヴィンは自分の事でもないのに異様に腹が立った。

むしろ自分の事なんかよりも腹が立つ気さえした。

こんな事を言われているだなんて本人は知らないだろうし、どうして詳しくもしらないくせにこんな事が言えるのだ。


「うるさい!」


気がつくとエルヴィンは大声で怒鳴っていた。

自分でも驚くほどの通る声だった。

盗賊達はぴたり、とおしゃべりを止めてエルヴィンを睨んだ。


「あいつは…魔術なんか使ってねぇし、それに教会の奴でもない。好き勝手言ってんじゃねえよ!ただ単にアンタらが弱くてウルの動きについてけなかっただけだろ!」

「なんだと…一番弱くて何も出来なかった奴が言う事じゃねぇよ!」


ぎくり、と心が揺れたがエルヴィンはそれどころではなかった。


「…ウルはアンタらを倒そうとしなかった。傷つけようとしなかった。それでも卑怯とか言うのかよ…」

「そ、それは…だが」


まだ何か言おうとする盗賊の前にロマンが躍り出た。


「はいはーい。そのへんにしとこ!負けちゃったのは仕方ないもんね。みんなが怪我してないからとりあえずはその人の優しさに甘えたんだよ」

「姫…でもなぁ、魔術がなけりゃ負けはしなかったぜ」

「でも神聖を相手にするって決めたのは私たちだから。こっちには人質もいるんだよ?」


もう一度視線がエルヴィンに集まった。


「そういえば…俺はもう帰してもらえるのか?」

「まだ駄目だよ!まだ嫁にするか決めてないし…」

「嫁って…」


いつの間にかそこまで落ちていたエルヴィン。

もう何言われても動じないような気がした。

しかし盗賊達は口々に文句を言い始めた。


「姫、そいつはないって。そんな弱そうな奴!しかも性格も悪そう」

「そうだぜー。俺にしとけよ」

「お前は一番ねぇよ !」


どっ、と笑いが起こった。

本当に好き勝手言ってくれる。

エルヴィンは溜息が出た。


「アンタ達は無理だよ。ホラ、私面食いだから」

「お前らのツラじゃ姫の選考にもはいらねえってよ」


違いない!と、また笑い声がおこる。

エルヴィンはもう帰りたくてたまらなくなっていた。

こんなテンションについていくのは無理だ。

結婚とか本気でやめてほしい、やめてくれ。


「それに…神聖じゃなきゃ」


ロマンがポツリ、と言うと突然しん、と静まり返った。

しばらくして一人の盗賊が口を開いた。


「俺は…やっぱ納得いかねぇ。いくら強いからって神聖と交わるなんて…俺は信用してねーからな。あいつらを」

「でも神聖教会には神聖じゃねーと勝てねぇよ…村の人達だって治癒できない…金だけじゃ救えねぇ」



話を聞いて考察するに…どうやら神聖を仲間に引き込んで力を利用しようという算段であるようだ。

教会に歯が立つかはともかく、預言者がいれば治癒は出来る。

盗賊やっているような連中に教会が力を貸すとは思えない。

だから“婿”なのか…。

そして今エルヴィンはその生贄にされようとしているらしい。


「おい…ちょっと待てよ。俺は神聖だけど預言者じゃないぞ。治癒は出来ない」

「…そうなの?でも…魔術は使えるんでしょ?」

「…いや、俺は…」


何度繰り返してきかたかこの言葉。

いい加減言うのにも慣れてきた。

息をつきながらエルヴィンは言った。


「俺は魔術が使えない魔術師なんだよ…」

「…え?それって魔術師じゃないじゃん。神聖じゃないじゃん!」

「うっうるせー!魔力はもってるんだよ!でも魔術は…使えない」

「どうゆう事?じゃあ…強い男の子は?あの子は魔術を?」

「あいつは預言者だからそもそも魔術なんてほとんど使えない。でも神聖なのは確かだよ」


多分、と心の中でエルヴィンは付け足した。

盗賊達の視線が先ほどとは違う色になった。

エルヴィンはこの視線が一番嫌いだった。

出来るだけ視線を意識しないように下を向く。

毎日そうしてきた事を思い出した。


「あー…でも一番年上っぽい奴は魔術使ってたよな…」


大柄の男が言った。

一番年上…おそらくアヒムの事だろう。


「そうなの?その人はかっこよかった?」

「すまんが顔のことはわからん。しかし…ありゃ俺より年上だろ」

「オッサンじゃん!」


アヒムの正しい年齢はよくわからなかったが、エルヴィンには大柄の男も結構年上に見える。

犯罪という程の年齢差ではないだろうが…ロマンとアヒム…夫婦には見えない。

だからといって自分が嫁…いや、婿になるのは絶対に御免である。



「オッサンは嫌だなぁ…ふぅ。あなた顔は良いんだけどな。顔は。顔だけは」

「…顔だけとかいうな!」


なんと言って返せばいいのかわからなかったが、最低限の反論はしておいた。


「う~ん…私ももう少し考えたいから…とりあえず君…えーと…名前は?」

「…エルヴィン」

「エルヴィンにはもう少しの間捕まっていてもらうわ」

「は!?ふ、ふざけんな!俺はやらなきゃならないことが…」


と、言っても説明が面倒臭い。

こんなやつ等に話すことでもない、そう思ってエルヴィンは黙った。


「わかった。俺はすごく最低な男です。何も出来ないです。魔術使えないです。うじ虫です。寄生虫です。ジゴロです」

「そこまで言ってないけど」

「とーにーかーく!俺は最低人間なんでもう放っておいてくれ!」

「そんな事言って逃げようだなんて駄目だからね!顔は重要よ!」


面食いというのは事実らしい。

顔を褒められている事を喜ぶべきなのか、こんな状況を嘆けばいいのか。

ひとつだけ確実な事があるとすれば、こんな顔に生まれてきたことをただ呪いたい。


「うう…俺は今ほど無力を悔やんだ事ないよ…」


もしエルヴィンが魔術を使えたら、こんな状況になってまで魔術を封印できるかどうか自信がなかった。


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