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月と魔術師と預言者と  作者: カザ縁
11.太陽の影
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ウルリヒ 3


村の門を出た事は数える程しかなかった。

それも、近隣の村との間にある、森を切り開いた交流所にしか行った事が無い。

農作物を売る手伝いをしたり、必要な物の買いだしの荷物運びをしたりしていた。

そもそも門の外に出るのは、長老の許可が必要なのだ。

交流の日以外に、年に何度か外に出る人を見ていた。

病気や怪我などで長老に許可をもらって出る事もある。

それ以外に外に出る人は、戻ってくる事は無かった。

こんなに閉鎖された村では過ごしにくいという人も多く、少しずつ村人の数は減っていった。

だがウルリヒは大好きな場所だったし、村以外で暮らしている自分など考えられなかった。


だけど、今は門の外にいた。

もちろん長老の許可は取っていない。

長老に相談しようと考えていたが、どうやらその時間ももう無さそうだ。


フローリアンを助ける方法を探すのだ。


「それも方法があったら、の話なんだけどね…」


山道を歩きながら一人つぶやく。

それでも、フローリアンを縛り付けて止めるような真似だけはしたくない。

だけどきっと、フローリアンはそうでもしないかぎり苦しんでいる人を見たら助けてしまうのだろう。


「もやもやするなぁ…」


自分に力が使えたら、彼の負担を随分軽くする事ができたはずなのに。


「…」


空を見上げると、雲がかかって薄暗かった。

家に旅に出るという旨の走り書きは残しておいたが、ちゃんと見つけてくれるだろうか。

ウルリヒの今の持ち物は、貯めていた少しのお金と、両親が自分に残してくれた銀色の横笛だけだ。

この銀色の横笛は、ウルリヒ以外の人は重くて誰も持つ事ができなかった。

長老の話によると、昔からウルリヒの家に伝わっていたものらしい。

物凄く丈夫で、ウルリヒが振り回しても壊れない唯一のものだった。

ウルリヒは腰のケースに入れた笛を一度叩いた。


「必ず戻るからね…!」


言いながらウルリヒは走りだした。




行った事の無い初めて訪れた村や街は、常に驚きと感動を与えてくれた。

出来れば長居したい所ばかりだったが、今のウルリヒにはそんな些細な時間さえなかった。

村に籠っているから何の情報も得られないのだと考えていたが、村の外へ出てみても何ひとつ有力な情報に巡り合う事はない。

病院に行っても、神聖の中でフローリアンのような病に罹った者はいないと言う。

そもそも神聖と人間、身体的な違いはほとんど見つかっていないらしい。

異能と神聖の間にどのような相互関係があるのかすらはっきりと解っていないのに、それによって起こされる衰弱の原因などわからないと誰もが口を揃えて言った。

教会に行けば、月の力が弱まっているのが原因でないかと言われた。

もしかするとそうなのかもしれないが、建設的な解決方法は誰も知らなかった。


「月の…封印…か」


どうして古の神聖族は月を封印してしまったのだろうか。

どうして力を使うと衰弱してしまうフローリアンに、強い力を与えたのだろうか。


「僕に力が使えたら…」


お金の節約のために野宿をする日は、星空を眺めながらそんな事を考えた。

教会で神聖の事を詳しく聞こうかとも思ったが、そんなに悠長にしている暇は無い。

途中の街で見かけた地図には、村の名前すら載っていなかった。

あんな小さな村なのだから当然かとも思った。

それほどに世界は広い。


「…君も何処かにいるのかな?」


教会に貼られていた大きな大きな世界地図を見上げながら、ウルリヒはぽつりと呟いた。



教会には教会歴と呼ばれるカレンダーが在った。

教会歴はほんの少しだけウルリヒの村とは月日の数え方が違ったので教会員に話しを聞いてみると、ウルリヒの村は旧暦というらしい。

旧暦の日を教会歴に照らし合わせてみると、ウルリヒの誕生日はもうすぐだと気がついた。

地図と今までの道のりを確認すると、おそらく今帰らなければ成人の義には間に合わない。

だけど何一つ有効な手段を見つけていないのに、帰っても良いのだろうか。

折角準備してくれているのに、成人の義を放りだす事もしたくない。

それにそろそろフローリアンの様子も気になって来ていたのもある。


「どうしよう…」


と、呟きつつも重い足取りは確実に村に帰る方向へと向かっていた。

一歩前へ進むたびに帰りたいという気持ちと、まだ帰ってはならないという想いが同時に強くなっていく。

相反する想いを抱えたまま更に歩き続けると、まるで後ろ向け進んでいるように錯覚した。


「あら?あなた…」


ぽん、と誰かがウルリヒの肩に手を置いた。

何だろうかと思い、ぼやけた頭で振り返ると、同じ歳くらいの女の子が立っていた。

大きな荷物を持った、旅装束の女の子である。

しかしその女の子にウルリヒは覚えが無い。

ウルリヒが首を傾げると、女の子は首を傾けてにこりと笑った。


「あなた、あの…門の村の人でしょう?フローリアンの友達の」

「!…僕の…いや、フローリアンの事を知っているの?」

「覚えてないかしら。一度だけお話した事があるのだけど…」


フローリアンが行った事がある場所は、森の集会所だけだ。

そして森の集会所にやって来るのは物々交換の為にやってくる近隣の村の人か、行商人だけである。

ウルリヒはかつてフローリアンに紹介してもらった若い姉弟の行商人の事を思い出していた。


「ああ、商人の…弟君といつも一緒の」

「そうよ。弟は今いないのだけど…」


フローリアンがまだ元気だった頃、何度か集会所で彼と話しているのを見たことがある。

ウルリヒは交流が開催されている間はほぼ忙しなくしていたた為に、一度しか話した事はない。

フローリアンは集会所では客のもてなしをしていた為にこの姉弟とも仲良くなったのだ。


「フローリアンが貴方の事をよく話していたから…」

「そうなんだ。僕も君の事はフローリアンから聞いているよ」

「あら、気になるわね、それは」


にこり、と笑う少女は商人らしくとても感じが良い。

こんな所でフローリアンを知る人物に出会えるとは思えず、ウルリヒもなんとなく安心した気分になった。


「それよりもあの村の人がこんな所にいるなんて珍しい」

「うん…そうだ。君なら話しても良いかな…。フローリアンの容態がね、あまり良くなくて…」


ウルリヒはこれまでの事情を少女に詳しく話した。

少女の顔からは笑みが消えて、真剣な顔つきで頷いていた。

彼女もきっと、フローリアンを大切な友人だと思ってくれているのだろう。


「それでね…僕は成人の儀式の為に帰らなくちゃいけないのだけど、まだ何一つできてなくて…」

「そう…。でも、貴方は帰るべきだわ」


少女はまっすぐとウルリヒを見つめてそう言った。


「うん…でも」

「だって帰った方が良いって本当は思ってるんでしょ?村の掟を破ってまで貫いた意志が揺らいでいるんだもの」

「うん…」


確かに今まで一度も村に帰っても良いだなんて思わなかった。だけど成人の義が近づいているのだと思うと、帰らなければならないと言う想いが急激に増幅していった。


「それに、フローリアンが力を使わないように見張るのは誰がするの?」


ゆるゆると少女を見返すと、少女は少し困ったように眉を曲げて笑っていた。


「本当は私が見張っていたいくらいよ。でも、私はあの村には入れないから…」

「…」

「そうだわ。私良い事思い付いた!」


少女が言いながら、ぱんっと手を叩いた音に反応してウルリヒは瞬きをした。


「良い事…?」

「そう。私はあの村に入れないけど世界中何処だって行ける。貴方は村に帰らないといけない。それなら私が、フローリアンの病気の原因を探すわ」

「え…?」

「貴方よりは伝手も知り合いも多いつもりよ?どうかな」


言いながら首を傾げる少女の顔をウルリヒはじーっと見つめていた。


「良いの?」

「良いに決まってるじゃない。私だってフローリアンを助けたいのだもの」

「…そっか…そうだよね!」


自分や村の人だけではない。

こんな所でも彼を救いたいと言う人がいる。

ウルリヒはその事が嬉しくて、そして心強くて頷いた。


「有り難う!じゃあ僕は一度村に帰るよ」




商人の少女に別れを告げて、ウルリヒは足早に村を目指した。

ウルリヒの足ならば常人の何倍も早く村に辿り着くができた。

日数を数えてみても、成人の義まではまだ少し日があるくらい余裕だった。

いざ村に近づくと、怒られないだろうかという不安が胸をよぎった。

しかし怒られても仕方ないという想いと、何よりフローリアンの事が心配だったのでウルリヒは意を決して村に入った。


「…?」


一瞬、肌を撫でつけた風。

草が擦れ合う音が耳に響く。


「…あれ?」


日はまだ高く、今日はとても良い天気だった。

いつもより少しだけ背の高い雑草のせいか、風が流れる音がうるさいぐらいに感じられた。


「あ、そうか…誰もいないんだ…」


違和感の正体にはすぐに気がついた。

普段ならば畑仕事などを行う村の人々の影がひとつも無いのだ。

人数が少ない村だといっても、誰かが仕事している様子はいつだって見る事が出来た。

それが今は一人もいない。

抜けるように青い空と、絨毯のように広がる植物たち。

それ以外は実に何も無い。


「…みんな寝てるのかな?」


そんなわけは無いだろうな、と思いつつも、とりあえずフローリアンの様子を見に行こうと彼の家に行った。

随分と心配をかけてしまったかもしれないと思い、恐る恐る扉を開いて、静かに階段を上った。


「…フローリアン…ただいま…」


そーっと寝床を覗いたが、何の反応も無かった。

近づいてみてもシーツはぺたりと寝床に張り付いたままで、そこに人がいる気配は感じない。

ただ冷えた風だけが窓から入ってきていた。


「フローリアン…?」


部屋の中を見回しても当然誰もいなかった。

しおりが挟まって開いた本、飲みかけの薬湯が入ったコップ、カチカチに固まったパン。

それだけがただ側の机に置かれていた。


「何処に…行ったのかな」


もしかして彼は立てるようになったのではないか。

その前向きな考え。

もしかして自分は間に合わなかったのだろうか。

その後ろ向きな想い。


交互に頭によぎるそれが同時にウルリヒの心音を早くさせた。

ウルリヒはフローリアンの家を飛び出して走りだした。


「おばさん!おざはん!僕だよ!ウルリヒだよ!」


真っ先に向かったのはフローリアンの面倒を見てくれていた近所のおばさんの家だった。

普段ならば畑で仕事をしてるおじさんや、その子供たちが外にいた。

だけど今は誰ひとり見当たらない。

ウルリヒは焦って扉を叩き過ぎ、力加減を失敗してしまった。

ばきり、と鈍い音を立てて扉が倒れる。


「ご、ごめんなさい…」


言いながらウルリヒは家の中を覗いた。

中は妙に埃ってぽくて、矢張り冷えた空気が漂っている。

ウルリヒは似たような感覚を前に感じた事がある。

それはこの村を去っていた人の空家に入った時、誰も住まなくなった家に入ったあの時の。


「だ、誰かいませんか…!」


声をあげても、自分の声が返ってくるだけだった。

ウルリヒは人に飛び出して様子を見たが、矢張り誰もいない。

近くのおじさんの家も、お姉さんの家も、全部叩いたけど返事は無い。

家の中を覗いて見ても矢張り何処も同じだった。


「みんな何処に行ったの…?」


何かあったのだろうか。

もし何か知っているとすれば…長老しかいない。

村で何かあったらまず長老の家の広場に集まるのだ。

ウルリヒは長老の家に向かって駆け出した。

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