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月と魔術師と預言者と  作者: カザ縁
2.出会いと別れと再会と
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盗賊ロマン 1

「それで、その魔石を持っていった人はどんな人?」

「法衣を着た僧侶のような奴でした」

「僧侶か…うん。でも今は教会のやつ等も信用ならないし、いい獲物かも」

「そうですね…ああ、あと他には若い男が二人…」

「へぇ。かっこよかった?」

「どうでしょう…線が細い男と、チビの田舎ものっぽい奴でしたけど」

「ふーん…」

「まぁ…どっちも弱そうでしたけど」

「そんなの何の目安にもならないよ。だって僧侶という事は神聖…こちらも心してかからないとね」

「しかし神聖は攻撃魔術を使えないでしょう」

「直接攻撃は…ね」




船を降りてふらふらするウルリヒを引っ張りながら街道を歩いた。

馬車を使っても良かったのだが、ウルリヒがこれ以上乗り物に乗り続けるのは無理だと判断して少し苦労しての徒歩を選んだ。

巡礼者や行商人が行きかう街道だったが徒歩は少ない。


「ううー…ぐるぐるする…船降りたのになんで…」

「陸酔いだよ…1日は治らないって聞いたぞ」


ウルリヒは本当に乗り物に弱いらしい。

幸い船で紅いやつ等は襲っては来なかったが、このまままた襲われればウルリヒは頼れない。

船酔いは治癒力でなんとかならないのだな、と思った。


「まぁしばらくしたらマシになるでしょう。がんばって歩いてくださいね」

「はい…」


ウルリヒは力なく返事した。

ウルリヒの歩調に合わせてゆっくりずるずる歩く。

そのまましばらく歩いていたら、あたりに人はすっかりいなくなってしまった。


「人がいなくなっちまったな…」

「心配ですか?」

「まぁな…ウルもこんな調子だし…」

「安心してください。ここは聖君のお膝元。あの方の結界の届く範囲で紅いつるぎを抜くことは出来ませんよ」


フォルトゥナートの傍だといってもまだ街まではしばらくある。

街自体も大きな街なのにそれごと覆ってしまうとはとても巨大な結界だ。

もし本当の話ならとてつもない力だ。

しかしその話を聞いて少し安心した。


「止まれ!!」


突然前方から声が響いた。

驚いて足を止めると、目の前には粗末な身形の男が一人立っていた。

手には大きな剣を持っている。


「金目の物は置いていってもらおう」

「いや~、金目のものなんて持ってないですよ~」


頼りなさそうな声で顔の目の前で手をふらふら振ってみるアヒム。

一瞬紅いやつ等かと思ったが、紅い衣装は纏っていないし雰囲気もまったく違う。

むしろこれは…。


「…追い剥ぎ?」

「みたいだね~…こんなしがない僧侶から物を奪おうだなんて…野蛮ですね!」


無駄に強気に言ってみせるアヒム。

何がこの人をここまで奮起させるのか。

賊の男は鼻で笑ってから言葉を続けた。


「しがない僧侶が金貨三枚も持ってうろちょろしてるかよ」


金貨三枚…確かにアヒムはそれを持っていた。

しかし何故そのことを知っている?

アヒムを見ると困ったように笑っていた。

男はそのことには何も言わずに話しを続けた。


「世間は貧困と病で苦しんでるっつーのによ」

「貧困と…病?」


男はエルヴィンの問いかけに憐れみのような視線で返した。


「なんだ…世間知らずが…ああ、神子様か。温室育ちで箱入り…いや、宝箱入りの扱いの神子様か」

「な、なんだよ…悪いかよ」


男の言い様にエルヴィンも少し腹が立った。

確かに外の世界の実情は知らないが、ここまで言われることなのか。


「悪いに決まってるだろ。人助けの代名詞、今じゃそこらの貴族様よりも権力がある未来の神聖様が外の世界の事を何も知らないときたもんだからな。

今じゃただ搾取するだけの悪徳詐欺集団じゃねぇか」

「なっ…そこまで言うか!?」


確かにエルヴィンも教会の信用が揺らぎかけてはいるが、そこまで悪く言われるとまるで自分が…神聖全員が貶されているようで腹が立った。

しかし男は続ける。


「おお、この際言わしてもらうぜ。神聖教っつーのは力を餌に弱いものから搾取する悪徳集団だ!神聖っつーのは人を蔑む卑しい奴だってな!」

「なんだと…!」


エルヴィンは頭に血が上り何も考えられなくなった。

咄嗟に男に向かって殴りかかろうと手を伸ばした。

もう片方の手を強い力で引かれた。

この力には覚えがある。

一瞬冷静になって後ろを振り向くと、力なく頭を垂れてはいるがしっかりとエルヴィンの腕を掴むウルリヒがいた。


「ウルリヒ…」

「だめだよエルヴィン。この人は…少し勘違いしているだけ。だいじょうぶ…」

「そうですよエルヴィン君。あの方はあの方なりに必死なんです」


ウルリヒとアヒム、同じ事を言っているようで何か違うような気がしてエルヴィンは気が抜けた。


「はぁー…つまらん連中だな。こっちから一方的に手を出すだけじゃ悪いからわざわざ挑発してやったってのに…ノリやすいのはそこのお坊ちゃんだけか」

「ほっとけ」


さっき頂点に達してしまったために、今はもう何を言われても怒らないような気がする程穏やかだった。

男はちょっとつまらなさそうに顔を顰めた。


「失礼ですよ。僕達がいくら弱そうだからって一人で敵うとでも?」


アヒムが矢張り自信満々に言った。


「誰が一人っていったよ」


男がニヤリと笑うと、背後に人の気配が続々と現れた。

その数は…自分達の何倍だろう。

大体20人前後の男達が現れた。

エルヴィンは嫌な気がしてならなかった。


「俺達…盗賊団ロマン!覚えて置きやがれ!」


声高に名乗りを上げた瞬間男達が襲い掛かってきた。

銘々に武器を持ちそれぞれが襲い掛かってくる。

エルヴィンは矢張り動きについていけず手で自分の顔を護る事しか出来なかった。


「くっ!!」

「がっ!」


鈍い声がまわりで聞こえた。

おそるおそる覗くように見ると、ウルリヒが横笛を手に応戦していた。

エルヴィンを護るように男達の攻撃を粉砕していく。

しかし直接ボディに決まる攻撃はとても浅く、結局起き上がっては何度も何度も攻撃される。

だがウルリヒはめげずに何度も攻撃を打ち砕き、エルヴィンはその小さな背中を見つめる事しかできなかった。


「…なんで決めねぇんだよ…」

「この人達はっ…少し勘違いしてるだけ…だっよ!」


やっぱり言いながら敵の攻撃を防いでは軽く身体を押し退ける。

本調子でもないくせに、とエルヴィンは思った。

それでも段々息が上がってきて辛そうなのは盗賊達の方だった。

ウルリヒも軽く息を上げながら応戦する。

攻撃しないのに押している…だが、エルヴィンはその背中がとても痛ましく見えた。


「げっ…なんだこのチビ…化け物かよ…動きも体力も尋常じゃねぇよ」

「魔術か…?くそっ神聖のくせに…やっぱりロマンの言うとおりだったな。汚ねぇ連中だぜ」


その言葉が何よりも重い攻撃として圧し掛かる。

言われているのはウルリヒなのに、痛いのはエルヴィンだった。

ウルリヒはそれでも敵を傷つけるような攻撃はしなかった。

さながら空を舞うように動くウルリヒの表情はよくわからなかったが、苦しくないはずがない。

神聖でも、化け物でも、預言者でも…やっぱりウルリヒだって人だったから。

エルヴィンは無力が痛くて泣きそうだった。


「くそっ…どっちももうやめろよ。やめてくれ、やめろよ!!!」


誰に言いたかったのかもうわからなかったがエルヴィンは喚いた。

その声で怯んだのは…ウルリヒだった。

一瞬チラリと向けた瞳はひどく驚いているようで…ひどく傷ついているようにも見えた。



「その通りです」


一瞬風のように、誰よりも冷たく、何よりも静かなのに、波紋のように声がふわりと走った。

その瞬間…盗賊達の動きがピタリと止まった。


「か、身体が動かねぇ…」

「ま、魔術か…?」


いつの間に後ろにいたのかアヒムがするりと盗賊達に歩み寄った。


「ええ、魔術です。しばらく止まっていてくださいね」


アヒムが軽く笑いながら盗賊達の手からスルスルと武器を奪い取っていく。

ウルリヒは肩で息をしながら黙ってその様子を眺めていた。

全て奪い取った後に一箇所に集めてしまった。


「盗賊団ロマン…聞いた事ありますよ。神出鬼没の義賊まがいの集団ですね…こんなところまでやってくるとは。

思いの他やってくれますね」


アヒムは溜息をつきながら手を払った。

ようやく止まったのかと思ってエルヴィンが身体の緊張を解いた瞬間。

突然身体がふわりと宙に浮いて視界が揺れた。


「…エルヴィン!」


ウルリヒの声が向こうの方から聞こえた。

生暖かい感触がする。


「…そこまでだぜ司祭さん」

「おや…これは、うっかりしていました。まだ隠れていたとは」


物凄く耳元で声がする。

そこでエルヴィンはやっと状況が理解できた。

地面がいつもより遠くに見える光景。

足が…いや、身体全体が浮いてる。

エルヴィンは背が高く大柄な男に捕まって担がれていた。


「はっ放せ!」


力を入れて暴れようとするが男の腕はびくともしない。

自分の力が足りないだけなのか、男の力が強すぎるのか…おそらくどちらもだろう。


「あまり暴れるとうっかり骨を折っちまうぜ、兄さん。大人しくしてりゃ怪我はさせねえからよ」

「…っ」


腰のあたりにぐっ、と重い力がかかった。

みしり、という音が聞こえたような気がして一瞬気が遠くなる。


「エルヴィン…!」

「そこの坊ちゃんも動くなよ。もちろん司祭さんもな。さて…武器を全部返してもらおうか…」

「…」


アヒムは何も言わず男を見たまま固まっているようだった。

男はニヤリと笑った。


「おいおい…この兄ちゃんの事は放っといていいのか?司祭サマが流石にそれはマズイだろ」

「…ええ、そうですね」


アヒムは言いながら敵の足元に武器を戻していった。

無力な挙句に自分が捕まってこんな状況になってしまいエルヴィンは頭が悔しさと情けなさで混乱しそうだった。

すへての武器を戻し終えたあと男はまた話し出す。


「さ…て、じゃあこいつらを動けるようにしてもらおうか。なに、もう手は出させはしねぇよ」

「…そのまえに、この人達を動けるようにすればエルヴィン君を放してもらえるという保障は?手を出さないという保障は?」

「…そうだなぁ」


男は考えるような間を空けてからもう一度笑った。


「動けるようにするのは…アンタ達が逃げてからでいい…だがそれじゃこっちの保障にならねぇから俺は…こうさせてもらう!」


言い出した男は突然走り出した。

そして後ろに向かって大声で言った。


「一人でも戻ってこなかったらこの兄ちゃんの命は保障しねえ!」


エルヴィンは目まぐるしい景色と混乱で頭の中が真っ白だった。

ただひとつ、ウルリヒが自分の名前を呼んでいるような気がした。

そして白い靄の中に意識は沈んでいった。

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