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月と魔術師と預言者と  作者: カザ縁
10.月へ至る暗闇の道
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動き出す全て 7

エルヴィンとウルリヒは、グレーティアの話と預言の内容をライヒアルトの所まで持ち帰った。

本当はその場でウルリヒに問いたかったが、ウルリヒはライヒアルトに聞きたい事があると言ってそれ以上は語らなかった。

得た情報を全て話すと、納得したようにライヒアルトは頷いた。


「黒き翼の村か…なるほど、そこならば封印の鍵があってもおかしく無いな」

「ウルリヒの村がそうなんですか?」


ウルリヒを見ると、考えるように僅かに視線を落とした。


「多分…黒き翼の村って言われてたから…」

「他にはそれらしい地名って無いんですか?」


ライヒアルトはうむ、と短く応えた。

それから少し咳をしたので、エルヴィンは立ちあがってポットからカップにお茶を注いだ。

マリアンネが薬湯代わりに城の畑で摘んでいたものだ。


「在るかもしれないが…ウルリヒ、君は“山向こう”の村から来た、と以前言っていたな」

「そうです」

「それは“門”の向こうの山の事だろう」

「そうです」

「ならばそこが黒き翼を抱く場所…だろう」


ライヒアルトにお茶を渡すと、お礼の言葉が返って来た。

ライヒアルトとウルリヒの間には何か話が通じているらしいが、エルヴィンには何の事だかさっぱりわからない。

再びライヒアルトに向き直って座り、問いかけた。


「どういう事ですか…?」

「黒き翼の村は…少々特殊な場所にある。あの場所には二つの鍵がかけられている」

「鍵?」

「あそこにはあの村出身の者しか入れない」

「え…?]」


問う様にウルリヒの方を見ると、こてん、と首を傾けた。


「そうなんですか?」

「知らないのかよ」


村の出身者であるウルリヒでさえ知らないのか。

ライヒアルトはお茶を一口飲んで、カップを置いた。


「知っているのは神聖教の一部の人間と、村の一部の人間だけだろう。私もそんな村があるのは神聖君子になるまで知らなかった」

「あ、でも。一つ目の鍵はわかりますよ。“門”ですよね。あそこを通らなければ村に行けないし、村から外にも出られませんから」

「そう。あの門は出た者しか入れない。あの門を使わなければ…到底、人の力で行けるような場所では無いと聞いている。道の無い深き山…年中荒れる海に佇む孤島にあるんだ」

「そうなんですか…」


ウルリヒはぽかん、と口を開けてライヒアルトの話を聞いていた。

自分の村の事も知らないのか…と、思ったが、エルヴィンも学園を出るまで、学園がどういう場所にあってどれほど田舎なのか理解していなかった。


「わたし達はいつも“門”を通っていましたから…。門を通れば、ちゃんと近隣の村に出られたんですよ」


でも村自体は絶海の孤島にあるわけだから、全然“近隣”の村では無いのだろう。

ウルリヒの事は田舎者だと思っていたが、思った以上に遥かに田舎者だったらしい。


「でも、そういえば…門の外から外部の人が来た事は無かったですね。もちろん門を使わずに外に出たりする事も無かったし…」

「どんな閉鎖社会だよ…」


そんな事ないよ、とウルリヒは笑った。


「年に何回かは外に出て交流する事もあったし」


そう言われてしまえば、確かに神聖学園の方がよっぽど閉鎖的だ。

エルヴィンは学園に居た頃、一度も外に出た事は無かった。


「そっか…でも、それだと空間移動するような魔術で行く事が可能なのでは?」


エルヴィンの問いに、ライヒアルトはゆっくり首を左右に振った。


「それも出来ない。村自体に結界が張ってあって、村の住民以外は入れ無いようになっている」


相変わらずウルリヒは感心したように口を開けて頷いた。

それも知らなかったようだ。

それよりもエルヴィンは、何故そんなに厳重な造りになっているかの方が気になった。


「誰がそんな事を…何の為に?」


ライヒアルトは横たわった自らの足あたりに目を落として、首振った。


「わからない…。ただ、教会が出来た当初から、村との交流は秘密裏に行われてきた。だが…定期的に訪れるはずの使者は来ず、代わりにウルリヒ、君が現れた」


ライヒアルトは言いながらウルリヒを見た。

エルヴィンもウルリヒを見る。

ウルリヒは一瞬だけ視線を逸らしたように見えた。


「すみません…使者の事もわたしは知らなかったです…。でも…村から出て行く人が多くて、住民はもうほとんどいなくなってて…」

「そうだな…性質上、村の出身者であっても、外で子を為せばその子は村には入れないからな」

「そうだったんですね…わたしにとって、あの村はあれで普通でしたから…」


神聖学園都市も相当変わった場所だったとエルヴィンは思っているが、ウルリヒの村はいっそ異常なまでだ。

まるで村から人を排除していっているような気さえする。

そう思い至って、エルヴィンはある事を思い付いた。


「あ、だから…。人が排除された場所だからこそ、封印の鍵がある…?」

「私はそう考えた」


そんな特殊な場所ならば、確かに納得できる。

その村自体、古い時代から在ったようだから、封印の為にそのように造られているのだとしたら納得出来る。

だが封印の為だけにそうするなら、人を最初から排除すれば良いのでは無いだろうか。

それに気になる事もあった。


「…どうして…黒き翼の村、なんですか?」

「真偽は定かでは無いが…黒き翼、と聞いてエルヴィンは何を思い出す?」

「…神聖戦争の際に、負けた方についた神聖族…です」


古の…三千年前の神聖族同士の対立。

宗教画や偶像においては、戦で負けた方の神聖族は醜い黒き翼を持って描かれる。

人間との交流を拒み、人間を制する事を目的としていた“悪しき神聖族”と呼ばれた人々。

それを連想させる。

彼らがその後どうなったかはわかっていない。


「まさか…その負けた“悪しき神聖族”の村…?」

「真偽はわからない…ただ、神聖族が残っているわけでは無いようだ」


言いながらウルリヒを見た。

今話していた事は、ウルリヒが“悪しき神聖族”の末裔だと言っている事に他ならないと気づいて、少し罰が悪くなった。


「確かにわたしの村には普通の人間もたくさんいましたよ。でも…その、負けた神聖族が作った村だっていうのは…たぶん、そう、だと思います…」


ウルリヒは遠慮がちに言った。


「神聖族の戦争の事は誰も話さなかったし…神聖の力…特に魔術を使う事は駄目だって言われてましたし…」


視線を落として呟くようにウルリヒはそう言った。


「そっか。まあ、問題はどうやってそこに行くか、だよな…」


エルヴィンはやや強引に話題を変えた。

今彼らの正体を暴いても仕方無いし、追及する意味も無い。

もしそうだったとしても、ウルリヒ自身が変わるわけではないのだ。


「そうだな…ウルリヒならば、問題無く入る事が出来るだろうが…」

「俺は…入れない、ですよね…」


当然空間移動出来る魔術は使えないし、使えたところで入れない。

封印どころか行く事すらも難しいという事実に、エルヴィンは頭を抱えたる


「手だてが無いわけでは無いが…まあ、賭けにはなる」

「どういう事ですか?」


ライヒアルトがスッキリしない口調でそう言った。


「結界ならば、抗魔力で破れるかもしれない」

「抗魔力で…?」

「もちろん常人の魔力では不可能だろうが…エルヴィン、君の魔力は未知数だ。破れる可能性はあると思う」

「でも…そこまで行けなきゃ意味無いんですよね」


仮に結界を破れたとしても、門を通らずに村に行くのは不可能だと言っていた。


「抗魔力で門の力は破れないんですか?」


首を傾けながらウルリヒが問うと、ライヒアルトは左右に首を振った。


「抗魔力は魔術に対する対抗能力、簡単に言えば魔力を破る力だが…門の力を破るとなると、門そのもの力を破る事となる。門の瞬間移動能力そのものが使えなくなると言う事だ」

「万能じゃないんですね…」


ウルリヒが残念そうに言った。

まったく厳重な造りである。

ウルリヒだけ行ってなんとか出来ないだろうか。

エルヴィンがそう言うと、ウルリヒはうーん、と唸った。


「でも…わたしが村に居た時、封印がどうのとかそういうのはサッパリ…」

「そう、だよな…ァ」


住んでいたウルリヒにすらその場所や方法はわからなかったのだ。

というか、ウルリヒは預言を元にその村から旅立ったのだから、これでは振り出しに戻るという事になる。

ウルリヒにとってみれば、自らが月の解放の鍵だと思っているエルヴィンが一緒に行かないとただの里帰りと変わらないのだろう。


「…君の友人の少年は何処に?」


ふとした間に、ライヒアルトは言った。

友人、といってパッと思いつかないのは寂しいところだが、エルヴィンの知り合いで、ライヒアルトが名前や身分を知らない者と言えば…。


「ああ、もしかしてアーベルの事ですか?赤毛の…」

「そう、彼だ。少し話をしたいのだが…」

「俺も何処にいるのか…あ、そういえば前、アヒムのおっさんが“僕に用事がある”とかなんとか言ってたような…」

「アヒムか。なら話は早いな」


言いながらライヒアルトは手を伸ばしてカーテンをサッと開き、窓を少しだけ持ち上げながら押し開けた。


「聞いていただろう」


ライヒアルトが天気の良い青空に向かって爽やかにそう言った。

唐突にばさばさと打つ音が聞こえて、窓の隙間から羽根が入ってくる。

そして少し遅れて、細い鳥の足がてんてん、と足跡をつけて入って来た。

ライヒアルトが鳩に向かって手を伸ばすと、鳩はその手にてん、と乗った。


「バレてましたか」

「隠れるつもりならもっと上手くやるだろう」

「うう、ひどいですね…僕はこれでも結構まじめにやってますよ…」

「すまないが冗談を言っている暇は無い。アーベル君という少年の居所を知っているか」


なんだかライヒアルトがさらりとアヒムに酷い事を言ったような気がする。

だが確かに今はアヒムの話などどうでも良い。

もしかしてずっと張ってるのか、と聞きたかったけど今は止めた。


「アーベル君ならずっと僕と一緒に居ますよ」

「な、なんでだよ…!」

「アーベル君に聞いてください。それより、アーベル君に用事があるんですか?」


エルヴィンの質問を流してアヒム…鳩はくるり、とライヒアルトに黒い目を向けた。


「ああ、彼に伝えてくれないか」

「僕に何の得が?」

「散々エドヴァルドの情報を与えただろう。貴方が怖がる、彼の情報だ」

「………やっぱり僕の事怒ってるでしょう」

「どうかな」


にこり、と鳩に向かって微笑むライヒアルトは実に爽やかで絵になるのだが、何処かちょっと怖い。

でももっとやれば良いのにとエルヴィンは思った。


「…わかりましたよ。アーベル君にお伝えしときます」

「ああ、頼んだ」


鳩はくるりと回転すると、しばらく置き物のように固まって動かなかった。

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