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月と魔術師と預言者と  作者: カザ縁
10.月へ至る暗闇の道
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動き出す全て 6

思いも寄らなかったグレーティアの言葉に、エルヴィンとウルリヒは顔を見合わせた。

“約束せし者”…その言葉が意味するもの。


「…じゃあ、もしかして…グレーティアがアウリールの預言の執行者?」


エルヴィンが問うと、グレーティアは口元に手を当てて、驚いたように目を丸くした。


「あの預言は本当でしたのね…!しかもまさか、わたくしの時代に当たりますなんて」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺達は“約束せし者”かどうかはわからない。でも…他の執行者のことは知っている」


どうやらグレーティアが三人目の…最後の預言の執行者であることに間違いは無いようだ。

意外な人物から飛び出た意外な言葉に、エルヴィンは驚きと動揺を隠せないでいた。


「では、貴方がたは“約束せし者”では無いと?」

「それはわからない。けど、他の執行者はそうかもしれないって…ティアはどうして俺たちがそうだと思った?」


グレーティアは頬に手を当てて、僅かに床の方を見た。


「…月の解放。そう聞きまして、わたくしは代々伝わる預言のことを思い出したのですわ。“世界が変わる道筋”…預言にはそう記されていました。わたくしは今まで、あの預言は幻想のお話だと思っていましたの。だけど月の解放の事を聞き、貴方を見て…今まで一度も思い出さなかったあの預言書が、鮮烈に思い出されましたの。だから貴方がたが、そうであると…」


確かライヒアルトも、月の解放の事を聞いてエルヴィン達が“約束せし者”だと思ったと言っていた。

やはり自分は“約束せし者”なのだろうか。


「そうか…ロマンと友達なのもそういう繋がりなのかな」

「ロマン?」

「あそこの一族も“預言の執行者”だよ」


まあ、とグレーティアは声を出した。

確かロマンの父親はライヒアルトとも交流があると言っていた。

あの盗賊一族の役目は“執行者を繋ぐ”事…たしかにその役割を為している。

そう考えれば、グレーティアが…王家がアウリールの預言に関係しているという事に何故思い至らなかったのかが不思議なくらいに感じられた。


「それでエルヴィンにこの事を伝えなければと思いまして」

「…いいのか?」


預言の内容を伝えるという事は、月の解放に手を貸すと言う事だ。

グレーティアが遠慮がちに隣に座って黙り込むヘンゼルの顔をのぞき見た。


「…預言書は王国最大の禁書になってまして、閲覧できるのは王家の者だけですわ。そしてたどり着くための鍵の一つをヘンゼルが持っていますの。だけど…わたくしはこれを伝える事に反対はしませんわ。貴方はわたくしを助けてくださいましたし、マリアンネさんの命がかかっていますもの…」


グレーティアは声音を乱しながら、それでも静かにそう言った。

昨日にあった事を気にしているのはエルヴィン達だけでは無いのだろう。

ヘンゼルは鼻から抜くような妙な息を吐いた。


「ボクは月の解放には反対だ」

「…」


はっきりとそう言い切ったヘンゼルに、エルヴィンは当然だろうなと溜息をついた。

エドヴァルドが明確な敵意を示してきたうえに、その敵が望む事なのだ。

だが月の解放の道を諦めてしまえばマリアンネは…。

でも此処でヘンゼルを説得して、無理矢理聞き出す事もエルヴィンにはできない。

執行者が預言の執行を拒否する事は、与えられた権利なのだとエルヴィンは考えた。


「…だが、君には借りがあるし、一人の少女の命がかかっているのもまた事実だ」

「…ヘンゼル」

「情報を君ならば有用に扱ってくれるとボクは思う」


ヘンゼルは真剣な目つきで、エルヴィンを見据えた。


「情報は与える。だが…どうするかは君に決めてほしい」


またひとつ、エルヴィンに選択の責任が課せられた。

だが、マリアンネの為にもそれを拒否する事は出来ない。

エルヴィンは慎重に頷いて肯定した。





禁書庫と言うものは何処にでもあって、神聖学園にもそう言った場所があるのだと噂で聞いた事がある。

教会にはそういう物がごまんとあって、記された内容は教会の存続を揺るがすものや、危ない魔術の使用方法、さらには人体実験に至るまで目に入れるだけでも毒だという物が多いと聞いた事がある。

アウリールの預言書がそういった物の中に紛れているとは思わなかった。


グレーティアとヘンゼルに案内されたのは、グレーティアの城の地下の小さな書庫だった。

机と椅子がひとつだけ置かれていて、本棚にはきれいに本が敷き詰められている。

人が一人入れるくらいの間隔をあけて並ぶ本棚は五つ程度だ。

入れても二、三人が限界だろうと思える小さな、書庫というより書斎に近いその部屋の奥には小さな扉があった。

小さいといっても、人一人は通れるほどある普通の地味な扉だ。

ただこの城のどの扉よりも小さく存在感が無い。

ヘンゼルは鍵穴に鍵を差し込んで回し、その扉を開けた。

軽い音がして扉が響き、ヘンゼルが灯りを持って中に入る。

エルヴィンがその後に続いて入ると、中は人が一人座れる程度の広さしかない空間だった。

背中に手が届きそうな程近い距離にいるヘンゼルは、今度は先ほど扉を開けた鍵とは違う、銀色の鍵を取り出した。

先ほどとは様式からして違う、複雑な形をした鍵だ。

それを鍵穴に差してまた回す。

扉が開いてヘンゼルが一歩進むと、また同じような空間があった。

ヘンゼルは鍵束の中から先ほどとそっくりな鍵を出してまた回した。

次の部屋はようやく別の空間のようだった。

一歩踏み込むと、そのあまりの広さにまず驚いた。

先ほどの小さな空間とはまったく違う、視界に収まりきらないほどに広大な空間の中に、びっしりと綺麗に並べられた本棚の数々。

その中には煩雑に本や書類が積み上げられていたり、並んだりしている。

屋敷の敷地分全ての広さなのではないかと思える程の巨大な書庫だ。


「此処が王国の禁書庫…?」

「そうですわ」


エルヴィンが思わず漏らした言葉に、グレーティアが応えた。

古い書物の匂いが鼻先を掠める。

こんなに王国に依って制限された書物が集められているとは。

中身を見てみたいような、見たくないようなそんな気分だ。

ヘンゼルを追いかけて書庫の長い廊下を歩いて行くと、更に扉が在った。

正確には扉らしきもので、扉には取っ手も鍵穴も存在しなかった。

どうするのだろうかと見ていると、ヘンゼルが扉の一部分に手を翳して、そのまま右に手のひらを移動させた。

すると何も存在していなかったその場に、窪みが現れた。

何をしているかは彼が影になってよくわからなかったが、ヘンゼルが何通りかの動作を行うと、ようやくそこに鍵が挿せそうな穴が現れた。

ヘンゼルは今度は四角い平たい札状のものを取りだした。

それをまず引っ張ると関節が現れ、それから一回転させる。

ヘンゼルが何かをするたびに、カチリ、カチリ、と音が鳴り、最終的に複雑怪奇な鍵のような形になった。


「…随分…厳重だな」

「当たり前だ。此処の解錠方法はごく僅かの者しか知らない…グレーティアさえ知らない」

「でもこの奥は、わたくし達王族の許可無く開ける事は許されませんわ」


がちゃり、と妙に重々しい音をさせて鍵が開いた。

なんとなく緊張感を高まらせながら中に入ると、随分とさっぱりした空間に出た。

先ほどの書庫とは違って、一般庶民の家の一部屋と変わらない程の大きさに少し安心した。

庶民的な自分の心にちょっと空しくなりはしたが。


「さて、目的のものは此処にある」


気がつけばグレーティアが奥にぽつりと置かれた戸棚の鍵を開けていた。

この戸棚の鍵はグレーティアが所持しているらしい。

グレーティアの背中越しに中をのぞくと、数冊の本と紙が入っているだけで随分と空きが多い。

その中から丸めて紐で結ばれた、一枚の古い紙を慎重に取り出した。

ゆっくりと紐を解いて、それをエルヴィンに差し出した。

これが預言書?

思っていたよりも随分とアッサリしている。

エルヴィンはもう一度確認の意味を込めて、グレーティアを見た。

グレーティアが頷いたのを見て、エルヴィンはゆっくりと紙を開いた。

見た目は色褪せてとても古いが、欠損も無いし文字もハッキリと書いてある。

不思議な色合いのインクで書かれたその文字は、クレヴィングだ。


「…?」


その文字を見ていると、何故だか妙な気分がした。

なんと言葉にして良いのかわからなかったが、嫌な気分はしない。

とにかく文字を読んでみる事にした。


「この預言を受け継ぐ執行者へ。“約束せし者”が現れる時、世界が変わる道筋が開かれる。時を待て」


前置きのような短い文章の後少し間を開けて、詩のようなものが書かれていた。


全てが揃った後、約束を果たそう。

約束の場所で、聴かせて欲しい。

黒き翼を抱くあの場所で、私はずっと待っている。


アウリール


「黒き翼を抱くあの場所…?」


どういう意味だろうか。

これは何か別の意味を含んだ詩か何かなのか、それともそのまま言葉通りの意味なのか。

もしそのまま言葉通りの意味だとしても、エルヴィンには何もわからなかった。

約束の内容もわからないし、聴かせて欲しい、と言うのも何なのか。


「これがアウリールの預言書…?」


確かめるように問うと、グレーティアが頷いた。


「わたくしには真偽はわかりませんが、これは王家が王家になるずっと以前から在ったものらしいですわ。そしてこんなにも厳重に保管されている事…これが何を意味するのか」


王家が王家になる以前…王国になる前。

それは相当に古いものである事を示している。

これが本当に、月の解放に繋がる最後の手がかりなのだろうか。


「黒き翼…」


今まで押し黙っていたウルリヒがぽつりと呟いた。

思わずそちらを見ると、ウルリヒは何処か遠くを見つめるように何処ともわからない場所を見ている。


「黒き翼の村。わたしの村はそう呼ばれていた」


無表情のウルリヒがエルヴィンを見てそう言った。

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