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月と魔術師と預言者と  作者: カザ縁
10.月へ至る暗闇の道
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動き出す全て 4

王国の王女グレーティアと、神聖教の神聖君子エドヴァルドとの会談は、グレーティアの居城の応接室で行われる事になった。

王女との直接の面会だなんて普通ならば認められないところではあるが、相手が教会の最上位の者である事、それに神聖君子たるエドヴァルド自身が単身で会談するという申し出に条件を呑む事となったらしい。

それに何よりグレーティアがそれを望んだ事もあるようだ。

気の強い彼女の事だから、みすみすこの機会を逃す事は出来なかったのだろう。

貴族院からの代表という事で、ヘンゼルの同席が許されたのが幸いなのか如何なのか。

エドヴァルドの目的が解らない今、エルヴィンは不安でしょうがなかった。


「俺も…せめて部屋の近くには行った方が良いですかね…」


気を揉んだ挙句ライヒアルトにそう相談すると、軽い頷きが返ってきた。


「エドヴァルド殿の目的は今のところわからないが…できれば、王女にエルヴィン等も付き添えれば理想だろう」

「まあ、別に何も出来ないですが…」


何も出来ない、という言葉がもはやお約束になりすぎて弱音よりも簡単に漏れてしまった。

ライヒアルトはどこか神妙そうな面持ちで少し首を傾けた。


「どうかな」

「…どういう意味ですか?俺達がエドヴァルドの気を引けるって言うのなら、その理由はまだ解って無いですけど…」

「そういう意味なら私はエドヴァルド殿には近づくな、と言うだろうな。私は彼は君達に対して何らかの含みを持っていると疑っているからな。だが…今回エドヴァルド殿に対するのは人間であるグレーティア王女だ。出来れば私が付き添えれば良かったのだが…」


そうもいかないだろう。

今エドヴァルドとライヒアルトは敵対している状況だ。

ライヒアルトは会談の間は別の場所へと移る事になっている。

だがライヒアルトが例えその場に出席出来たとしても、エルヴィンは反対していただろう。

今でもライヒアルトはずっと治癒を受け続けている。

そうしないと、どんどんとライヒアルトは衰弱していくからだ。

例え治癒を施していても、日々悪くなる顔色や時々見える覇気の無い目を見ていると、ライヒアルトは着実に弱っていっているように見えた。


「充分に気をつけて、ウルリヒと共に行くと良いだろう」

「そうします」


ライヒアルトの助言に従って、エルヴィンもその日はグレーティアの城で待機する事にした。



当日、応接間に入れるのは王女グレーティアと付き添いを許されたヘンゼルだけだったが、応接間の前には兵士二人と護衛の神聖が二人、そして貴族と使用人の幾人かが待機している。

綺麗に並んだその列に、エルヴィインとウルリヒも加わった。

しかしその列には、神聖教の関係者と思しき人は誰もいなかった。


「ウルリヒ、エルヴィン…」


小さな呟きと共に現れたのは、ライヒアルトと共に別の場所へ行ったはずのマリアンネだった。


「どうしたの?」


ウルリヒが聞くと、マリアンネも焦ったように列の中に加わった。

列からはみ出ていると、なんとなく目立つからであろう。


「え、と…ライヒアルト様に書物を探してくるように頼まれたのだけど、私には字が読めなくて…それで、エルヴィンに聞けばわかるって…」

「ああ、良いよ。すぐにか?」


エルヴィンの問いかけに、マリアンネがふるふると首を左右に振った。


「これが終わった後に、報告も兼ねていっしょに…て」

「わかったよ。じゃあちょっと待っててくれ」


マリアンネは頷いてウルリヒの後ろに控えた。



しばらく待機していると、兵士に先導された王女グレーティアとヘンゼルが現れた。

エルヴィン達に気づくと、グレーティアは足を止めて優雅に微笑んだ。


「あら、貴方がたも来てくださいましたの。そんなに心配そうな顔なさらずとも大丈夫ですわ」

「その自信はどっから来るんだよ…」


エルヴィンがため息を吐くと、グレーティアは可愛らしく僅かに首を傾けた。


「怖がっていては何もできませんもの」

「グレーティアの事なら心配するな!ボクが全力で守る!」


声を張りながらヘンゼルが乗り出して来てそう言った。

お前の事は誰が守るんだよ、と言いたかったが、息巻く彼を見ていれば何も言えなかった。

ヘンゼルが武術等に優れているとは思わなかったが、フォルトゥナート神聖教会にも単身で乗り込んだ彼のことだ。

なんとかしてしまうんじゃないだろうかと、不思議な気分にさせる。

それにエドヴァルドも敵地にて単身で迂闊な事をすればただでは済まないだろう。


「頼りにしてますわよ、ヘンゼル。…もうすぐエドヴァルド様がお越しになる時間ね」


グレーティアが時計をちらりと見ながら言った。

すると俄かに屋敷の空気がざわめき、皆が廊下の先に目を向けた。

曲がり角の先に現れたのは清らかな法衣を見に纏った優男、忘れようはずもない、エドヴァルドだった。

ライヒアルトとは違い、薄い色の髪に薄い色の目をした、何処か優しげな柔らかい雰囲気を持った容姿。

しかし意志を帯びた瞳だけが苛烈に輝き、佇まいだけでエルヴィンの不安を掻き立てた。

エドヴァルドの後ろには城の使用人が焦ったように付き従っていて、神聖教の関係者らしき人は見当たらなかった。

本当に単身でここまで来たのだ。当たり前なのだが武器らしきものも持っていない。

エドヴァルドが一歩一歩近づいてくるたびに、心臓を打つ音が早くなっていく。

彼には言いたい事、聞きたい事がたくさんあるのに、今エドヴァルドの目に映っているのはグレーティアだけであるようだった。

エドヴァルドはグレーティアの前まで来ると、少しだけ笑った。


「初めまして、グレーティア王女殿下」


エドヴァルドがそう声をかけると、グレーティアも礼を以て応えた。


「初めまして、エドヴァルド様。我が城にお越しいただき、有り難うございます」

「こちらこそ」


相変わらず口許には笑みを浮かべたまま、エドヴァルドは今度はヘンゼルを見た。

ヘンゼルはいつものように何処か憮然とした表情で相対した。


「初めまして。ボクはグレーティアの許嫁で貴族院の代表、ヘンゼルだ。同席させて頂く」

「よろしく」

「早速始めさせて頂こう」


言いながらヘンゼルが応接間の扉を開くと、まずはグレーティアが入った。

それからエドヴァルドもその後に続いて入ろうとしたが、入り口でピタリと足を止めて突然振り返った。

姿を目で追っていたエルヴィンと完全に目が合い、びくりと僅かに肩が跳ねた。


「お前達も来るか?」

「え…」


エドヴァルドが一瞬目を眇めてそう言った。

エルヴィンが思わずヘンゼルを見ると、ヘンゼルは軽く頷いた。


「ボクは異存は無い。エドヴァルド殿が許されるなら」

「無論だ」


此処は素直に誘いに乗ってもいいのだろうか。

自らグレーティアと一人の同席者のみを許しておいて、何故今更自分達に。

少し怖かったが、思ってもみなかった機会だ。

ウルリヒを見ると、軽い頷きが返って来た。

「じゃあ同席させてもらう。けど俺達はライヒアルトさんの味方だ」

「そうだろうな。では代表、という事にでもしておけばいい」


それだけ言ってエドヴァルドも応接間に入って行った。

心配そうに顔を歪めるマリアンネに目だけで合図して、エルヴィンとウルリヒもその後に続いて中に入る。

最後にヘンゼルが入って扉を閉めた。

足の低い机を挟んでニ対の立派な肘かけの長椅子が置いてある。

長椅子は五人程が悠々と座れそうな程大きかったが、片方にエドヴァルド、片方にヘンゼル、グレーティア、エルヴィン、ウルリヒが並んで座った。

この場合、ライヒアルトの代表という立場ならば此処が正しいだろう。

そうでなくとも、エドヴァルドの隣などには座りたくない。


「さて」


グレーティアが高い声で仕切るように言った。


「それでお話とは何でしょうか。何故わたくしに?」


グレーティアが小首を傾げながらそう問うと、エドヴァルドはしばらくじ、とグレーティアを見つめた。


「話は簡単だ。つまり、神聖教に対立し、ライヒアルトのような罪人を立てるのは辞めろと、そういう事だ」


エドヴァルドはつまらなそうに、にべも無くそう言い放った。

グレーティアはぐっ、と眉を潜めた。


「本当に簡単に言われますね。ですが、そんな提案、到底呑めるものではありませんわ。だってそうでしょう?貴方がた神聖教はわたくし達の王国に何をしようとなさいましたの?」


街への侵略の事だろう。

グレーティアが言った事は当然の事だ。

明らかな敵意を見せる相手に、立ち向かう事の出来る好意。

わざわざ前者を取る理由は無い。

エドヴァルドは口許を僅かに歪めるように笑った。


「そうだろう。だが…ライヒアルトに期待しても無意味な事だと忠告しておく。奴には今何の力も無い。それは王女自身も知っている事だろう?」


ライヒアルトの容態については、最重要機密扱いだ。

真の神聖君子であると名乗りをあげたライヒアルトが衰弱していると知れたら、それだけで民衆の意気も兵士の士気も下がるだろう。

だから王国内部でも最重要機密だが、ライヒアルトが匿われている城の主であるグレーティアは当然知っている。

そしてライヒアルトを傷つけた張本人であるエドヴァルドも知っている。


「ライヒアルトなど敵ではない。今、教会に盾付く事が懸命な事だとは思わないが」

「そんな事ありませんわ。神聖教の離反者も今や大勢王国に味方してくださっていますわ」

「どうかな?それでも矢張り教会を裏切る事を恐れる神聖も多いようだが」


確かに未だ神聖教には多くの神聖が在籍している事は確かだ。

それに力の強い神聖達が多い。

位の高い神聖はそれだけ力の強い者も多く、人間に対して不満を持っている者も多い。


「私が持ってきたのは甘い飴。今、ライヒアルトを棄て、神聖教につくというなら、自治を認めてやっても良い」

「何て言い様です!この国はこの国の人達のものですわ!貴方がたに認められずとも…」

「どうせすぐに神聖教のものになる。これは、鞭だ」


エドヴァルドはまた唇を歪めた。

グレーティアは怒りを堪えるように、唇を噛みしめている。

自治を認めるという事は、自動的に神聖教の支配下に入るも同然だ。

戦を避ける事は出来るが、これから神聖教が人間に対してどのような統治を行うのか。

いくら自治を認めるといっても、神聖の規定の下に縛られる事になるのだ。


「そんなものは飴でもなんでもない。お前達に支配されるつもりも無い」


グレーティアの代わりに言ったのはヘンゼルだった。

エドヴァルドの視線が彼へと移る。


「大体、交渉に来たという事は、神聖教もライヒアルト殿や王国を恐れているからだろ?そうでなくば交渉になど来ないはずだ」

「恐れる必要が?」

「どうせ神聖教は人間に対する絶対的な自信から対立を望んだのだろう。だが、強大な敵…ライヒアルト殿が立ちふさがった。同じ力を持つ敵が現れ怖くなった。違うか?」


挑発するようなヘンゼルの問いかけに、エドヴァルドは椅子に深く腰を沈めて伺うように彼の目を見た。

だが口許は相変わらず、笑っている。


「大した慧眼だ。人間の割に神聖の事をわかっているようだ。神聖は元々が強い力を持ち崇められていたために、敵と逆境にはとことん弱い」


エドヴァルドはヘンゼルの言った事を肯定した。

いったいどういうつもりだろう。


「だから大司教らは人間にすり寄る事を考えた。浅はかな考えだ」

「…大司教ら?」

「こんなにも脆く、あまりに脆弱。これも神聖が人間たる証」


神聖が、人間?

どういう意味だろうか。

エドヴァルドが何故かちらりとエルヴィンを見た。


「エドヴァルド殿…わたくし達は、簡単に争いをさせるつもりはありませんわ」

「だろうな。…そう、そういえば。まだ王女を会談の相手に選んだ理由を話していなかったな」


そう言うと、エドヴァルドはおもむろに立ちあがった。


「簡単な話だ。争いを起こすのに手っ取り早いのは相手の要人を殺す事。そしてその相手は王より、次代の未来を築く者…つまり王女である事が最適だ」


エドヴァルドの目がぎらりと輝いたように見えた。

同時にエルヴィンの身体がサッと冷えていくのを感じた。

エドヴァルドの手元に見えた紅い光…それは学園に居た時に見たあの。


人を傷つける神聖の魔術。


エルヴィンは一瞬身体がふっ、と宙に浮いたような心地になった。

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