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月と魔術師と預言者と  作者: カザ縁
10.月へ至る暗闇の道
104/126

動き出す全て 3

アルミーンに帰って来た時は、こそこそと隠れる必要は無かった。

街の前には兵士達が待ち構えていて、その兵士達に囲まれて城まで連れて行かれた。

まるで危険人物か犯罪者だ。

たが、遠巻きに見る街の人々は、まるで祈るような態勢と願いのこもった痛烈な視線でエルヴィン達を見ていた。

街を助けた事と、ライヒアルトが神聖教に対立した事をもう知っているのだろうか。

どういう想いで、自分達を見ているのだろうか。

その本当の気持ちはエルヴィンにはわからなかった。


貴族院と国王への報告をロマンとセリムに任せて、自分はライヒアルトが軟禁されているグレーティアの城へ向かった。

王女の城と言っても後宮では無いらしく、客人を持成す時にも使われるらしい。

もちろんライヒアルトは客人だなんて身分では無かったが。

今のライヒアルトは王国の人質なのだ。

それでもなんとか身分を証明されたエルヴィン等はライヒアルトに会いに行く事ができた。

案内された部屋に入ると、相変わらずの笑みでライヒアルトが一同を出迎えた。


「エルヴィン、ご苦労だったな」

「はい、なんとか…」


ライヒアルトがにこりと笑うと、エルヴィンはようやくほっと肩の力を抜けた。

今まで身体に力を入れていた事にすら気づいていなかったが、ようやく軽く息を吐いて口許に笑みを浮かべた。


「ヴィルフリートさんのおかげです」


エルヴィンがそう言うと、ヴィルフリートが僅かに顔を伏せたまま少し前に歩みでた。

ライヒアルトとは目が合わせられないのか、不自然に目線を逸らせる。

ライヒアルトはベッドに座ったまま、ヴィルフリートを仰ぎ見た。


「私に何か言う事が?」


ライヒアルトが表情を消してヴィルフリートに問いかけた。

ヴィルフリートはしばらく黙って立っていたが、ライヒアルトの傍まで歩いて行き身を屈めて跪いた。


「ライヒアルト様…貴方様のお言葉に背いたにも関わらず、御元に戻って来た事をお許しください」


ライヒアルトは何も言わずにヴィルフリートを見降ろした。

こんな些細な事を許さないライヒアルトでは無いと思うが、彼がなんと言うのか、エルヴィンも緊張した。


「他には?」


ライヒアルトが静かな声で問う。

ヴィルフリートは僅かに身動ぎした。


「…私を許して頂けるならば、今一度お側で守らせてください」


ヴィルフリートが僅かに震える声でそう言った。

ライヒアルトは一瞬目を眇めたように見えた。


「許されると思うか?」


ライヒアルトのその言葉に、エルヴィンの心がピクリと跳ね上がる。

そんな冷たい台詞が返ってくるとは思わなかった。

思わずライヒアルトの方を見たが、ヴィルフリートから視線を逸らさずに黙っていた。


「…私はライヒアルト様の命に背きました。その上で卑劣な事を行い、その愚行をもって貴方様の傍に仕える事は、御名を汚す事になりましょう。…許されるとは思いません。しかし、それでも私は貴方様をお守りしたいのです」


ヴィルフリートは両手をついて、顔を伏せたままそう言った。

声はそれほど大きく無いのに、まるで叫んでいるような言い方だ。

エルヴィンはライヒアルトの方を見た。彼の言葉が待ちきれない。


「そうか」


ライヒアルトは短くそう言った。

ヴィルフリートは項垂れたまま動かない。

エルヴィンの心がざわりと泡立つ。


「ならばそうすれば良い」


ライヒアルトがそう言って、ヴィルフリートが顔を上げた。


「ヴィルが自ら罪を背負い罰する心を持つというなら、私は何も言わない」

「ライヒアルト様…」

「私の名ならいくら汚れようが構わない。存分に使ってくれ。それでヴィルが私を守ってくれるというのなら」


ヴィルフリートは泣き出しそうな顔を上げたままライヒアルトを見ていた。

こんなに弱々しいヴィルフリートの顔を見るのは初めてだ。


「有り難うございます…ライヒアルト様」


ヴィルフリートは跪いたままそう言った。

ライヒアルトはいつものように穏やかに笑っていて、エルヴィンも少し嬉しくなった。

そう思っている自分を認識して、なんだかウルリヒに感化されている気がするとエルヴィンは心の中で少し笑った。


「お前も戻ってきてくれたのか、レネ」

「そうだよ、アンタの力になろうと帰って来てやったんだから光栄に思えよな」


偉そうにそう言ったレネ。

街にいた時は“面白そうだから”と言っていたように思うが。

調子が良いというか、何処までも恩着せがましいというか。

ライヒアルトは笑ってありがとう、と答えた。

たぶん、ライヒアルトはレネの事も理解しているのだろう。

兎にも角にも、ライヒアルトの二人の騎士が元の主の下に帰って来て、エルヴィンはようやく一連の出来事が良い方向に終わったと、心の中でため息を吐いた。



ヴィルフリートとレネは警戒にあたると部屋の外へ出て行き、部屋にはウルリヒとエルヴィン、ライヒアルトだけが残された。

エルヴィンはライヒアルトに聞かれるままに街の事を報告した。

アーヘンバッハが街に残った旨を伝えると、ライヒアルトは軽く頷いた。


「そうか。なら、あの街はもう安心だな」

「はい、そう思います」

「よくやってくれた、エルヴィン」

「いえ、俺はほとんどなにも…」


ヘンゼルの助言や、ヴィルフリートの助けが無かったらあそこまで行けなかっただろう。

だが失敗せずに出来た事は自分でもよくやったと思う。

しかし褒められたにどうして素直に喜べないのか自分にもよくわからない。


「エルヴィン、ウルリヒ」


ライヒアルトが声音を突然変えて、交互にエルヴィンとウルリヒの目を見た。


「君達は月を解放するのか?」


ロマンと同じ質問をしてきたライヒアルトにエルヴィンはどきり、とした。


「…月を…」


解放するのか?

もし月を解放すれば神聖の力は元に戻って、ライヒアルトやマリアンネ、クンツェルの村のヨナタン達大勢の人々の聖痕病を治して命を救う事ができる。

だが、増長した神聖らが人に牙を向ければ、計り知れない脅威となるのだ。

月を解放しなければ神聖は今の力のまま、いずれその力も消えてなくなるのかもしれない。

だが神聖の力を抑えられるという事は逆に言えば、聖痕病患者は今以上に力を増して増え続けるかもしれないのだ。

そしてそれを治せる神聖もいなくなる。


「…俺は、わかりません。でも…方法は…知って、おきたいです」


エルヴィンはそれだけ小さい声で言った。

方法を知って、その先にエルヴィンの選択を決定づける何かがあるかもしれない。

もしもエルヴィンがウルリヒ達の言う様に、月の解放を運命付けられているのなら…。


「そうか。確かに、その方法を知っておく事はいずれにせよ重要かもしれないな。月の解放の方法を知る事が出来るという事は、もしかすると封印する方法も解るかもしれない」


ライヒアルトが冷静にそう言った。

それは考えた事が無かった。

月を封印するなんて途方も無い事、古の神聖族にしか出来ないと思っていたからだ。

エルヴィンの表情を見たのか、ライヒアルトが少し困ったように微笑んだ。


「もちろん出来るかどうかは別の話だ」

「で、ですよね…」


ライヒアルトは今度はウルリヒを見た。


「ウルリヒ、君はどう思う?」

「わたしは…全部エルヴィンがやりたい通りにしたいです。わたしが月を解放するんじゃなくて、エルヴィンがするんです」


いやにキッパリとウルリヒはそう言った。

それは彼が信じる“預言”のせいであろか。


「そうか。君達の事はわかった。私も月については引き続き調べてみる。三人目の預言の執行者の事も」

「はい」


とにかく戦力にならない自分が今出来る事は、自分自身の事しかない。

月の事を調べる事が何かの手がかりになるかもしれないなら、そうするしかない。

エルヴィンは、引き続き月を解放する為の方法探す為に前に進むと決意を刻んだ。



次に動きがあったのは、それから数日後の事だった。

血相を変えたロマンが、エルヴィンの部屋の扉を乱暴に開けて入って来たのだ。


「な、んだよ」

「え、エド…エドヴァルドがアルミーンに来るって…!」


息を切らせながら、ロマンは口早にそう言った。

エルヴィンは一瞬で状況を理解して、表情を変えた。


「何の為に?」

「こ、交渉のためだって…多分、ライヒアルトさんじゃなくって…自分達につけって…来るのは…三日後」

「三日後…」


ロマンは一度大きく息を吸って、そしてゆっくり吐いた。


「それでね、エドヴァルドは交渉の相手に、グレーティアを指名してきたの」

「な、なんで…?」

「わ、わからない…けど、グレーティアはそれを了承したの。一人だけ同席を許すっていうから、ヘンゼルが付き添うって…」

「何を企んでるんだ…」


本当にエドヴァルドは自分を動揺させるのが上手い。

何度も何度も。

それでもエルヴィンは立ち向かわなければならないと思った。


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