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月と魔術師と預言者と  作者: カザ縁
9.約束の街
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約束の街 8

人知れず裏路地に入り、人目から遠ざかっていくヴィルフリートをエルヴィンとウルリヒは追いかけた。

最初はエルヴィンが前を走っていたはずなのに、いつの間にか目の前をウルリヒが走っていた。

ヴィルフリートの走る速度も、ウルリヒの走る速度も、エルヴィンにはとても早く感じる。

息を切らしながらなんとか足を前に動かすが、どんどんと距離を離されているような気がした。

そろそろ心臓が爆発するんじゃないかと思った頃、ようやく目の前のウルリヒの足が止まった。


「ヴィルフリートさん、止まったみたい」


汗で顔にはりつく髪を払いながら、エルヴィンはようやく前を見た。

走った距離から考えて中心部からはやや外れているだろう。

入り組んだ住宅街の中にいるようだった。

一軒家の陰から覗き見ると、ヴィルフリートが道の真ん中に立っていた。

どうしようか迷ったが、エルヴィン達は家の陰から出てヴィルフリートに近寄った。


「ヴィルフリートさん」

「君たち、ついてきたのか」


いつも機嫌が悪そうではあるが、特に怒っている様子ではなかったので安心した。


「どうかしたんですか?」

「ケリをつけにきた」


言いながらヴィルフリートが見つめる方向を見ると、細い路地の向こうから誰かやって来た。

エルヴィン達がそうしていたように、頭から目深にフードを被った小太りの男がふらふらとやって来た。

その背後には従者らしき人が二人いる。

ヴィルフリートが近寄ると、男はハッとしたように足を止めた。


「な、なぜ此処に…!」

「人目を避けて逃げるには道が限られている。そこに見張りを配置して

いれば逃げ道は絞られる。それだけの事だ」


ヴィルフリートもこの街の出身者であり、その地理は知り尽くしている。

付き従っていた二人が小太りの男を守るように進み出た。


「ヴィルフリートさん、この人たちは…」

「この街の現領主だ。街の支配権を王国に返してもらおうか」


ヴィルフリートがすごむと、小太りの男は焦ったように従者の背後に隠れて喚いた。


「こ、この街の権利は神聖教に奪われたのだ!私はなにも悪くない」


どうやら神聖教の負けを見て、王国にすり寄ろうとしているようである。

ヴィルフリートは一瞬目を眇めた。


「アルミーンに逃亡して他の貴族に取り入りつもりでしたか?残念ですがそうはさせません」

「な、なにを言っている…!」

「貴方が王国を裏切り、神聖教に此の街を売った事は明白だと言っておるのです」

「な、なにを…」


ヴィルフリートは冷静に領主を見下してから、静かに口を開いた。


「貴方が教会の誰に何時幾ら金品を渡し、貴方とどのような約定を交わしたか、ひとつも違わずにすべて証明する事ができるでしょう」

「な、なんだと…でたらめを言うな!」

「でたらめなものですか。私が神聖教でどのような立場だったか貴方はおわかりのはずだ」


神聖教では神聖君子の側近、数々の情報が入る騎士隊長の一人の立場に居た。

そういえば、教会でのエルヴィンやヘンゼルの行動をヴィルフリートに咎められた事があった事を思い出した。


「証明をとるのは簡単でしょう。彼らは私に数々の弱みを握られていますから」

「な、なんだと…」


領主は前かがみになって情けない声を出した。

しばらく考えるように目線をさまよわせて狼狽していたが、思いついたように突然顔を上げた。


「そ、そうだ。ならば私につかないか?こんな野蛮な街や野蛮な者を守ってどうなると言うのだ」

「野蛮ですか」

「こんな暴力的で知性に乏しい奴らより私の下につけば得をするぞ。特にあのレネという騎士…暴力的で凶暴だ。奴に一泡吹かせたくはないか?」


領主が引きつったような笑みで必死そうにまくし立てた。

ヴィルフリートとレネの仲の悪さは、おそらく一部では有名なのだろう。

ヴィルフリートは表情を変えずに、音もさせずに進み出た。

従者二人は迷うように顔をあわせたが、ヴィルフリートが目の前で立ち止まったので、一瞬だけ力を抜いた。


その瞬間、ヴィルフリートは領主の襟首を掴みとり、その頬を思い切り拳で弾いた。


血反吐を吐きながら地に伏す領主。

手を払いながらヴィルフリートはそれ冷酷な目て見ていた。


「残念だが私も奴と同じ“野蛮人”なのだ。すぐに手が出るのは悪い癖でな。だが奴以外、拳を受け止められなかったから、我慢していた」


領主はなんとか意識は保っているようだが、自力で起きあがる事はできないのか、従者二人に支えられてなんとか頭を持ち上げた。

何かを話そうとして口を開こうとするが、殴られて腫れた頬がひくひくと動くだけで声にならない音が漏れるだけだった。


「もちろん私とて清廉ではない。数々の汚い事をやって来た事も認めよう。だが貴様のような下衆にこの街を好きにさせる事だけは許さん。神聖教にも王国にも、もはや貴様の逃げ場所はない」


それだけ言うと、ヴィルフリートは領主に背を向けて歩いて行った。

エルヴィンたちも黙ってその後に従う。

ヴィルフリートは一度も領主を振り返る事はなかった。



アーヘンバッハ等の元に戻るというヴィルフリートについてエルヴィン等も歩いた。


「ヴィルフリートさん、あの領主、放っておいても良かったんですか?」

「構わん。どうせこの街からは逃げられん」


ヴィルフリートはそう言いながら少しだけ口元に笑みを浮かべていて、エルヴィンは少し驚いた。

ヴィルフリートがいきなり人を殴った事にも驚いたが、どうやらそれで彼のケリはついたようである。

なんだかエルヴィンも胸のすく様な想いをしたし、それで納得することにした。


「どうして二人は一緒だったの?」


会話の隙を見て問いかけたのはウルリヒだった。

ずっと疑問に思っていたのか、間髪入れないその台詞にエルヴィンは少し笑った。


「ああ…俺をアルミーンからこの街に送ってもらったんだ」


街の場所は知らなかったし、エルヴィンが単身乗り込むには危険な場所だった。

どうしたものかと思案しているところにヴィルフリートが現れたのだ。


「じゃあヴィルフリートさんはずっとアルミーンに居たの?」


ウルリヒの問いに、ヴィルフリートは僅かに首を振った。


「いや、私はあちこちに行ってな…」

「あちこち?」


何故かくぐもった妙な声を出して唸るヴィルフリート。

見慣れない態度で少しおもしろい。


「アルミーンの貴族をその…叱咤したり、各地に散った神聖に連絡を入れたりだ」


ウルリヒは首を傾げていたが、エルヴィンにはどういう意味かわかってしまった。

先ほどの領主との話から鑑みるに、ヴィルフリートが弱みを握る貴族や神聖を脅した、というところだろう。

エルヴィンの視線に気づいてか、ヴィルフリートは一度咳をした。


「ただ動きを止めて頂くようお願いしただけだ。それにライヒアルト様に賛同する神聖達が多く集まってるのは事実だ」

「それはわかっています」

「あとは今回の行軍に参加した騎士の中にも我らの味方が混じっていてな。呼びかけに応えて寝返るよう段取りをしていた」

「なるほど」


だからあんなにアッサリと寝返ったのか。

そもそも神聖教を恐れていた騎士が多かったせいだろうが。

もしかするとその不安を煽ること自体が、紛れ込んだ味方の行いなのかもしれない。

つまり今回の作戦の根回しをヴィルフリートは単独行っていたという事だ。


「どうりでヴィルフリートさん、見つからなかったわけですね。アーヘンバッハさんが心配してました」

「うむ…それについては申し訳なかった」


ヴィルフリートはうなだれたか、よく一人でここまでやったものだとエルヴィンは関心していた。

信頼を集めていた元騎士だからこそ出来ることだろう。


「じゃあエルヴィンはなにをしていたの?」


ウルリヒがこちらを振り返り、いつもの純粋な問いを持つ瞳で見つめてくる。

エルヴィンは流したままの髪を払ってため息をついた。


「みんなに話すよ。その為に俺は来たんだから」


エルヴィンは髪留めを取り出して、長い黒髪をひとつに纏めて結い上げた。

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