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月と魔術師と預言者と  作者: カザ縁
2.出会いと別れと再会と
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紅い花

「殲滅」


声が聞こえたと思ったら既に紅いマントは三人とも消えていた。

状況がわからずに呆然と立っていた。


「危ない!」


ウルリヒがいつの間にか目の前にいる。

かと思うと、ウルリヒの目の前に紅いマントがあった。

よく見れば横笛で支えていたのは紅いつるぎである。

エルヴィンの頭上から降るように下ろされた刃をウルリヒが庇うように防いでいた。

それは実はとても至近距離で一瞬の出来事であったことにエルヴィンは気づいて鳥肌が立った。


「うわぁ!」


倒れそうになるエルヴィンの腕を強い力が引っ張った。


「逃げますよ」


引っ張ったのはアヒムであった。

そのおかげでなんとか倒れずにすんだが未だに心臓の動きはフルスピードである。

全身の冷えを感じながらエルヴィンはもたもたと逃げ出した。

ウルリヒも後を追う。


「偉大なる我等が父よ…」


アヒムは呟きながら指で空を切る。

すると鳥という鳥が空から降ってきて走ってきた道を覆うように塞いでいった。



身体が動く限り必死で逃げ惑うエルヴィン。

鳥の声が聞こえなくなるまで走り続る。

そのまま町の中心まで走った。


「はぁっは…うっ…うぅ…」

「はぁひぃ、ふぅ…。怪我はありませんか?二人とも」


体中から汗が噴出し鳴り止まない心臓と激しい息づかいで精一杯だった。

少し落ち着いてからウルリヒを見れば息一つ乱さず走ってきた道を見ていた。


「…今のは」

「いや、予想外でした…まさか君達にまで手を出してくるとは。申し訳ない」

「わたしは大丈夫です。エルヴィンは死にそうだけど」


本当にな、とエルヴィンは思った。

さっきの事を思い出すと恐ろしいが疲労具合が凄まじかったのでそれどころではない。


「なんで、…司祭が…命、狙われるんだよ」

「なんででしょうね」


この後に及んでまだはぐらかそうとするアヒムに腹が立った。

エルヴィンは息が整うのを待ってからアヒムに詰め寄った。


「誤魔化すなっ…」

「いやいや、僕、本当に命狙われるいわれないです」


知ったような口調で話していたではないか。

睨むとアヒムは苦笑いで目を背けた。怪しすぎる。


「それを知ったらもっと危険な目にあっちゃうかも」

「もう充分危険な目にあった。なんで俺らまで狙われなきゃなんねーんだ」

「口止めって奴じゃないですかね…姿を見られたからには、みたいな」


理不尽すぎる。勝手に話しておいて。

しかしそんな当然の反論でさえ向こうは聞かず、という感じであった。

紅いマントに紅い花に紅い剣。

嫌でも頭に焼き付いてしまう。


「お詫びに僕が傍にいる限りは簡単に殺させはしませんよ。僕が死んでしまえばその限りではありませんけどね」


物凄く頼りない。

先程はおそらく何らかの魔術で敵を退けたのだろう。

さっきの鳩といいもしかしたら鳥使いなのか。なんだか地味だが。


「大丈夫だよ。エルヴィンにはわたしもついてるじゃないか」

「…お前、今一番頼り甲斐があるように見える」


彼の身体能力の人間離れ具合はかなり役立つな、と思った。


「僕の事は信用してもらってもいいですよ。腐ってもカーディナルですから」

「自分で言うなよ…」


後半の一言がなければ多少は頼もしく見えたものを。

何もしていないのに命を狙われるなんて御免である。

アヒムについていくと神君に会えるかもしれないが、命も狙われるかもしれない。

調子が良い反面嫌なリスクだとエルヴィンは思った。

学園の外の世界は恐ろしい。


「あいつらが何者なのかも教えられないのか?」

「…」


アヒムは何も言わずに微笑んだ。

適当にはぐらかすような事ばかり言っていたのに突然の無言。

恐らく一番言いたくないのはそこなのだろうと思った。

紅くても教会の紋を背負った者達。

知られざる教会の側面の人間なのだろう。


「…ひとつだけ教えてあげましょう」

「え?」

「彼らが赤を纏う理由のひとつ…教会の為ならばその命をも惜しまないという覚悟の表れなのですよ」


それは教会のために命を賭けるような者達であるとアヒムは言っているようだった。



「ちょっと変だよな…」


宿屋に戻ってアヒムがいないところでエルヴィンは呟いた。


「なにが?」


一人で考えているだけでただの呟きだったのだがウルリヒが拾った。

まだ考えをまとめきれていなかったのでなんと言おうか少し考えてから話し出した。


「…紅い奴らのことだよ。だってさあ、教会のために命はってるのに…有無を言わさず攻撃してきたぜ?」

「うん」

「神聖教っつーのは“攻撃を禁じる”教会だぞ。なのになんだよ、あいつら」


神聖教では誰かを攻撃する事は絶対に禁じられている。

なのに堂々と教会の紋章を背負って現れた男達は有無を言わさず殺そうとした。


「…あのオッサンの密命といい、紅い連中といい、怪しすぎるな神聖教会」

「エルヴィンがそんなこと言っちゃっていいの?」

「別に俺は…」


神聖教の信者ではない。

神聖学園は教会管理の学園ではあるがエルヴィンにとってはそこまで大事なものではなかった。

魔術が使えればもう少し違ったのかもしれないが、異能の力が薄れた今となっては権威も薄い。

卒業生は聖職者にならずとも教会のために働くのが普通だが、異能の使えないエルヴィンには関係の無い話だった。


「…教会のために命をはって戦うっていうのがそもそもおかしいんだよ。民衆が教会を信用する理由は異能による“守護”と絶対に人を傷つけないという“誓い”によるものだ。

それなのにあいつ等は平気で俺ら一般人にも手を出そうとするし…そんなの教会のためになるか?」

「うーん…難しい事はわからないけど…わたし達三人がただ死んでいただけなら誰も気づかなかっただろうね」


それは“民衆の前でなら殺されなかった”という事か。

誰にも気づかれずに殺されていれば誰が殺したのかわからない。

だからこそアヒムは街中に逃げた。


誰も気づかずに人を傷つける事を教会は容認している。

大きな教団で政治にも関わる以上綺麗事だけでは出来ない事はわかっているつもりだ。

しかしエルヴィンはそれでも納得できない。


「そういえばさ…攻撃を禁じている割には学校で神子が攻撃してきたよね」

「あー…そういえばそうだったな…今考えると相当駄目だな」


それってどうなのだろう。

魔術の実地授業には参加していなかったエルヴィンはそのへんの事情には疎い。

そもそも魔術で人を攻撃する事はありえない、と教わったような気がする。


「禁忌なのですよ」


突然背後から声がしてエルヴィンはひどく驚いた。

笑顔で後ろに立っていたのはアヒム。


「聞いてたのかよ」

「神子に攻撃ってあたりからね。その子はわざわざ人前で禁忌を犯しちゃうなんて駄目だな…これも教会の力が衰えちゃったせいかな」


普通に会話にまじるアヒム。

言いたいことがたくさんありすぎて頭の中で整理するのにやや時間がかかってしまった。


「禁忌ってどういう事だよ」

「君は使えないから知らないのでしょうが、人によっては他人を傷つけるような魔術を使う事もできます。しかしそれを使う事は教会の教えに反してしまうので当然ですが禁止されています。使い方も教える事はないはずです。しかしまぁ自分で勝手に覚えちゃうかしてしまったのでしょうね」


“魔術で攻撃する”という事そのものが既にないものだと教わってきた。

おそらく一般人の見解もそこにあるだろう。

だが、本当はそれが可能だという事がわかってしまえば…。

アヒムは少し笑いながら答えた。


「一般の方には怖い事ですし、間違えば戦争の道具にされてしまうでしょうね。それを避けるための教えですからね。ですからこの事は黙っておいてください。

そうしないと本当に大変なことになっちゃいますから」

「でも…あれは…抗魔力があるだろう。俺は神子の攻撃受けたけど、抗魔力って奴のおかげで助かったんだぞ」


確かウルリヒはそう言っていた。

学長もその存在を知っていたようである。

その力の事は教えられないのだろうか。

アヒムはいつもの苦笑いを浮かべた。

なんとなくわかったのだが、彼がこの笑いを浮かべるときは“教会にとって不都合”な時だろう。


「“仮にも”あってはならないのです。魔術で攻撃など。抗魔力というのは魔術での攻撃に対する魔力です。だから教えてはならないのですよ」

「わたしの村では普通に教えてくれた事だよ。教会とは関係がないからかな」


ウルリヒが補足するように言うとアヒムが同意した。


「そうでしょう。抗魔力というのは完全な力ではありません。あれは魔力と魔力の相殺によっておこる現象です」

「魔力をぶつけると対象の魔力が反応して対抗するようになるって事か?」

「その通りです。攻撃魔力の方が高ければ相殺しきれずに対象を傷つけてしまいます。君は随分と大きな魔力を持っているようですから大体の魔力は相殺が可能でしょう」


エルヴィンは考える。

小さな力しか持たない魔術師が大勢いたとしても、ひとりの大きな魔力を持つ魔術師には適わない。

逆もまた然り…だがそれが何人もいて戦争がひどくなれば…考えたくも無い。


「まぁそういうわけでこういった事実はあまり言いふらさないでくださいね」

「言いふらした本人が言うかよ…」


アヒムはそれを笑って誤魔化そうとした。


どうも教会というものは、裏に何かと色々ありそうである。

元々戦争が原因で作られた教えだ。

だが、神聖の力こそは使われないものの戦争は教会が出来てからも何度か起きている。

エルヴィン達の国だって過去は何度か戦もしてきている。

その時に…本当に神聖の力が使われなかったという保証があるのだろうか?


本当に教えは守られてきているのか?


嫌な疑念を抱きながらエルヴィンは枕に顔を預けた。




ごめんね、ごめんね。


君の事、嫌いになったわけじゃないんだ。


誰よりも、誰よりも、信じていた君だから。

だから心安らぐ思いだった。


だけど、気づいてあげられなかったから。


だから、


だから、


僕が傷ついてもいいんだよ。


だって、


誰よりも友達だった君。


誰よりも選んでくれた君。


ありがとう、僕の事を忘れないでいてくれて。

ありかとう、また僕の事を選んでくれて。


そして、ごめんね。


君を選んであげられない僕を許して。




「変な夢を見た気がする…」

「どんな夢?」


昨日とは違い三人で朝食を食べながらエルヴィンは呟いた。

ウルリヒが興味深げに身を乗り出した。


「あんまり覚えてなけど…昔の友達の誰かが出てきたような」

「友達いたんだ」


随分失礼なことを言われたような気がする。

確かに最近は親しい友達というのはいなかったが。


「…いたよ。お前こそどうなんだよ!」

「む。わたしにだって親友の一人くらいいるさ」


勝ち誇ったように言われた。

腹が立ったのでウルリヒの皿からパンを取って食べてやった。

一瞬泣きそうな声を出したウルリヒであったが聞こえないふりをして食べ続けた。


「朝から元気がいいねぇ。今日はフォルトゥナートに帰ろうと思っているのですが…」


アヒムがいつもよりローテンポで喋り始めた。

顔は相変わらず笑顔だが動作がのんびりで眠そうな声である。


「もしかしてまた船ですか…」


ウルリヒは思い出しただけでも気持ち悪いようで顔を青くしている。


そして…。

船に乗ってしばらくすると、ウルリヒは甲板の影に丸まって膝に頭を預け押し黙ってしまった。

前にも見た光景だったが見ている分には結構面白い光景である。


「大丈夫か?」

「あんまり」


青白い顔をもたもたと持ち上げて力なく呟いた。

これ以上話し掛けるのは流石に酷な気がしたのでエルヴィンは立ち去ることにした。


「俺ちょっとオッサン探してくるから。お前一人でもだいじょうぶか?」

「う、ん…」


肯定の言葉なのかもうそれしか話せないのか…わからなかったがとりあえずその場を後にした。

船内を歩いて探すとアヒムはすぐに見つかった。

話しかけようと近寄ると既に誰かと話をしているようであった。

相手は白いフードを被った行商人のようである。

何かをアヒムに勧めているようだった。


「これは凄い魔力を宿した鉱石なんですよ。魔石です!」

「珍しいなぁ。魔石研究は進んでないから持ち帰ったら喜んでくれるかなぁ~」


うっかり買ってしまいそうな勢い。

エルヴィンは危機感を覚えた。


「お金になんて替えられる代物じゃないですけど…ここは金貨5…いや3枚で手を打ちましょう」


思わず暴言を大声で吐きかけた。

あまりお金を使った事のないエルヴィンでもアホみたいな値段である事は理解できる。

大体そんな大金を持ち歩いてる奴なんているのか。


「お安い!買った!」


言いながらアヒムは財布から金貨3枚を取り出した。

いたよ、ここに、バカが、とエルヴィンは頭を抱えたい気分になった。

自分の金銭感覚がズレてるだけか…いやいやそんなことはない。


「待てよオッサン」

「おや。ウルリヒ君はどうしたのですか?」

「あいつは甲板。そんなことよりそんなもの買って大丈夫なのか?」


手には既に持っている紫色に輝く石。

不思議な色合いでエルヴィンが学長から預かった石に似ていた。


が、既に行商人の姿はなかった。

お金も持っていかれた。


「大丈夫ですよ。本物です。値段も妥当でしょう」

「わかるのか?」

「はい。まず魔石の特徴である暗い色合い、丸く傷もないという点からもわかります。それに…不思議な輝きをしているでしょう?」


丸くて傷が一切ない綺麗な表面なのにも関わらずキラキラと輝いている。

エルヴィン達の石も似たような感じなのでもしかすると魔石なのか。


「この輝きというのは神聖にしか見えないのです。それも魔力が高ければ高い程輝いて見えるのだそうです。教会にある魔力測定器はこれを元に造られているのですよ」

「へぇ…そうなのか」

「あの装置も昔の人が造ったものですから原理はよくわかっていません。なので研究材料に丁度良いかと」


見た目がかなり怪しかったから絶対危ないと思ったエルヴィンだったが、そこまで考えて買っていたならば平気だろう。

だが当初の危機感が当たっていたとわかるのはもう少し後の事だった。


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