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月と魔術師と預言者と  作者: カザ縁
1.魔術の使えない魔術師と、自称預言者
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偽神子と闖入者 1

雲間に覗く幾億の星。

夜道を照らす輝きの空。


「ラ、ラ、」


梢が揺らす向こう側に消える歌声は軽やかに…。


神聖学園都市に来てからどのくらいの時がたったのだろうか。

エルヴィンはふ、と目をカレンダーに向けてから溜息をついた。

日が経つにつれて息をするのが辛くなる。

自分の何倍もある広くて大きいベッドの毎日綺麗にされるシーツのうえに寝転がった。

天蓋がついていて高そうな仕様のベッドは広い広い部屋の片隅に置かれている。

絨毯が敷き詰められた部屋にはそれと机と本棚しかない。

何不自由ない暮らしというものが約束されている証だった。


「あー…暇…」


不自由が無い、という事は大方やらなければならないことがほとんど無いという事だった。

外はきらきらと光るくらいに天気の良い空。

大きな窓から見下ろす町並みは均一でとても広い。

綺麗な空気と高く青い空、緑の植物に低く荘厳な建物が綺麗に並んでいる。

永遠の聖地と称される不可侵の土地は神聖の集まる場所。


この神聖学園都市での神聖族の血を受け継ぐ子供…神子は神に等しい存在だった。


「神子様、教授がお呼びでございます」


ノック二回で部屋に入ってきたのは奉仕係。

小さい頃から何度も何度も顔を合わせてきた幼馴染のような存在のはずなのに、いつも喋るのは自分だけ。

エルヴィンは神子だったから教育係の者は用件以外話してはいけない事になっている。

エルヴィン付きの奉仕係…ユーリエは眉ひとつ動かないくらい表情のない女だった。

小さい頃から一方的な愚痴の吐き口にさせてもらっていたが最近ではそれも空しく感じるようになったのでやめた。


「…わかった」

「では、失礼します」


一応こちらは目で挨拶をしようとするが、ユーリエは視線さえもあわせようとしなかった。

心の中に蟠るものを押し留めながら長くて広い廊下を歩き出した。

学園の教授がいるのは寮から離れた場所にある。

この寮塔は無駄に広い挙句に他の建物から離れている。

歩く間に他の生徒…神子とすれ違う。

そのたびに視線が突き刺さるのにはもう慣れてしまった。


神子とは…神聖の子の略称である。

神聖は神聖族といわれる種族の血を引き力を発現させることの出来る者の事だった。

その神聖を保護、育成するのがこの神聖学園都市。

エルヴィンもその一人であった。


しばらく歩き続けていると、やっと教員塔にたどり着いた。

教師の中で神聖は半分、普通の人は半分ほどである。

その中で今回エルヴィンを呼んだのは人間の方の教授だった。

いつもエルヴィンを呼ぶのはこの人だったのでいつも通りの道を歩く。

その教授というのは…一応エルヴィンの担任という中高年のいつも焦っているような男だった。

ノック2回で返事の後にいつものように教授の部屋に入り込んだ。


「エルヴィンきましたー」

「お、あ、え、エルヴィン君…」


ゆったりと椅子に座っていた半分白髪の男が慌てて立ち上がった。

普通の人間であれば、神子に対してそれなりの礼節をとるのが常識なのだが教師は例外であった。

しかしこの教師だけはいつでもオドオドしている。


「…どうだね…調子は」

「いつもと変わりませんが」

「そ、そうか…魔法が使えそうな感じはしないか」

「してたら先生に真っ先に報告しますから」


教師は目線をキョロキョロと忙しなく動かすが、決してエルヴィンと合うことはない。

それを知っていてわざと教師の方を見つめた。


「…先生こそなんかありましたか?」

「ん?い、いや…すまない…何もわからなかったよ…何故君が魔術を使えないかも。君はれっきとした血の証明もしているし…何せあのヴェンデルベルトの系譜なのだ…使えないはずない…」

「ですよねぇ…」


なにやらぶつぶつ悩み始めた教師。

おどおどしているが悪い人ではない…。

ただその態度があまりにもの鬱陶しいのでついつい加虐心が…それはともかく。


「…それはまぁおいといて。俺、いつまで此処…神聖学園にいられるんスか」

「う…あ、そ、その話はあ…」

「…その様子からして…この件に関して何かあったんですね…」

「き、君が悪いわけじゃないんだ…!し、しかしいくら血の証明があって膨大な魔力を持っているにしても…魔術も使えない、預言も出来ない神聖など…」


居てはならないのだろう。

神聖族の神聖たる所以はその異能にある。

そして神聖は血の証によって証明を受け、潜在する魔力をも計測することができる。

もちろん例に漏れずエルヴィンもその証明を受けているからこそこの学園の神子として居る。

だが、エルヴィンはただのひとつも魔術を使う事が出来なかった。


「君の適正は魔術…しかしどの魔術も使えないなんて神子ははじめてた…」


神聖にも個性があり、人により使える魔術は違う。

だが魔力を持つ者なら必ずどこかに適正を見つけることが出来る。

しかしエルヴィンにはそれがなかった。


「何もないんだから仕方ないですよねぇ…」

「あ、あぁ…そうだ…何か新しい魔術を生み出してくれるのなら話は別なのだが…」

「でも17になっても発現しない奴はいないんですよね…」


つまりエルヴィンはこの学園にとって異端者なのであった。


「い、ますぐ出て行けというわけじゃない…」

「まあ、俺もこのまま神子で居続けるのも悪い気しますから」

「うう…すまない…」


部屋を出てまた元来た道を戻った。

石造りの冷たい廊下の空気が揺れる。

ずっと昔から感じていた疎外感。

普通の人間として暮らしていく決意は既に出来ていた。

その日が近づいている、それだけの事。

今まで神様扱いだった自分に果たしてうまく人として生きていけるのかはわからないが。

戻ってくると部屋の前にユーリエがいた。

なんとなく久しぶりに愚痴りたい気分になった。


「お前ともそろそろお別れみたいだ。役立たずの神聖はただの人と同じだって」


その時一瞬だけユーリエと目があった気がした。


もう既に去ることが決まっている学園生活ほど退屈なものはなかった。

勉強以外することがなかった生活でおかげさまで成績は常に一番。

昔いたはずの友人達はいつの間にかいなくなっていた。

それはエルヴィンが異端の目で見始められた時以来。

もう昔のことすぎて、誰が自分と仲が良かったのかも忘れてしまった。

エルヴィンが座る席の周りはいつも空席だった。

それでもここ以外、本当は寄る辺などない。

両親は誰かも知らされていない。

神聖ではないのだからもしかしたら聞けば教えてくれるかもしれない。

出て行く事になったらあの教師にでも聞いてみよう…そう思って、いつものように目を閉じたのだった。


「…歌?」


歌が聞こえたような気がした。

半分意識は閉じていたせいで夢の中の話かと思ったが、目を覚ましてみるとやはりはっきりと耳に届いていたように思う。

しかし完全に覚醒した時にはすでに教室には生徒の僅かな話し声とペンを走らせる音など、勉強の音しかなかった。

ふ、と窓の外を見てみる。

しかしここは2階で回りにあるのは梢を揺らす緑の木々ばかりである。

教室内で誰か歌っていたらわかるはずだ。


「…夢なのか…」


夢と現の境いがわからなくなるなんて、我ながら情けない。

勉強する気もなかったので、また眠りに付くことにした。


授業終了のベルがかき鳴らされてようやく目を覚ます。

午後からの授業は魔術の訓練だが魔術の使えないエルヴィンがすることは幼児の行うイメージトレーニングと同じである。

見限れた今となってはそれもする意味が無いので暇な1日は更に長くなる。

高い天井から麗らかな日差しが惜しみなく降り注ぐ廊下を歩いていて、さっきの歌のことを思い出す。

いや、むしろ頭について忘れられない。

曲はよく覚えていないが、もう一度聞けばすぐにわかるだろう。


「…」


なんとなく気になって教室の外側にあたる場所まで行く事にした。

緑と季節の色とりどりの花が咲く中庭に赴くと、すでに人はほとんどいなかった。

昼食のために食堂か自室にいるのだろう。

焦る必要の無いエルヴィンは散歩ついでに中庭をうろつきつつ目的の場所まで歩いた。

居づらいとはいえ幼い頃から住んで来た場所、愛着が無い訳がない。

だが少し寂しいと思う反面、早くここから出たほうが良いのではと思った。


「…さ、て。このへんかな…」


先ほど受講していた教室の位置を思い出しながら校舎に近寄った。

ここは特に大きくて樹齢の高い木々が植えられている。

今は爽やかな空気と麗らかな日差しに照らされた若葉がさらさらと風の行く道を示す。

気持ちの良い風に揺らされて軽やかに踊る葉。

あまりにも気持ちのよい気候でガラにも無く穏やかな気分になる。


「…… … 」


「え?」


風がふく。

風に乗り穏やかな声音が確かに耳まで届いた。


「…歌が、」


きこえる。


そしてまた風が歌う。


「…!」


高い木の、梢の向こう側。


「… … …」


太陽の光を背にする人影。

そして声が届く。


「…君だったのか」


聞きなれない声。


姿が見えない。


「だ、だれだ…」


ヒトガタはゆっくり木の上で立ち上がったかと思うと…そのまま飛んだ。


「えっ…ちょっ…」


高さにして3、4階くらい。

人が飛び降りれば…投身自殺。

しかも自分に向かってきている…。


「おわーー!」


エルヴィンはかなり必死に避けた。

思わず頭を抱えてしゃがみこんでしまった。

しかし…思ったよりハードな激突音は聞こえこなかった。

おそるおそる…落下地点に目をやってみると。


「…あれ?」

「どうしたの?」


目の前に立ちふさがったのは…思ったより小柄で…年齢は同じくらいか下くらいの…少年であった。

あんな上から降ってきて無事とは…まさか魔術師か。


「なんだ…ビックリさせるなよ、もぅ…」

「どうしたの?具合悪いの?」


エルヴィンは腰が砕けたままだった。

なんとかかんとか立ち上がって手を振る。


「平気だよ…気にするな。それよりアンタこんなとこに居ていいのか?」

「…!そう!そうだった!じゃあ行こう!」


なんとも突拍子も無いというか。

やけに明るい見るからに純粋そうな田舎者っぽい少年だった。

生徒がこんなところで遊んでいていいのか、そういう意味でエルヴィンは言ったのだが、何を思ったか少年はエルヴィンの腕を掴んだ。

そしてそのまま物凄い力で引っ張った。


「どうっ!!」

「早く行かないと!」


それが身体に似合わない程過激で暴力的なパワーだったので軽く浮いたと思った。

おまけに少年の足はバカみたいに速く、エルヴィンは思い切り足を絡ませて転んだ。


「だっ!」

「おっと…!だいじょうぶ?」



全然大丈夫ではない。

派手に顔面から地面とゴツンコしてしまった。

痛くてもう何も叫びすら出来ない、ただ涙を滲ませながら顔面を押さえるのみだ。


「ご、ごめん。つい…嬉しくて」

「何がだ!俺はちゃんとした魔術師じゃないから行かなくていいんだよ!」


多分、次の授業に。

訓練はエルヴィンには必要なかった。

自分で口に出してみれば切ない気もしたが今は顔面の痛みでそれどころではない。

少年は怪訝そうな顔をした。


「あれ?君は魔術師じゃないの?」

「…い、一応魔術師…だけど…俺は魔術が…」


使えない、という事が恥ずかしくて言えなかった。

言葉を詰まらせるエルヴィンに少年は首をかしげた。


「魔術師なんでしょ?」

「…いちおう」

「問題なし。さぁ行くよ」

「いかねえよ!どこ連れてくつもりだよ」


少年はキョトンとしたようにつぶらな瞳をこちらに向けた。


「もちろん月を解放しに」


「…は?」


彼の言っている事が異常であることはどの側面から見ても間違いなかった。

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