秋(下)
次の日、香住に沙耶との一件を話して聞かせた。二人の間のことを人に聞かせるなどいささか無神経にも思えたが、香住に何かあっただろうと半ば断言するように問われれば、答えないわけにはいかなかった。
「その人の好きは本物の好きなんだね」
香住は、なんだか少し嬉しそうだった。私が首を傾げているのを見ると、香住はふふっと笑って言った。
「好きってね、そういうものだと思うの。自分だけを見てほしい、たとえそれが好意でも悪意でも、その人の意識が他の人に向くのが我慢できない。そういうもの」
歌うように語る香住。そんな強い感情を抱いたことがない私にはあまり共感できなかったが、昨日の沙耶を思い出して、そういうのもあるのだろうとなんとなく納得した。
「そういうものか」
「そういうものなの。だから、先生はすごく好かれるんだよ。モテたでしょ」
「まあ、それなりに。でもそれとこれと関係が?」
「先生はさ、何にも興味ないから。だから、きっと自分を好きになってくれたら、自分以外のものに興味が行くことは無いって安心できる。馬鹿みたいよねー、何にも興味ないんだから、「誰か」にだって興味湧くわけないのに」
自分のことを他人に断言され、私はなんだか複雑な気持ちになったが、それを否定する必要もなかったので黙って香住が話すのを聞いていた。
「私も先生のこと好きだよ。でもそれは先生の彼女とは違う理由」
「なんだい?」
いつの間にか、いつもの窓際から来客用の椅子に座る私の目の前に移動してきていた香住は、そっと私の頬に、自分の手を添えた。指先はひんやりと冷たく気持ちよかった。
「先生が、誰のものにもならないから。私はそれでいいの。私が嫌なのは、私が好きな人が、私以外の誰かのものになることだから」
ああ、と私は納得した。香住が、どうして実の親の虐待を受け入れ続けたのか。育ての親を殺したのか。それはすべて、相手が自分から離れていかないようにするため。納得すると同時に、哀しいと思った。そんなことでしか、相手を繋ぎ止められないことにではない。そんなやり方しか、相手を繋ぎ止める方法を知らないことが。
「私は、昔から何かに執着するということを知らない。なんでそうなのか、自分でもわからない。けど、香住に会って、初めて何かに興味を持つということを知ったよ。皮肉だね。君は何にも興味を持たない私を好きなのに、私が初めて興味を持ったのが君だなんて」
私は香住の腰のあたりを引き寄せ、その腹のあたりに顔をうずめた。
「嬉しいけど、残念。私たち、幸せにはなれない世界で生きてるのかもね」
香住の、その言葉が、無意識に頭の中に焼きついた。ただその意味を考えることを、今はしたくなかった。