表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/11

春(下)

 次の日、私は昨日院長と歩いた廊下を一人で歩いていた。香住の病室は、他の病室と少し離れたところにあった。まるで隔離されているようだと思った。そう思って、私は少し可笑しくなった。この病院自体が、世の中から隔離された存在ではないか。そこからさえも隔離される香住という少女に、私は少しばかり興味を持ち始めた。

「おはよう、先生」

部屋に入ると、香住は外に向けていた顔をこちらに向けてにっこりと笑った。私も薄く笑みを返し、香住に近づいた。

「調子はどう?」

すると、香住は昨日とは違い幸せそうに頷いた。

「今日はとってもいいの。だって、また先生に会えたから」

そういって今度は照れたような笑みを浮かべる香住は、どこにでもいそうな普通の女の子に見えた。

「これからは毎日会いに来るよ。私は君の主治医だから」

そう言うと、香住は少し笑みを引いて、窓から離れてベッドに腰掛けた。香住はベッドの横にある引き出しを開けて、中から一枚の写真を取り出した。突然の行動に私は少し驚いて、無言でその様子を見つめていると、香住はそれを私に差し出した。見ると、写真には夫婦と思わしき中年の男女と、その二人に挟まれて立っている少女の三人が写っていた。今より少し幼いが、その少女は香住だった。

「その二人だよ、私が殺した人たち」

香住の言葉で、私は院長の話を思い出した。そういえば、香住が四年前、養父母を殺害した過去を持っているのだった。

「いままでの先生たちは、そのせいで私をまるで触ったら爆発する爆弾みたいに扱って、あんまり優しくしてくれなかった。あんまり好きじゃなかったの。だから心配しなくてもよかったのに。好きでもない人を、殺したりしないのに」

私はもう一度写真を見て、それを彼女に返した。香住は受け取った写真を、大事そうにまた元の場所にしまった。

「その写真に写っている君は、とても幸せそうに見えるけど。どうして、殺したりしたんだい」

私は香住と話すことで、ますます彼女に対する興味が強まるのを感じていた。自分でも驚くことだった。私は何かに対する興味とか、関心といったものが著しく欠如しているのだと、昔誰かが言った。今では自分でもそう思っている。

「二人が、私のこと好きで、私のこと必要としてくれているうちにサヨナラしたかったから。嫌いになってお別れなんて、そんなの嫌でしょう?」

香住は立ち上がって部屋の冷蔵庫を開けた。中からコーヒーの缶を二本取り出すと、一本を私に渡した。手のひらに丁度収まる大きさの小さな缶を軽く握ると、ひんやりとした感触が手のひらから全身に広がる感覚が心地よい。

「ねえ、先生。私のこと頭おかしいと思う?」

香住も同じように缶を手で握ったり、持ち替えたりして遊びながら聞いてきた。私は少し考えて答えた。

「さあ、人の異常さがわかるほど、正常な人間なんているのかな」

香住は私の答えを聞いて、意外にも嬉しそうに笑った。

「きっといないよ。みんな狂ってて、みんな正しいから」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ