そしてまた春(下)
封もされないままの封筒から、中身を取り出す。三つ折りにされた手紙を、私はなにか神聖なものを扱うかのようにそっと開いた。
――拝啓、斉藤敬さま。
先生元気ですか?私は、たぶん元気。
まずはごめんなさい、突然いなくなって。先生、待っててくれるって言ったのに。
でもね、わたしは、先生との約束を破るためにこうしたんじゃないの。
こうするしか、私にはなかったの。
私が、私の世界から出るには。
だって、私が私の世界だから。
だからね、先生。どうか、そっちから祈っていてください。
今度はきっと、私が貴方の世界に行けるように。
先生、大好きよ。
さよなら、またいつか。
敬具
紫藤香住
私はもとの通り便箋を三つに折り、封筒に戻した。
――――ああ、香住。
私は、もう二度と会うことの叶わない少女を想う。しかし、沙耶が死んだ時のような喪失感はない。その理由を私は知っている。香住も、知っていた。
彼女にとって、この世界はなんだったのだろう。存在するべきでない世界に浮かんで、彼女は何を思ったのだろう。だれが彼女を責められよう。死という方法でしか、この世界を旅立てなかったあの子を。
一番近くて、一番遠くにいた彼女。だからこそ私は生きていこうと思う。私は紛れもなくこの苦しい世界の住人で、ここでしか、私は生きて行けないから。ただ、私だけはいつも覚えていよう。幻のような、春に溺れて。