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聖女の帰還

作者: ロク
掲載日:2026/07/15

「オリヴィア・レイバード。お前は聖女候補であり、王太子である俺の婚約者でありながら身分を盾に同じ聖女候補である男爵令嬢、エミリー・ナサニエルに陰湿な嫌がらせを繰り返していた。その聖女候補にあるまじき悪行の数々を王族として許すことはできない。よって今この場をもってしてお前との婚約を破棄する!!」


 貴族学院卒業という名の華々しいパーティーの最中、突如この国の王太子であり、婚約者であるゼイン・ロトハートに堂々と意見を述べられそして主張された。


 その王太子の隣には目を細めて見ようによっては悦を感じている件の令嬢エミリーがオリヴィアを見下ろしている。オリヴィアは姿勢を正し、王太子に向き合った。


「私は何もしていません。証拠はあるのでしょうか? 私がエミリー・ナサニエル嬢に嫌がらせをしていたという物的証拠が」


「白々しい。相変わらず冷たい女だ……」


 ゼインは憎々し気に婚約者を睨みつけながらも証拠となる数々の物証とやらをこの場に提示し始める。


「これは貴様が陰で破ったエミリーの教科書だ。そしてこっちは貴様が切り裂いたドレスと引きちぎった真珠のネックレス、そして……」


「ゼイン様、恐れながら私がやったという証拠にはなりません」


 堂々と返すオリヴィアに辺りがしんと静まり返る。確かに壊された物を提示されても誰がしたかの証明にはならない。


 だが公爵令嬢であり、聖女候補であるオリヴィアがエミリーに嫌がらせを繰り返していたという噂は有名であり、この場にいるほとんどの者が知っていた。


「酷いわオリヴィア様! 私の目の前で全部したことじゃないですか!……きっと私がゼイン様に近いのが悔しくてぇ……っ!」


 王太子に縋ってわざとむせび泣くエミリーにオリヴィアは感心した。よく恥ずかしげもなくあのような演技ができるものだと拍手しそうになる。


 ゼインは縋りつく可愛らしいエミリーに分かりやすく鼻の下を伸ばしながら慰めた。


「可哀想にエミリー。俺は心優しいエミリーこそが聖女に相応しいと思っている。あのような冷たい女が母上のような聖女になれるはずもない」


 聖女とはこの国のシンボルであり、文字通り聖なる力を有し、その力を使える女性の事を指す。


 この国の女性はまず生まれてすぐに聖なる力を有しているか教会に審査をされる。聖力を測る水晶を赤子にかざし、その水晶の光の強さによって聖女候補を割り出すのだ。


 そして候補として選ばれた者は例外なく五つの歳を迎えると教会で暮らさなければならない。


 そして日々、聖力を高める研鑽を積み聖女候補として慈善活動をするのだがそれは能力値によって様々である。


 聖力が高ければ高い程、候補者は危険な場所へ赴きその力を揮うのだ。


 聖女の力とは簡単に説明すれば、人の怪我を治したり完治とまではいかないが病気を治療したり痛みを和らげたりと多岐にわたるが、最大の特徴は瘴気を払うことであった。


 瘴気とはこの世界において未だ解明されていない黒い霧であり、その霧を吸い込むと様々な病気を引き起こし、最悪死に至るものである。


 その恐ろしい瘴気はこの世界の決まった場所に存在しているのだが、稀に人がいる場所に漂うことがあった。


 そしてその瘴気を完全に払うことができる存在が聖女や聖力の強い候補者達であった。


 聖女となれる女性はこの国でたった一人である。


 それがこの国の頂点の隣に立つことになる王妃ただ一人だ。


 この国の王妃はもちろん聖女であり、王太子ゼインの母である。


 そしてオリヴィアは聖女候補の中で最も力が強いため王太子の婚約者でありながらも、聖女候補としての研鑽を日々重ねていた。


「私は聖女候補として瘴気を払うために学院を欠席せざるを得ない日が多数ありました。その私がなぜそのような嫌がらせに時間を使わなければならないのですか?」


オリヴィアは尚も堂々と無実を主張するが、反論すればするほど短気な王太子を怒らせていく。


「黙れ! いつもそうやってのらりくらりと追及をかわしおって……。だが、それも今日で終わりだ! オリヴィア、お前は先程俺の目の前でエミリーを階段から突き落とした。これは相違ない事実だ!! 皆も見ていたであろう!?」


 王太子の発言に周りにいた生徒達が気まずそうに頷いた。


 なぜならそれは、紛れもない事実であったからだ。


 パーティーの前にオリヴィアはエミリーを階段から突き落とし、エミリーは豪快に階段を転がり落ちた。だが、自身の聖力で怪我は治せたようだ。


 王太子やその他の者が階段下で震えるエミリーに駆け寄る姿をオリヴィアは冷たく見下ろし、それを王太子は憎々し気に睨みつけていたのだ。


 生徒達はオリヴィアを好いていた。紛れもなく聖女としての才覚を持ち、表情はあまり動かないが優しさは本物であった。


 だが、王太子の言葉が真実であるため庇えなかったのだ。


 何も答えられないオリヴィアにゼインは勝ち誇った様に顔を歪めると暴挙にでる。


「オリヴィア、貴様を流罪に処す! 直ちに流刑地アルバへ送ってやる!」


 流刑地アルバと聞いて周囲が騒然となった。そこは人はおろか、生物の住めない完全に瘴気に侵された土地なのだから。


 いくらオリヴィアが力の強い聖女候補と言ってもこれでは実質死刑である。だがオリヴィアが何かを発言する前にゼインは容赦なくアルバへと通じる魔法陣をオリヴィアの真下に展開した。


 下からの強い光にオリヴィアは咄嗟に王太子とエミリーを見た。


 王太子は以前からこれを計画していたのだろう。王族にしか扱えない転移魔道具を握り締め、額に汗を浮かばせながらも悪どい笑みを浮かべている。


 オリヴィアを転移させるのに膨大な魔力を使ったため疲労しているようだったが、その魔道具に同じくエミリーが笑みを浮かべながら力を送っていた。


「……ふっ」


 オリヴィアは全身が光に包み込まれる前に一笑した。そして体が吸い込まれる感覚に転移魔法が発動したことを察すると瞬時に全身を聖力で防御した。




 あぁ、ようやくここまで来た。




 オリヴィアは歓喜で震えそうになる体を何とか抑えながら胸元に忍ばせてあるペンダントを握り締める。暫くの間、オリヴィアを吐き気のしそうな浮遊感が襲っていたがふいにその浮遊感が治まった。


 足元に草を踏みしめる感触と花の芳しい香りにゆっくりと目を開ける。


「……信じられない。ここが、流刑地アルバだなんて」


 どこまでも澄んだ青い空に辺り一面の花畑。そしてオリヴィアを吹き抜ける爽やかな風。聖力による防御が一切必要のない空気にオリヴィアはすぐに聖力を解いた。


 誰がこの地を瘴気まみれであった流刑地だと信じられようか。


「……さすがね、アニエス様は」


 オリヴィアは目的の人物を探すために花園を歩き出す。


「やっと、やっと会えるのね。私達の……本当の聖女様に」


 花園のその先に強く懐かしい聖力を感知してオリヴィアの足は次第に速まっていく。気がつけば全速力で駆けていた。


「……アニエス様!」


 そしてずっと会いたかった聖女様が大きな木の下で心地よさそうに体を預け、目を閉じている姿を視界に捉えた瞬間、どんどんとその姿が涙で歪んでいく。


「アニエス姉様!!」


 オリヴィアは涙ながらにアニエスと呼ぶ、あの日よりも少しだけ歳を取ってはいるが美しさを誇ったままの女性に駆け寄った。女性はオリヴィアの声が耳に届くとゆっくりと目を開け、こちらを見た。


「……オリヴィア? オリヴィアなの?」


「姉様……! そうです、私です! オリヴィア・レイバードです……!!」


「まぁ、オリヴィア! 久しぶりね。大きくなったわね……」


「姉様……! アニエスねえさま……!」


 子どもの様に泣いてアニエスに抱きつくオリヴィアを、アニエスは優しく抱きしめ背をさすった。


 その優しい手つきも、穏やかなぬくもりもあの日のまま変わらない。


 アニエスとは、オリヴィアが幼い頃教会に連れられ不安に思っていた時にずっと側にいてくれた心優しい聖女候補であった。


 アニエスは誰よりも聖力が高く、その力は歴代最強なのではと囁かれるほどであったため当然、当時の王太子の婚約者でもあったのだ。


 だがアニエスはそんなことはおくびにも出さず、自分に与えられた役目をこなし、教会で不安がる少女達の良き姉として日々を過ごしていた。


 アニエスは愛そのものである。


 幼いオリヴィアはアニエスを姉と慕い、女神の様に思っていた。それはもちろんオリヴィアだけではない。


 だが、悲劇は突然足音もなく訪れたのだ。


 アニエスは謂れのない罪に問われ、何の酌量もなく流刑地アルバへと送られた。あの日の衝撃は今でも忘れられない。




 なぜ? なぜなの? どうして心優しいアニエス姉様が!?




 王城で突如始まった断罪劇。同じ聖女候補に嫉妬から陰で嫌がらせをし続けていたと当時の王太子が声高らかに宣言したのだ。


 その隣で意地悪く笑ってアニエスを見下していた女を見て、あの方は嵌められたのだとすぐに理解した。


 為す術なく魔法陣へと消えていったアニエスを幼いオリヴィアは涙ながらに見つめる事しかできなかった。


 だがアニエスは本物の聖女である。


 その力で流刑地アルバを生き残ると信じて、いつか必ず迎えに行くとあの日決意したのだ。


 そしてようやくここまで辿り着いた。


 オリヴィアは優しく微笑んでいるアニエスに強く訴えた。


「アニエス姉様、私、姉様を迎えに来たの。だから、一緒に帰りましょう?」


「オリヴィア……。それは無理よ、私は追放された身。今更帰れる場所なんてないわ。それに私が帰ったら国を乱す火種となってしまう」


 悲しそうに呟くアニエスに否定するように頭を左右に振る。


「いいえ! 姉様がいなくなったあの後、少しづつだけど専制ではなくなっていったわ! 今では姉様がいた時よりも王族の力は弱まってる! それは姉様を失くしてしまった皆の悲しみと後悔が変えたことよ!」


 王族が絶対であったあの国は、アニエスを失くしてしまったことによって変わりつつあった。


 王族による多少の弾圧はあったが、やはりアニエスを好いていた者達は気持ちを抑えられずオリヴィアの親世代は王族に反発し、王族以外の者の言う事も聞く政治へと大きく舵を切らせることに成功していた。


 だがオリヴィアがこうして王族の意見一つでアルバへと送られたが、それはオリヴィアの策略であり、目的のために短気な王太子を利用したに過ぎない。


「姉様が帰ってきたら、王族を今度こそ潰しましょう! あんな奴らもういらないわ! 今度は私達が姉様を守ってみせる! だから……!」


 自分勝手なことを言っていることは分かっていた。


 アニエスの本心はあんな国に戻りたくないのかもしれない。この地の瘴気を完全に払い、穏やかで静かな日々をここで過ごしていたのだ。その平和な生活から引き離されることを拒んでいるかもしれない。


 オリヴィアに罪悪感はあったが、どうしても一緒に帰ってほしかった。オリヴィアが言葉に詰まるとアニエスがあの幼い頃に見せてくれていた微笑みを向けてくれた。


「オリヴィアありがとう、ここまで頑張ってくれたのね。あんなに小さかった子がこんなに立派になって、嬉しいわ。そうね、帰れるのなら私は帰りたい。だって、私には大切なあなた達が待ってくれているのだから……」


 オリヴィアを抱きしめてくれる柔らかな体に泣いて縋った。アニエスは理解している。オリヴィアだけの力でここに辿り着いたのではないということに。


「姉様、そうよ……みんな姉様に会いたくて、頑張ったの。……嬉しい。一緒に帰ってくれることが……本当に嬉しい」


 オリヴィアは胸元から大切にしているペンダントを取り出した。


「姉様、このペンダントに聖力を籠めれば帰る場所が分かるわ」


 そのペンダントは教会に連れられたばかりのオリヴィアだけでなく、聖女候補生すべての少女達に不安が消えるよう願いを込めてアニエスが贈ったアニエスの手作りであった。


「……本当に、みんな頑張ったのね。えぇ、帰りましょうオリヴィア。可愛い妹達に、早く会いたいわ……」


 アニエスは一粒の涙をこぼすと花が綻ぶ様に笑った。


 そしてオリヴィアと共にペンダントに聖力を籠めると、その力に反応するようにペンダントが光り輝き、断罪された時と同じ魔法陣がオリヴィア達の真下に展開された。


 やがて魔法陣は強く輝きを放つとその光が二人を包み込んだ。体が吸い込まれる感覚にオリヴィアもアニエスも目を閉じてその時を静かに待った。



 硬い地面を足の下に感じた。そして周囲がどよめいた後、痛いくらいの沈黙が耳に響いた。


 オリヴィアが目を開けるとそこは、先程いたパーティー会場であったが様子がおかしかった。


 そこには騒ぎを聞きつけたであろうこの国の王と王妃が来ており、こちらを見て驚いたように目を大きく見開いている。そして王は次第にその目に涙を溜めていき、王妃は顔を青くさせていった。


「……アニエス姉様!!」


 エミリーの大声が聞こえたかと思ったら、エミリーはアニエスの胸元に飛びつき大粒の涙を幾筋も流していた。


 そのエミリーにアニエスが嬉しそうに頭を撫でる。


「まぁ、このお転婆さんはエミリーね。ふふ、会いたかったわ……」


「姉様……! アニエス姉様!!」


 泣いてアニエスに甘えるエミリーをオリヴィアは微笑みながら見守っていた。そしてエミリーにつられるように次々と聖女候補の少女達がアニエスのもとへ駈け出し、涙ながらにアニエスとの再会を喜んだ。


「姉様……! 絶対、生きてるって信じてました……!」

「アニエス様、お会いしたかった……!」


 少女達は次々にオリヴィアとエミリーに感謝の言葉を口にする。


「ありがとうオリヴィア、エミリー! 二人のおかげで本当にアニエスお姉様に会えたわ!……夢みたい、またアニエスお姉様にお会いできるなんて……!」


 アニエスに抱きつき、四方八方から泣き声が聞こえる状況にアニエスは戸惑うことなく嬉しそうに少女達を抱きしめる。


 満足したエミリーがオリヴィアのもとへ歩み寄り、涙ぐみながらオリヴィアに労いの言葉をかけた。


「さすがね、オリヴィア。あんたなら絶対、アニエス姉様を見つけて連れて帰れるって信じてた」


「それを言うならエミリーだって。エミリーのおかげで私は流刑地にこんなにも早く行けたわ。それに、エミリーのおかげでここへ戻ってこれた」


 二人でお揃いのペンダントをかざし合う。エミリーのペンダントに籠められた聖力を頼りにこの位置を特定できたのだ。


 王太子ゼインも他の貴族達も先程まで争っていたことが嘘みたいに仲良くしている二人に呆気に取られていた。


「な、なっ……どういうことだ!? エミリー、君はその女に……!」


 やっとの思いで言葉を発したゼインにエミリーは冷めた目を向ける。


「演技よ、演技! オリヴィアを流刑地アルバへ送らせるために私のこの美貌であなた様をたぶらかして、みんなはオリヴィアの罪を捏造して噂を広めてたの! その昔、そこの王妃様がアニエス姉様にしたことを私達で再現しただけよ」


「なっ!?」


 エミリーの告白にゼインは驚き、王妃はますます顔を青ざめさせていった。そして王は膝から崩れ落ちるとアニエスに告解する。


「アニエス、わしが悪かった! すまない!……わしは愚かであった、お前の優しさも愛情も見て見ぬふりをして、この女にたぶらかされ本物の聖女であるお前を罪人扱いし、こともあろうか流罪に処してしまった……! その証拠にこの女は権力を笠に着て贅沢三昧、聖女として力を使わずただ玉座に座って……あぁ!」


「ち、父上!? 何を言って……!!」


 慌てるゼインをよそに王は涙を流しながら続ける。その情けない姿をオリヴィア含め他の聖女候補者達も冷たい視線を向け続けた。


「すまないアニエス! わしが間違っていた! 貴族達にも国民にもすべてを話す! だから……戻って来てくれぇ……」


「あなた! 何を言っているの!? この女は罪人よ! わたくしに嫉妬から嫌がらせを……!」


 ヒステリックに叫ぶ王妃にエミリーがやかましいとばかりに口を挟む。


「王妃様、私達はあなたの命令でアニエス姉様の罪を捏造させた証人を多数囲ってるわ。私はずっと王太子殿下にくっついて城を出入りしてたのよ? みーんな姉様を陥れた罪に怯えていたわ。公爵令嬢で王家との関りも深いあなたに脅されてそうするしかなかったって。教会に裏で賄賂を渡して姉様の断罪を無視させたことも知ってるのよ」


「で、でたらめを言うでない!!」


 王妃の叫びにオリヴィアが毅然と立ち向かう。


「でたらめではありません。私の母も涙ながらに告白いたしました。その母のため、そして姉様のために父は動いたのです。姉様のことについて告白した者達は我がレイバード公爵家が守護すると約束し、姉様が戻ってきた暁には王族による専制を完全に廃止させると宣言しております」


「なっ……!? 何を、勝手な……!」


「抵抗しているのは王妃様、あなただけです。あなた方を殺すも生かすも私達国民次第……いえ、ご帰還されたアニエス姉様に委ねられているのです」


 王は罪を認めアニエスに謝罪し、息子は情けなくも何も発言ができない。この場で抵抗している王族は王妃ただ一人だけである。


 しかし、たった一人で何ができようか。


 冷たいいくつもの視線に王妃の体が力なくその場にへたり込んだ。その姿を今まで静かに見守っていたアニエスがゆっくりと口を開いた。


「……私は、誰かを害する気なんてないわ。王族はそのまま王族でいてもらわないと国が荒れ、沢山の人が傷ついてしまう。それは許されない事だと思ってる」


 でも、と真っすぐに王族を見据える。


「このままではいけないことも勿論分かっているわ。だから、王家にはお飾りでいてもらうつもりよ」


 にこりと微笑んだアニエスにオリヴィアとエミリーは納得するように、だが少しだけ残念そうに頷き合った。


「アニエス姉様なら、きっとそうおっしゃると思っていました」


「そうね、残念だけど今王族がなくなったらその混乱に乗じて他の国から攻められちゃうかもしれないし、王族には今後一切政治に関わらせない! これが今のちょうどいい落としどころって感じよね」


 成り行きを同じく見守っていた未来の貴族達もどこか安心したように胸を撫で下ろす。アニエスは王に近づくとあの日の美しい笑みを見せた。


「確かに信じてもらえず私は傷つき、流刑地アルバへ送られた後も生きるために必死で力を使い続けていました。あなた方を恨んでないと言えば嘘になりますが、感謝しているのも本当です」


「……アニエス!」


 僅かに期待を含ませる王であったが、アニエスはその期待には決して応えなかった。


「こんなにも頼もしく、そして愛しい妹達に会えた。私はこれからも彼女達を、そして未来の聖女達を支えていきたい。それに瘴気に侵された地を完全に浄化できることも分かった今、私は彼女達にそれを教えていくつもりです」


 アニエスは王家を国の象徴として置き、自分は王家との癒着で腐敗している教会を完全に正し、聖女候補ではなく正式に一人一人を聖女として少女達が自由に生きられるよう、王族との婚姻制度を廃止すると宣言していた。


 王はアニエスが自分の元へ戻ってくるとの甘い幻想を打ち破られ、王太子ゼインはこれからは一切自由のない未来に絶望した。


 オリヴィア達は、これから先聖女として存分に正しい振る舞いができることも、自由に過ごせることも喜んだ。


 そして愛する本物の聖女様と共に生きられることを心から感謝した。


 その後、連絡を受けたレイバード公爵とその他の貴族達がこの場にやってきてすべてを片付けると無茶をした娘を抱きしめた。


 オリヴィアの母は帰って来た聖女に涙ながらに謝罪し、他の者達も後日とはなったがアニエスの元を訪れ謝罪を繰り返した。


 王妃は病気と診断され静かに療養すると何も知らない国民や国外へはそう公表されたが、真実は城の一番高い場所に位置する部屋に厳しい監禁生活を余儀なくされている。


 そして国は少しずつ生まれ変わっていった。


 あの事件から五年後。


 教会の長となったアニエスのもとで修業を積み、優秀な聖女としてオリヴィアとエミリーは瘴気に侵された地へ赴き浄化をする旅へ出ていた。


「あぁ疲れた! ねぇ、オリヴィア今日はもう休みましょうよ!」


「そうね、体力は使い切ってはいけないと姉様も言っていたし……。続きは明日にしましょう」


 真面目な幼馴染を説得することに成功したエミリーは目を輝かせ、今日の予定を立て始める。


「今日は頑張ったんだからさ、街に戻ったら金持ちそうな男ひっかけて驕らせちゃおうよ!」


 聖女にあるまじき発言にオリヴィアがじろりとエミリーを睨んだ。


「いいわけないでしょう、そんなはしたないこと。ちゃんと支給されたお金があるんだからそのできる範囲の贅沢をしましょう」


「えぇ、ケチ! オリヴィアってばほんとケチィっ!」


「ケチで結構よ」


 言い争いながらも街へ戻る二人の胸元にはアニエスから貰ったお揃いのペンダントが誇らしく輝きを放っていた。



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