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処刑台帰りの下級書記官は、死簿に載らない死を読む 〜辺境州で消される名前を紙と印で取り戻す〜  作者: ねむりネコ


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Episode 088: 六通目は裏門を塞ぐ

六通目は、初めて出入口そのものを狙う紙になった。


 監査小屋の机に並んだのは、前よりさらに地味な証拠ばかりだった。夜鍋三つ半。裏門荷札。仮泊札の二枚目。二度鳴る夜回りの足音。宿帳の控え。どれも単独なら弱い。だが今は、全部が同じ夜を指している。


 アシュレイはその束を見下ろしながら、紙の順番を決めていた。最初に書くのは部屋ではない。補助棚移しでもない。まず裏門を通じた未記名移送の存在を置く。


 セルマが、鍋数の控えを少し持ち上げた。


「こんなので本当に刺さる?」


「刺さります」


「どうして」


「役所は帳面の数字を笑えても、同じ夜に宿、施療、門、荷札が全部ずれるのは笑えません」


 六通目の骨は三本だ。


 一、宿帳に記名されない仮泊がある。

 二、裏門で別札へ差し替えが行われる。

 三、その夜に荷札と施療側の封が連動している。


 これで「誰を動かしたか」までは書けない。だが「未記名移送の回路がある」とは書ける。


 リーゼは裏門荷札の写しの脇へ、丸印と仮泊札の穴位置を並べた。


「同じ夜に、宿帳、札、荷札が全部変わるのが重要ね」


「ええ。どれか一つなら現場の混乱で逃げられる。でも全部なら運用です」


 その言葉で、部屋の空気が締まる。今まで敵は、混乱に見せかけて人を削ってきた。六通目は、その混乱が手順だと告げる紙だ。


 グラムは腕を組んだまま、表題案を見た。


「裏門経由の未記名移送について」


「硬すぎる?」


「いや。嫌なほど役所向きだ」


 それでいい。今必要なのは格好よさではない。机が見て見ぬふりをしにくい文だ。


 アシュレイは本文の途中に、一文だけ太い芯を置いた。


 宿帳未記名、夜半の札差替、裏門荷札、施療継続対象の昼後移しが同一夜に重なる以上、これは個別の混乱ではなく、裏門を通じた未記名移送の回路と見るべきである。


 書いてから、自分でもその文の重さを確かめた。ここまで言えば、向こうも無視の仕方を変えなければならない。


 マレナは今夜は来ていないが、昼に渡してきた短い紙には「返送箱がまた先に空く」とだけあった。つまり六通目も、正面受理ではなく別線へ落とされる可能性が高い。


 だから今回は、窓を一つにしない。


 一通は州庁舎脇窓。

 一通は州路副印側。

 一通は施療院の控えを通じた写し。


 三本に割る。


 セルマが少し驚いた顔をした。


「同じ紙を?」


「ええ。今までは窓を選んでいました。でも裏門の問題は、窓を選ぶだけでは止まりません」


 敵が人を細く分けるなら、こちらも紙を細く分けて残すしかない。


 リーゼはゆっくり頷いた。


「一つが潰れても、二つ残る」


「少なくとも、全部を同じ夜に消すのは面倒になります」


 その「面倒」が大事だ。勝ち筋はいつも派手ではない。敵にとって少しだけ面倒な手順を増やすことが、結局は人を生かす。


 六通目の末尾には、要求を二つだけ書いた。


 一、裏門経由の未記名移送の有無を照合されたい。

 二、宿帳未記名仮泊と補助棚移しの関係を示されたい。


 多くは要らない。今回の紙は、裏門を「ただの出入口」ではなく、制度の切断口として固定するための紙だ。


 書き終えた後、アシュレイはしばらく黙っていた。風は弱い。灯りも安定している。こういう夜ほど、次の朝は悪い知らせが来る。紙が通る時も、紙が止まる時も、敵は黙って次の段階へ進むからだ。


「次は何を切ってくると思う」


 グラムの問いに、アシュレイは少し考えてから答えた。


「泊まり先ではなく、出発点です」


「出発点?」


「宿と裏門が読まれたなら、次は施療院か停留小屋のどちらかを痩せさせるはずです」


 人は、どこかに入る前に必ずどこかを出る。裏門を押さえられたなら、敵は出発前の線を細くする。施療院の札か、停留小屋の夜控えか。そのどちらかだろう。


 セルマが静かに息を吐いた。


「じゃあ、明日からもっと早く動くしかないわね」


「ええ」


 六通目は裏門を塞ぐ紙だ。完全に塞げるわけではない。だが、少なくとも今までのように「ただ混乱していただけ」とは言わせない。そこまで持っていければ、次の朝に消える人数は一人減るかもしれない。


 それで十分だ、とアシュレイは思った。


 十分という言葉は小さい。だが今の戦いでは、その小ささの方が信用できる。大きな勝利より、明日の一人だ。

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