Episode 079: 施療院の白い封
封は閉じるための道具だが、時には喋りすぎる。
翌朝、セルマが施療院の奥棚から一枚の封を持ってきた。小さく、白く、薬札の束に紛れさせやすい封だ。表に何も書かれていない。その代わり裏の蝋に、小さな点が二つ打たれている。
「昨日、診療椀の棚に混ざってた」
セルマは封を机へ置いた。
「中は見た?」
「まだ。あなたが来るまで待った」
アシュレイは蝋を見た。正式な封ではない。封緘係の手ではなく、もっと簡略な臨時閉じだ。だが、点が二つ入る封は、前に不達印の束で見たことがある。正面の宛先ではなく、横流し先を示す封だった。
慎重に開くと、中には半端な紙が一枚。施療継続対象、昼後移し、名は後書き。たったそれだけだ。
セルマが顔をしかめる。
「昼後移し?」
「昼の施療が終わった後で、誰かを別へ回すつもりです」
施療院は朝に忙しい。だから昼後へ回すという言い方は、一見もっともらしい。だが「名は後書き」がまずい。名前を書かずに移せば、誰がいなくなったかを追えなくなる。
《死簿照覧》がその紙の端をなぞる。施療前固定。昼後振替。未記名先行。
これもまた、手順だけを残して責任を消す文だ。
セルマは棚の方を振り返った。
「今朝、白い封が二つ減ってた」
「誰が触れる場所ですか」
「施療補助と、配り番と、たまに配給側が粥材で入る」
誰でも触れる場所に置いてあるのではなく、「誰が触っても不自然ではない場所」に置かれている。そうやって責任を薄める。
リーゼは封の匂いを嗅いだ。
「紙の匂いじゃない」
「何ですか」
「石灰と、少しだけ灰。埋葬側の仮封に近い」
施療院にある白い封が、埋葬側の仮封と似ている。つまり今や敵は、施療と埋葬の間をまたぐ封を使っている。
アシュレイは封の裏へ光を当てた。点が二つ並んでいるように見えて、片方はほんの少し大きい。これも記号だろう。見る人間だけが分かる符丁。
「セルマ、今日の昼後に誰が消えそうですか」
彼女は少し考えてから、名を三つ挙げた。熱持ち一人、衰弱一人、咳の子ども一人。どれも「昼まで保てば次へ回せる」と思われやすい人間だ。
「じゃあ、昼前に順番をずらします」
「露骨じゃない?」
「露骨でいいです。昼後移しの対象が昼前に処置済みなら、相手は予定を崩される」
こういう時、正面から封の意味を問い詰めるより、封が当てにしている手順を崩した方が早い。
グラムも呼ばれ、施療院裏の出入口だけ見張ることになった。門番にとっては小さな用事だ。だが今は小さな用事ほど重要だ。人は大きな命令で消えるとは限らない。誰も見ていない裏口で、静かに運ばれることの方が多い。
昼が近づくにつれ、施療院の空気は重くなった。煮た麦と薬湯と汗の匂い。熱の高い人間が多い日は、建物全体が浅い熱を持つ。
セルマは白い封を棚へ戻さなかった。代わりに、空の封を同じ位置へ置いた。誰かが回収しに来れば、封を見て止まる。中身を開かなくても、予定がずれたと気づく。
昼を少し回った頃、若い補助係が棚の前で一瞬止まった。封を見て、手を引っ込める。そのまま裏口へ回ろうとしたところを、グラムが立ち塞いだ。
「今日は裏口閉めだ」
「聞いてません」
「今聞いたろ」
それだけで十分だった。補助係は何も持たずに引き返した。つまり、封は本物だった。
セルマが短く息をつく。
「昼後移し、ね」
「ええ。昼まで持つ人を、昼の後で別へ消す」
白い封は派手な証拠ではない。だが、これで一つ分かった。敵はもう部屋単位だけでは動かない。施療院の棚や裏口、補助係の足取りといった、もっと小さな所で人を切り分けている。
アシュレイは封の点を紙へ写した。図を見た人間だけでなく、熱のある身体まで、予定表のように切ろうとしている。
だったら次は、図と人員表だけでは足りない。日ごとの出入り、封、裏口、宿帳。人がどこへ送られるかを、もっと細い線でつなぐ必要がある。




