表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処刑台帰りの下級書記官は、死簿に載らない死を読む 〜辺境州で消される名前を紙と印で取り戻す〜  作者: ねむりネコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/101

Episode 067: マレナの不在札

 マレナが来ないこと自体は、今に始まったことではない。

 封緘側の人間が何度も監査小屋へ出入りすれば、それだけで首が近づく。だから彼女が姿を見せないのは自然だった。


 だが、その日届いたのは「来られない」ではなく「不在」の札だった。

 封緘机の外札に、午前から午後まで同じ札が掛かっている。不在。理由の欄は空白。封緘の机で理由を空白にするのは珍しい。たいていは他机応援か、計数棚再点検か、査閲補助か、何かしらの名目が付く。


 アシュレイはその札の写しを、昼前に見ていた。


「わざとですね」


 そう言うと、グラムは短く返した。


「見せ札だ」


「マレナ本人の?」


「本人の意思かどうかは知らん。だが、今日は『不在』を見せたいんだ」


 不在を見せる理由は一つではない。

 切り離した。消えた。いないことにする。どれでも使える。だからこそ嫌な札だった。


 リーゼは別の角度から見ていた。


「不在札を表に出すってことは、机自体は動いてる」


「なぜそう思う」


「本当に止まってるなら、閉じ札にする。わざわざ不在にするのは、誰かが代わりに動いてるから」


 それも正しい。

 不在札は、仕事が止まっていない時にこそ使いやすい。人だけ抜けたように見せて、中では別の手が続ける。


 アシュレイは午後、封緘側の廊下を遠くから見張った。

 マレナの姿はない。代わりに、見慣れない痩せた男が二度、紐束を持って出入りした。歩幅が狭い。封緘の人間ではなく、帳合机から借り出された手だろう。


 その男は封緘室へ入るたび、必ず左袖を引き上げる癖があった。そこまで観察してから、ようやくアシュレイは気づいた。左袖の裏に、配給小舎の粉が付いている。封緘室へ入る前に、別机を回っている。


「配給側から借りてる」


 グラムが隣で鼻を鳴らした。


「逆だ。配給側に流してから戻してる」


 順番の違いは重要だった。

 借りてくるなら人手不足。流してから戻すなら、手順の接続だ。封緘と配給は別局の顔をしていて、裏ではもう同じ線で動いている。


 日が傾くころ、監査小屋へ一枚の小さな紙が届いた。

 封緘紐の切れ端に包まれ、中には二行だけ書かれている。


 明日、旧倉庫側の戸は空になる。

 不在札は私ではなく、棚の方へ出る。


 マレナの字だった。

 急いで書いた字だが、数字を書く時の癖がそのまま残っている。偽る余裕はない。


「空になる」


 セルマが紙を読み返す。


「人をどこへ」


「まだ書いてない」


「書けないんでしょうね」


 アシュレイは紙の裏を見た。何もない。だが《死簿照覧》は、封緘紐の擦れで一度だけ強く震えた。棚移送前。

 部屋を消す前に、棚の方を「不在」にする。つまり、物と人の順番を一度ばらすつもりだ。


 リーゼが低く言う。


「もう待てない」


「ええ」


「今夜?」


 アシュレイはうなずいた。

 明日では遅い。明日には「もともとそこには何も無かった」顔が完成してしまう。


 それでも一つだけ迷うことがあった。

 マレナをどう扱うかだ。今ここで彼女からの紙を使えば、向こうは不在札と結びつけてすぐに辿る。使わなければ、こちらは動く時刻を失う。


 グラムが先に言った。


「字は使うな。時刻だけ使え」


 それが最善だった。

 紙そのものを出せばマレナが死ぬ。だが時刻を知っているだけなら、こちらは別の観察から辿ったことにできる。


 アシュレイは紙を火鉢の火へ近づけた。完全には燃やさない。文字が読めなくなる直前で止め、灰ごと包む。存在は消すが、届いた事実だけは自分たちの中に残す。


 マレナの不在札は、彼女が消えた印ではなかった。

 誰かが消される前に、最後に寄こした時刻表だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ