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処刑台帰りの下級書記官は、死簿に載らない死を読む 〜辺境州で消される名前を紙と印で取り戻す〜  作者: ねむりネコ


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Episode 066: 移送印のない荷車

 人を動かしたなら荷車がいる。

 アシュレイがそう言うと、グラムは「ようやく役所らしい頭になったな」とだけ返した。


 辺境では人も物も、雪の上では結局同じものに載る。だから移送印が無くても、荷車の側には必ず何かの痕が残る。車輪幅、泥の付き方、敷き藁の湿り、引き手の癖。紙がなくても、道が喋る。


 三刻前に一人を動かしたなら、朝までに車輪痕は薄くなりきらない。

 グラムを先頭に、三人は隔離庫裏の細道から州路脇の荷置き場へ回った。


 雪は夜のうちに一度締まり、朝の光で少し緩んでいる。追うには最悪ではないが、気を抜くとすぐ輪郭が崩れる時刻だ。


「二台」


 リーゼが先に見つけた。

 車輪痕は二つある。一つは正規の配給荷車の広い幅。もう一つは細く、片輪だけが深い。荷が軽いか、片側へ偏っている時の沈み方だ。


 アシュレイは細い方へしゃがみ込んだ。藁が少し落ちている。配給荷車の藁より短く、色が濃い。施療院の搬送床で使う藁に近かった。


「移送印はありません」


「そりゃ残さないだろ」


 グラムの言い方はぶっきらぼうだが、視線は痕を逃していない。

 車輪の片側が深いのは、人を横たえた木台を片寄せに積んだからだろう。しかも荷の量は少ない。たぶん一人か二人。


 道は州路へは向かわず、施療院裏と旧倉庫裏のあいだを抜けていた。

 つまり戻すふりをして、正規搬送ではなく裏回しのまま移している。


「まっすぐ施療院に入れてない」


 セルマが苛立ちを隠さず言った。


「正面から運べば、受付板に時刻を残さなきゃならないから」


 施療院は表で助ける場所だ。そこへ裏から入れれば、助けたことにも、受け取ったことにもならない。最悪の中間処理だった。


 道の途中で、リーゼが立ち止まった。彼女の足元には、濡れた布切れが落ちている。白ではなく、薄い黄土色。埋葬布ではない。施療の下布に近い。


「この色、昨夜の男の脇布だ」


「覚えてるのか」


「埋葬と施療は布色を間違えると死ぬ」


 役目に根差した答えだった。

 リーゼにとって布色は飾りではない。誰をどう扱うかを決める線そのものだ。だから彼女が「同じだ」と言うなら強い。


 《死簿照覧》が布切れの端で脈を打つ。

 仮移送、未受理。

 やはり、正式な受け入れにはなっていない。


 アシュレイは布を拾い、藁と並べて包んだ。

 荷車痕だけでは弱い。藁、布、道順、その三つが揃えば証拠線になる。


 道は最後に、旧倉庫側の裏戸へ消えていた。

 正面施療でも、停留小屋でも、埋葬地でもない。三つのあいだにある、どこにも属していない戸だ。


「ここだな」


 グラムが言う。


「ええ。でも今は開けません」


 リーゼが眉を上げる。


「入らないの」


「今ここで開ければ、向こうは荷車痕も藁も布も全部『偶然』にできます」


 先に証拠を閉じてからだ。

 そうでないと、毎回現場で見つけて、毎回「見間違いだ」と潰されるだけになる。


 セルマは戸を睨んだまま言う。


「人が入ってるなら」


「今夜動かします」


「全員?」


「できる数だけ」


 その答えに、誰も満足はしなかった。だが満足できる段階ではない。

 今は、どこを押さえれば次に人を失わずに済むかを優先するしかない。


 帰り道、州路の方では正規の荷車が何事もない顔で通っていった。

 同じ木輪の音なのに、裏を通る荷車だけが紙へ残らない。

 制度が人を消す時は、たいがい大きな音ではなく、こういう普通の音に紛れてやってくる。

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