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処刑台帰りの下級書記官は、死簿に載らない死を読む 〜辺境州で消される名前を紙と印で取り戻す〜  作者: ねむりネコ


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Episode 065: 朝一番の空き台

 三通目を送った翌朝、隔離庫の空気は前日と違っていた。

 寒さは同じだが、部屋の中の密度が違う。人が減った部屋には、すぐ分かる種類の軽さがある。


 アシュレイが入口をくぐった時、木台の一つが空いていた。

 昨日まで熱の高い男が横たわっていた場所だ。毛布だけが残り、その上に薄い湿り気が染みている。死んだ後の冷えではない。まだ温度を持ったまま、急いで運ばれた跡だった。


 リーゼが先に台へ寄り、布を持ち上げる。


「血じゃない。汗と薬湯」


「動かしたのは夜明け前です」


 アシュレイは台の脚へしゃがみ込んだ。《死簿照覧》が淡く伸びる。

 搬出、未記載。

 やはり紙より先に人が動いている。


 残る三人の顔色も違っていた。少年は昨夜より唇の色がましだが、若い女は逆に頬がこけている。老人は半分眠ったまま、自分がどこにいるかも掴み切れていない顔だった。


「一人だけ先に出した」


 グラムが戸口の外を見張りながら言う。


「隠すなら全員だと思ったんですが」


「全員動かせば目立つ」


 その通りだった。

 敵はいつも全部を一気に変えない。少しずつ変えて、「最初からそうだった」顔をする。


 セルマが遅れて入ってきた。施療院から直接来たらしく、息が切れている。


「寝台が一つ、今朝急に埋まった」


「誰で」


「名前は違う。でも症状は合う」


 それで十分だった。

 隔離庫から消えた男は、別名で施療院へ戻された可能性が高い。助けるためではない。数を繋げさせないために。


 アシュレイは空き台の脇で、床板の傷に気づいた。昨日までは無かった浅い筋が二本。急いで担架を引きずった痕だ。しかも入口ではなく、奥壁の板戸側へ向かっている。


「正面から出していない」


 リーゼが顔をしかめる。


「裏がある?」


「あるかもしれません」


 入口しかない部屋ほど扱いやすいものはない。だからこそ、もし裏の搬出路があるなら、この部屋は最初から「見つかる」前提で作られていたことになる。


 セルマは若い女の手首を取った。


「この人は今日中に出さないと危ない」


「少年は」


「まだ持つ。でも持つだけ」


 その言い方が一番残酷だった。

 助かるではなく、持つだけ。現場はいつも、その幅の中で選ばされる。


 アシュレイは空き台の木目を紙へ写した。台の傷、毛布の湿り、担架跡、残り三人の状態。部屋が空になってからでは遅い。今は一つ減った状態を残す方が重要だ。


 《死簿照覧》が、空き台の端で一つの数字を浮かべた。

 三刻前。

 夜明けより少し前だ。紙が動き始める前に、人だけを抜いている。


「三刻前に出してる」


 グラムが短くうなずく。


「見張り替えの隙だ」


「狙ってますね」


「最初から狙ってる」


 そこでリーゼが、空き台の下から細い紐を拾った。封緘紐ではない。荷札を束ねる時に使う灰色の麻紐だ。


「人を荷みたいに縛って運んだ」


 リーゼの言い方は苛立っていたが、観察は正確だった。

 施療院へ戻すにしても、まともな搬送なら別の紐を使う。これは「一時保管物」を移すやり方に近い。


 アシュレイはその紐を紙の上へ置いた。

 空き台一つを残すだけで、部屋の性質がまた一段はっきりする。ここは救うために置く場所ではない。必要な時だけ、必要な数をどこかへ移し替えるための部屋だ。


 セルマが若い女へ水を飲ませながら言う。


「三通目、効いたわね」


「ええ」


「嬉しくない効き方だけど」


 それもその通りだ。

 相手が動いたのは勝ちに近い。だが動いた結果、人が見えなくなるなら、その前進はすぐ痛みに変わる。


 アシュレイは空き台をもう一度見た。

 部屋は、減ったことでかえって多くを喋っている。

 消された一人の不在そのものが、次の紙の芯になる。

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