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処刑台帰りの下級書記官は、死簿に載らない死を読む 〜辺境州で消される名前を紙と印で取り戻す〜  作者: ねむりネコ


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Episode 064: 三通目は隔離庫を名指す

 三通目を書く夜、机の上に並んだ物は少なかった。

 少ない方がいい時がある。紙が多すぎると、読む側は「資料が足りないのではなく、書き手が怖がっている」と判断する。必要なのは量ではなく、逃げ場のない並べ方だ。


 今夜の束は六つ。

 隔離庫の四人の記録。

 封緘紐の私記。

 施療鉢の欠けた印。

 余白の印付き入口。

 旧保全式の写し。

 そして、炭捨て場へ回されるはずだった隔離側の札。


 アシュレイは最初の文を何度か書き直し、最後にこう置いた。


 現行の隔離保全運用は、治療継続のための隔離ではなく、記録責任を宙吊りにしたまま対象を勘定外へ押しやる留め置きである。


 セルマが一読して言う。


「これなら、誰が読んでも嫌でしょうね」


「嫌でないと意味がありません」


 リーゼは木札の数字だけを見ている。

 彼女は文の良し悪しではなく、数字が死者と食い違っていないかを見る。リーゼが無言で頷いた時は、だいたい数字の骨が通っている時だ。


 グラムは経路の確認だけをした。今回は前よりさらに危険だ。二通目で既に目を付けられている。三通目が同じ道へ流れれば、今度は箱ごと消えるか、運ぶ人間ごと切られる。


「巡回袋は使えん」


「ええ」


「封緘側も危ない」


「分かっています」


 マレナは今夜ここに来ていない。来られないのではなく、来ない方がいい段階に入ったのだ。封緘の側で数字を持つ者が、監査小屋へ何度も出入りしていれば、それだけで処分理由になる。


 だからこそ、彼女が残した数字は重い。

 自分では来られない場所へ、数字だけを先に渡した。


 アシュレイは二段目を書いた。

 四人単位、二人単位の封緘減耗。施療継続印の取消未処理。閉鎖札以前に回る先行紙。隔離庫における生者の留め置き。

 文にすると冷たい。だが、冷たいままで刺さる文でなければならない。


 その途中で、喉の奥が強く咳き込んだ。掌へ血が少しだけ付く。

 リーゼが黙って布を寄こした。セルマは薬袋を開きかけたが、今回は止めた。止めても止まらないと、もう分かっているからだ。


「今回の紙、どこまで行くと思う」


 グラムの問いは、ほとんど覚悟の確認だった。


「監督局では止め切れません」


「止められないと言い切るな」


「止めたら、逆に隔離庫を認めることになる」


 そこが三通目の肝だった。

 いままでの紙は、不整合や違和感を並べる余地があった。今回は違う。隔離庫という部屋を名指ししている。ここで握り潰せば、「そんな部屋は存在しない」と言いながら、その存在を消すために動いたことになる。


 セルマが低く言う。


「だから通る」


「通るか、もっと大きく潰しに来るかです」


「嫌な二択ね」


「その二択にできたなら前進です」


 セルマはそこで、少しだけ苦い笑いを漏らした。

 こういう時の笑いは安堵ではない。道が狭まったことへの確認だ。それでも、狭い方が歩けることもある。広い霧の中よりは。


 アシュレイは最後の結びを書いた。

 隔離庫の運用は、現場の一時措置ではなく、保全名目を用いた責任外移送である。よって、当該運用の継続は欠損の不作為ではなく、積極的な選別に当たる。


 積極的な選別。

 ここまで書けば、もう言い逃れは簡単ではない。


 リーゼがぼそりと言う。


「これ、戻ってきたら終わりじゃない?」


「戻ってきても終わりではありません」


「なぜ」


 アシュレイは封を閉じる手を止めずに答えた。


「今回は、紙そのものより、同じ内容を持つ写しが複数あるからです」


 小屋の空気が変わる。

 セルマが顔を上げ、グラムが初めて小さく息を吐いた。


「最初からそうしろ」


「最初は、どこまで広げるべきか分からなかった」


「今は?」


「もう一点物では勝てないと分かりました」


 それが三通目のもう一つの意味だった。

 紙の内容だけではない。流し方も変える。切られても、同じ内容が別の手で動くようにする。


 リーゼは封の横へ、隔離庫で拾った札片を置いた。


「これも入れる」


「ええ」


「燃やされたら?」


「写しが残ります」


 言い切った時、ようやく腹の底が少しだけ静まった。

 今までは、見つけた物を一本の線で上へ押し上げる戦いだった。これからは違う。押し潰される前提で、同じ内容を複数の線に流す戦いになる。


 グラムが箱を受け取る。今回は巡回袋ではない。もっと遠回りで、もっと遅い経路だ。遅いが、同じ手には落ちにくい。


「戻らなかったら」


「次は紙だけでは済ませません」


 それは脅しではなく、手順の確認だった。

 三通目が失われた時点で、こちらも制度の外側へ半歩出る。そこまで見据えて、今夜は封を閉じる。


 扉の外では、雪がまた細く降り始めていた。

 静かな夜だった。

 だが、その静けさが長く続かないことは、もう誰も疑っていない。


 三通目は、隔離庫の存在を名指しした。

 ここから先、向こうが黙れば部屋の存在を認める。潰せば、潰したという事実が残る。

 ようやく、そういう線まで持ってこられた。

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