Episode 062: マレナの数え直し
封緘係は、数え直す時にだけ本音を漏らす。
マレナと話していて、アシュレイはそう気づいた。普段の彼女は正確だ。正確であることを武器にも壁にもする。だが、数え直しが必要になった時だけ、最初の数え方に対する不信が顔を出る。
その夜、監査小屋へ来た彼女は箱を持っていなかった。代わりに、封緘用の紐束と、小さな計数板だけを懐へ差している。
「長くはいられません」
「分かっています」
「十分に分かっていない顔をしています」
最初から刺々しい。
だが逃げる気配はない。来た時点で、彼女も何かを持っている。
机へ計数板を置くと、マレナは封緘目録の欠番写しを見た。
それから、隔離庫で見た四人分の覚え書きへ視線を落とす。
「四人、ですか」
「現時点では」
「それなら少ない」
アシュレイは顔を上げた。リーゼもグラムも、ほぼ同時に彼女を見る。
「何と比べて」
「封緘紐の減り方です」
マレナは感情を交えず言った。
封緘紐は、正式に封じる箱や棚だけでなく、仮扱いの束にも使われる。量は細かく帳簿へ残らない。だが実務者は減り方で分かる。
「この五日、余白の印が出始めてから、紐の減りが急に変わりました。けれど正規箱の数は増えていない」
「別の場所で使われている」
「ええ」
マレナはそこで一度言葉を切った。
「しかも、綺麗に減りすぎている」
その言い方は重要だった。
多く使うだけなら混乱でも起きる。だが綺麗に減るなら、数える側が最初から単位を決めている。
「何人単位ですか」
アシュレイが問うと、マレナは少しだけためらった。
「二、あるいは四」
隔離庫の四人。
偶然にしては出来すぎていた。
リーゼが低く言う。
「四人ずつ入れて、減ったらまた詰める?」
「そういう運用なら、封緘の減り方と合う」
マレナはそう答えたが、その声は少し掠れていた。
自分が数えていたものが、ただの箱や札ではなく、人を外へ押しやる単位だったと気づいた時の声だ。
アシュレイは彼女の手元を見た。指先に細かい傷がある。紐を締める者の傷だ。その傷は正確さの証でもあるが、今夜に限っては、加担の深さにも見えた。
「あなたは前から気づいていた」
直球だった。
マレナはすぐに否定しなかった。
「全部ではありません」
「一部は」
「紐と欠番が合わないことは、前から」
グラムが壁際で息を吐く。
「なぜ黙ってた」
責める声ではなかった。責めるだけではもう間に合わない段階だからだ。
マレナは計数板の珠を指で払った。
「数え違いだと思いたかった。違うと言ってしまうと、次に来るのは再計数じゃなくて処分です」
役所の人間らしい答えだった。
間違いを認めることは、真実に近づくことではなく、先に切られる順番へ自分の名を入れることでもある。
アシュレイは彼女を責めなかった。責めても何も進まない。それより、今この場でどこまで言えるかの方が大事だ。
「数え直してください」
マレナが目を細める。
「何を」
「紐ではなく、紐が消えた先を」
静かな沈黙が落ちた。
セルマがいない夜は、こういう沈黙が長くなる。彼女なら怒りで押し切る場面でも、今は紙と視線だけが動いている。
「危険です」
「知っています」
「あなたが思っているより」
「そのくらいでないと意味がない」
マレナはしばらく動かなかった。
それから、懐から細い紙片を一枚出した。封緘係用の私記だ。正式な目録ではなく、珠数合わせのために個人で持つ控え。そこに、四、四、二、四、とだけ日付横に並んでいる。
「持ち出せるのはこれだけです」
十分だった。
数字だけでも、隔離庫の四人が偶然ではないと示せる。さらに二人単位の補助運用まで見える。
リーゼが紙片を覗き込み、舌打ちする。
「人じゃなく荷みたいに数えてる」
「荷なら、まだ壊した数が残る」
マレナの返しは鋭かった。彼女はようやく、自分の数え方がどこへ繋がっていたかを言葉にし始めている。
《死簿照覧》が計数板の上を走った。
封緘単位、暫定収容単位、再配分準備。
単位。
向こうは人を状態ではなく単位で扱っている。
アシュレイは紙片を受け取り、別の紙へ転記し始めた。
四人がいる、では弱い。四人単位で回している、なら一段深く刺さる。
マレナは最後に言った。
「次に数え直しが入るのは、三日後です」
「その前に動きます」
「ええ。そうしないと、また数字だけが残る」
彼女が去った後もしばらく、机の上には封緘紐の乾いた匂いが残っていた。
紙と違って、紐は喋らないと思っていた。
だが実際には、喋らないものほど、減り方でよく告げる。




