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処刑台帰りの下級書記官は、死簿に載らない死を読む 〜辺境州で消される名前を紙と印で取り戻す〜  作者: ねむりネコ


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Episode 058: 隔離庫の入口

 隔離保全という語が本当に形を持つなら、その入口があるはずだった。

 紙の上だけの処理で終わるなら、人はただ遅れ、ただ待つだけで済む。だが実際には、戻せない列ができ、食当印が抜け、余白の印で別勘定へ送られている。ならば、その先に人を溜める場所がある。


 見つかったのは、施療院と旧倉庫のあいだにある細い通路の奥だった。

 昼でも薄暗く、壁には過去の雨染みが何層にも残っている。道というより、建物の隙間だ。人が住む場所でも、物を正しくしまう場所でもない。だからこそ、中間処理にはちょうどいい。


 グラムが先に立ち、リーゼが後ろを見る。

 セルマは今日は来ていない。施療院を空けるわけにはいかなかった。代わりに、彼女は「熱の匂いがしたらすぐ戻せ」とだけ言った。施療の人間らしい基準だ。


 《死簿照覧》が、通路の奥で濃く脈を打った。

 扉ではない。入口だ。扉らしい板戸は半ば外れ、代わりに縄と古い封紙が斜めに渡されている。正式な封鎖には見えない。だが「勝手に入るな」とだけは伝わる、辺境らしい雑な境界だった。


「ここか」


 グラムが低く言う。


「そう見えます」


 近づくと、冷気の質が変わった。

 外の寒さではない。日が入らず、人の出入りだけがある空気の冷え方だ。乾いているのに、どこか埃と湿布薬の匂いが混ざる。


 リーゼが鼻をしかめた。


「埋葬前の部屋の匂いじゃない。けど近い」


 その言い方で十分だった。

 生者の場所として整えられていない。だが死者を置く場所とも違う。つまり、名前を確定させる前の人間を、一時的に押し込めておくには最適な空間だ。


 アシュレイは縄の結び目を見た。

 正式な封緘ではない。封緘係の結び方ではなく、現場の男が急いで閉じた時の結び方だ。だが結び目の下には、小さく紙片が差し込まれている。余白の印と同じ角印。ここへ来て、線が一つに繋がった。


「余白の印が入口にも付いてる」


「見張りじゃなく、振り分けの印か」


 グラムの言葉は正しかった。

 この印は「入るな」という意味ではない。「ここへ回せ」という意味なのだ。紙でも、人でも、通常列から外したものをこの通路の先へ寄せるための合図。


 扉の内側から、かすかな咳が聞こえた。

 アシュレイの背筋が強張る。

 想像ではなく、実際に人がいる。


 リーゼが先に動いた。


「開ける?」


「開けます」


「正面から?」


「正面からしかありません」


 ここでこそこそ回っても意味がない。中に人がいるなら、数と状態をまず見る必要がある。


 グラムが縄を外した。

 外す手つきは慎重だが速い。境門番の仕事は、入るなと入れろの線引きを毎日している。その延長にある動きだった。


 板戸を押すと、内側は想像以上に狭かった。

 旧倉庫の搬入口を半分だけ仕切り直し、寝台にもならない木台を三つ置いてある。壁際には水桶が一つ。食器は二つ。人を養う場所ではなく、人が完全に消えるまで置いておく場所だ。


 中には四人いた。

 老人が一人、若い女が一人、痩せた少年が一人、そして熱の高い男が一人。みな札を持っていない。正確には、札を外された跡だけが衣に残っていた。


 セルマがいなくて正解だったと、アシュレイは一瞬だけ思った。

 ここを見たら、彼女は怒りより先に、今すぐ運び出そうとしただろう。だが今この場に必要なのは激情だけではない。ここが存在している事実を、向こうが消せない形で持ち帰ることだ。


「水は」


 アシュレイが問うと、若い女が桶を見た。


「朝に一度」


「食事は」


「昨日の昼」


 グラムの表情が硬くなる。

 リーゼは黙ったまま、木台の角の布切れを指で拾った。そこには薄く、施療継続印の痕が残っていた。つまり、ここにいる者の一部は、最初から完全に列の外だったわけではない。


 《死簿照覧》が、四人の周囲に鈍い線を描いた。

 死亡確定前待機。

 その文字が浮かんだ瞬間、アシュレイは歯を食いしばった。


 やはりそうだ。

 隔離保全は、回復のための隔離ではない。通常列へ戻すための保全でもない。死んだことにする前に、生者を責任の届かない場所へ退けておくための保全だ。


「戻しますか」


 グラムが低く問う。


 難しい問いだった。

 今ここで全員を外へ出せば、この隔離庫の存在は相手に知られる。そして次からもっと深い場所へ移される。

 だが見たふりをして戻れば、四人はこの夜を越えられないかもしれない。


 アシュレイは若い女の顔を見た。

 目だけはまだ死んでいない。ここが終わりの部屋だと、まだ信じきっていない目だ。


「二人だけ先に出します」


 リーゼがこちらを見る。


「なぜ全員じゃないの」


「四人全部を一度に動かすと、向こうがすぐ穴を閉じます」


「じゃあ残る二人は」


「印と人数を残します。存在を消せないようにしてから、次に動きます」


 正しいかどうかは分からない。

 だが、今必要なのは一回の感情で全部を掴みに行くことではなく、ここが制度として存在していると証明することだった。


 グラムは短く頷いた。

 リーゼは不満を飲み込んだ顔をする。飲み込んだまま残るその熱も、大事だとアシュレイは思う。誰かがすぐ怒り、誰かがすぐ数える。その両方がないと、こういう場所は止められない。


 彼は壁の木板へ、見えにくい位置の刻み傷を見つけた。

 日付。人数。短い印。

 ここは今日初めて使われた場所ではない。前からあった。何度も使われ、そのたびに数だけ刻まれてきた。


 隔離庫の入口。

 ついに、語の先にある部屋まで辿り着いた。

 だが辿り着いたから終わりではない。ここからは、部屋の存在そのものを、向こうの紙の上へ押し返さなければならない。


 アシュレイは四人の顔を覚えた。

 数ではなく顔で覚える。

 それをしないと、制度の奥へ降りた時、人をまた紙の束に戻してしまうからだ。


 外へ出る時、冷気はさっきより強く感じられた。

 通路の向こうには普通の朝が残っているのに、この入口の先だけが、もう半分死の側へ傾いている。


 そこを見た以上、引き返す余地はなかった。

 次に必要なのは告発ではない。

 隔離庫の存在を、戻せない列、閉じた札束、余白の印、その全部と一緒に、一つの形へ束ねる紙だった。

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