Episode 048: 側柵列の午後
封緘目録の欠番が見つかった日の午後、アシュレイは配給小舎の側柵へ呼ばれた。
側柵列。
正式な列ではない。窓口前の主列からは外されているが、完全に帰されたわけでもない。日陰と壁のあいだ、半端な場所へ寄せられた人間が、何となくそこで待たされる。待つ理由も、いつ終わるかも、はっきり言われない。
制度が一番人を消しやすいのは、こういう列だ。
主列なら目が届く。完全な差し戻しなら記録が残る。
側柵列はその中間にある。誰も「正式に並んでいる」とは言わず、けれど勝手に帰れとも言わない。だから記録から落ちやすい。
今日の側柵列は六人。
母親と子どもが二組、独りの老人、荷車番の若者。壁にもたれる姿勢が、どの人も似ている。待つのに慣れてしまった姿勢だ。
セルマはすでに一人の子を診ていた。膝を折って、喉と額を順に触れている。
「熱が上がってる」
彼女は振り向かずに言った。
「今朝の主列から外された」
「理由は」
「『確認待ち』」
便利な語だ。確認待ち。何を、誰が、いつまで確認するのかは言わないまま、人だけ置いていける。
アシュレイは側柵の足元を見た。土が踏み固められ、壁際だけ黒く湿っている。つまり、この列は今日急にできたのではない。以前から繰り返し使われている。配給小舎が混んだ時の一時避難ではなく、恒常的な溜め場所だ。
《死簿照覧》が、列の頭に立つ老人の札へ細い色を走らせた。
主列離脱。
再配分待ち。
停留接続予備。
停留接続予備。
まただ。
主列から外し、差し戻しにもせず、側柵へ置き、そのまま別口へ送る。配給小舎はただ遅いのではない。列そのものを枝分かれさせている。
リーゼが壁の影を見ていた。
「柵の向こう、足跡が二方向ある」
「窓口へ戻る方と、裏道へ抜ける方ですか」
「そう。戻れる人と、戻れない人がいる」
言葉にされると、その嫌さが増す。列の後ろへ回ることすらできず、別の道へ流される人間がいる。しかも、その流し方は正面からは見えにくい。
アシュレイは配給小舎の担当書記へ向かった。今日の担当は見慣れた女だった。昨日の臨時係よりは現場を知っている顔だが、そのぶん「何も知らないふり」もうまい。
「側柵列の基準を見せてください」
彼が言うと、書記は露骨に困った顔をした。
「基準なんて大げさなものじゃないよ。混んでる時に少し外で待ってもらうだけ」
「では、主列へ戻す順番は」
「空いた順」
「さっきの老人は一刻以上待っています」
書記は答えず、帳面の頁をめくるふりをした。
答えがない時も、答えになる。空いた順ではない。戻す順も、戻さない順も、別にある。
セルマが子どもを抱えた母親へ施療継続札を出そうとした時、書記は慌てて声を上げた。
「側柵列は仮扱いだから、札は困るよ」
「困るのはあなたでしょう」
セルマは顔も上げない。
「この子は熱がある。列の名前が何でも、必要は変わらない」
仮扱い。
それが今日の鍵だった。正式列ではないから記録しない。記録しないから戻しても戻さなくてもよい。戻さないまま、他へ回せる。
アシュレイは側柵の六人に目を走らせた。
誰が一番先に裏道へ流されるか。
それを決めるのは病の重さではない。むしろ、声が小さく、付き添いが少なく、戻せと言う人間がいない者だ。制度はいつも、一番弱い黙り方から切る。
彼は停留簿の余白へ、新しい欄を作った。
主列。側柵。裏道。
配給だけではない。列の途中に仮の置き場があり、その仮がそのまま消失の入口になる。なら、側柵列も正式に数えるしかない。
夕方には、六人のうち二人が主列へ戻り、一人が施療院へ行き、残る三人はまだ壁際にいた。
三人。
数字としては小さい。だが、こういう小さな列が、後で丸ごと「見当たらない人」になる。
列の主役は、いつも主列ではない。
制度が人を消す時、本当に見るべきなのは、こういう柵の脇の半端な列なのだと、アシュレイはその午後でようやく掴んだ。




