表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処刑台帰りの下級書記官は、死簿に載らない死を読む 〜辺境州で消される名前を紙と印で取り戻す〜  作者: ねむりネコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/101

Episode 040: 封じ込め印の雛形

 生者の混入を見た翌日、前庭の空気は妙に静かだった。


 列が短いわけではない。むしろ、いつも通り人は並んでいる。だが、騒ぐ理由さえ削られ始めた時の静けさだ。差し戻され、待たされ、別の列へ回され、それでも声を上げても変わらないと知ると、人は黙る。


 そういう黙り方の中で、一番怖いのは新しい印が増える時だ。


 マレナが、封緘側の小机から一枚の紙を持ってきたのは昼前だった。


 彼女は周囲を見てから、紙を折ったままアシュレイへ差し出す。顔色は悪くないが、声は低い。


「見せるだけ」


「持ち出しは?」


「無理」


 紙を開くと、そこには新しい印の見本が並んでいた。


 仮保全。再照合。要観察。

 そして、一番下に小さく、封じ込め保全。


 墨色は他と同じだが、輪郭が新しい。最近彫った印だ。しかも雛形の並びを見る限り、単独の緊急印ではない。通常運用へ組み込むつもりで作られている。


 アシュレイは喉の奥が冷たくなるのを感じた。


 封じ込め保全。

 聞こえだけなら穏当だ。保全という語がついていれば、守るための処置にも見える。だがこの数日で学んだことがある。州都の語は、守る対象ではなく、切り離す対象につくことがある。


「どこで使う」


 彼が問うと、マレナは唇を結んだ。


「まだ正式じゃない」


「それは知っています」


「停留、施療、配給、埋葬、どこにでも差し込める形で作ってる」


 最悪だった。個別の例外印ではなく、横断的に使える印として準備している。つまり今後は、どの列でも「一時的に別保全へ回す」という名目で人を外せるようになる。


 マレナは紙を取り返す前に、一箇所だけ指先で叩いた。


「ここ」


 印の下にある注記欄だ。


 封じ込め保全適用時は、通常返送理由の記載を省略し得る。


 理由を書かなくていい。そこが本体だった。印そのものではなく、理由欄を消すための印。これが現場へ降りれば、差し戻しも遅延も、全部ひとつの語に吸い込まれる。


 リーゼとセルマを呼んだ時、二人ともすぐに意味を飲み込んだ。


「要するに、『いま理由は書けません』を正当化する札だ」


 リーゼが吐き捨てる。


「あとでいくらでも言い換えられる」


 セルマの声は低い。


「施療院で使われたら終わる。熱がある人間を、理由なしで外へ出せる」


 グラムも紙の説明を聞いて顔をしかめた。


「境門でも使えるな。『保全のため停止』で、誰でも足止めできる」


 各現場の役割で見れば、全員が違う危機を見ている。だが全部同じ印へ繋がる。そこがこの雛形の怖さだった。


 アシュレイは注記欄の文言を急いで写した。正確な字面が必要だ。雰囲気だけでは戦えない。あとで「意味が違う」と言われた時、こちらが勝てるのは文言を残した場合だけだ。


「どれくらいで現場へ降りますか」


 マレナは少し迷ってから答えた。


「早ければ三日。遅くても七日」


 余裕はない。


 封じ込め保全が来る前に、こちらは今の線を固定しなければならない。配給列の遅延、埋葬簿への混入、査閲机の差し戻し、焼却線への流し込み。それらを別の問題として扱う時間はもう終わる。向こうは全部を一語へまとめてくる。


 ならこちらも、別々に見えていた線を一つの告発へ束ねなければならない。


 小さな紙一枚の見本なのに、前庭の空気は急に重くなった。


 封じ込め保全。

 名前だけなら、何かを守る印に見える。

 だが実際には、見えない場所へ押し込むための印だ。


 アシュレイは写し終えた紙を畳み、胸の内で短く数えた。


 三日。

 最悪でも七日。


 その前に、今ある証拠を一つの形へまとめる。でなければ次は、列も紙も札も、全部「封じ込め」の一語で飲まれる。


 初めて、敵の側が次に何を言うかを先に見た気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ