Episode 029: 査閲順の作られ方
査閲隊が来ると聞いた時、アシュレイは最初に帳簿の中身ではなく、机の並びを見た。
停留小屋の前庭には、朝の霜を踏み崩す音が細かく響いていた。州都から持ち込まれた折り机が三つ、間隔を揃えて置かれている。中央の机には返送印、右端には封緘紐、左端には仮受理札。どれもよく磨かれていて、この辺境の土気とは妙に合わない。
だが、本当に不自然なのは、机ではなく人の流れだった。
配給側、施療側、埋葬側。小屋へ持ち込まれる簿冊は、その三つに大きく分かれる。普通なら、到着順か、扱う簿冊の種類ごとに並べる。ところが今日の査閲隊は、机へ運ばれる順を細かく入れ替えていた。埋葬簿の次に停留簿、その次に配給の控え、また埋葬簿。いずれも整然として見える。だが、整然としているからこそ、誰かが作った順番だと分かる。
アシュレイは机の脇で、簿冊の角に残る泥の乾き方を見た。夜明け前に届いた簿冊と、つい今しがた運ばれた簿冊では、革紐の湿り気が違う。見れば分かる嘘を、向こうは堂々と机の上でやっている。
「来た順じゃない」
リーゼが隣で言った。
「ええ。埋葬側だけ、朝いちばんの分が後ろへ回されてます」
「死んだ順番まで、勝手に並べ替える気?」
怒気より先に、嫌悪が来ていた。リーゼにとって遺体の順番は、ただの事務処理ではない。最後に誰の手で送られるか、その線が乱れることだからだ。
アシュレイは、左端の仮受理札の束へ目を落とした。《死簿照覧》が、紙の重なりの奥で薄い赤を返す。表から見える札は二十七枚。だが、その下に別の束がある。札の角が、ほんの僅かに浅い。後回しにする分だけ別に抜き、机の見える場所には「処理している量」だけを残している。
列が進んでいないように見えない工夫だ。
セルマは施療簿を抱えたまま、低く息を吐いた。
「待たせるだけならまだしも、遅れた責任を列に押しつける気ね」
「そうです。『今日は件数が多い』で済ませるための順番です」
彼は中央机の書記官が筆を置く間を数えた。受理、押印、差し戻し。三つの動作のうち、差し戻しの時だけ筆が長く止まる。文面を読むのではない。どの机へ回すか考えている顔だ。
査閲とは名ばかりで、実際は分配だ。
通すもの、遅らせるもの、焼くもの。最初からその区別が決まっている。
前庭の端で、グラムが兵を二人立たせていた。見張りのためではなく、今日の混乱が喧嘩へ転ぶのを防ぐためだろう。列に並ぶ者たちは大声を出さない。だが、静かな列ほど危ういものはない。寒さと空腹で口数が減り、誰も騒がないまま一人だけ倒れる。辺境では、その形のほうが多い。
「アシュレイ」
グラムが顎で机を示した。
「止めるのか」
「今はまだ止めません。止めれば、『査閲の妨害』で終わります」
「なら何をする」
「順番を写します」
答えると、グラムは眉をしかめた。拍子抜けしたのだろう。だが、ここで必要なのは怒鳴り込みではない。今日、どの簿冊が何番目に机へ置かれ、何分後に返され、どの札が見える場所から消えたか。それが残れば、後で「偶然遅れた」とは言わせにくくなる。
アシュレイは停留簿の余白へ、到着時刻と机に乗った順番を書き始めた。
一冊目。埋葬簿。到着から十八分保留。
二冊目。配給控え。到着から七分で差し戻し。
三冊目。施療簿。到着から二十五分で封緘側へ。
数字だけ見れば単なる遅延だ。だが、誰の簿冊が止まるのかを重ねると、線が出る。止まるのは、施療継続の印があるもの、埋葬前照合が必要なもの、配給遅延と結びつくものだ。つまり、後で「別勘定へ移せる余地のあるもの」から遅くなる。
リーゼが声を潜めた。
「昨日の女の子の家、配給の控えがまだ返ってない」
「分かっています」
「今日ここに出たら?」
「その時は、その順番ごと残します」
査閲の列というのは、並んだ人間にとっては待つだけの時間に見える。だが机の上では、その遅れ自体が刃になっている。
アシュレイは中央机の脇で、書記官が封緘紐を一本だけ左手へ寄せたのを見た。次に遅らせる簿冊を、もう決めている。
ここは査閲の場ではない。
誰を先に弱らせるかを決める場だ。
ならこちらも、内容だけではなく、順番そのものを奪わなければならない。




