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処刑台帰りの下級書記官は、死簿に載らない死を読む 〜辺境州で消される名前を紙と印で取り戻す〜  作者: ねむりネコ


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Episode 028: 停留再配分の入口

 配給列の遅れを追っていたはずが、気づけばアシュレイは別の入口の前へ立っていた。

 停留再配分。紙の上では何度も見た語だが、実際にどこで人がそちらへ曲げられるのかは、まだ掴めていなかった。


 夜に入ってから、グラムとリーゼを連れて配給小舎の裏通路を辿る。

 空気は乾いているのに、壁に触れると水気が冷えている。石と木の境目に黴の匂いが溜まり、人が長く留まる場所ではないとすぐ分かる。


 通路の先には、半分だけ柵で囲まれた空き場があった。

 以前は荷車の予備輪を置いていた場所らしい。今は輪の代わりに、薄い板机と三脚の灯り、そして小さな木箱が一つ置かれている。


 木箱の中には札。

 色の違う札。

 配給の仮受理札に似ているが、端の切れ込みが違う。


「ここだ」


 グラムが低く言った。


「ええ」


 アシュレイも頷く。

 《死簿照覧》が、木箱から空き場の床へ、さらに奥の倉口へと一本の線を伸ばしていた。これが入口だ。列から落とした人間を、別の扱いへ切り替える最初の机。


 リーゼは木箱を覗き込み、すぐに視線を上げた。


「表で見た札より切れ込みが深い」


「意味は分かりますか」


「急ぎじゃない。むしろ逆。後回しにしやすい切り方」


 布や札を扱う人間は、穴や切れ込みの意味を身体で覚えている。

 アシュレイには文字が先に見えるが、リーゼには形の癖が先に見える。それが助かった。


 セルマはいない。

 施療院を空けられないからだ。だが彼女の言葉は残っている。見るだけで終えるな。見た先で、何を残すかまで考えろ。


 アシュレイは木箱の札を一枚だけ持ち上げた。

 表には停留再配分。

 裏には小さな余白印。

 そして欄外には、通常照会後日、とだけある。


 後日。

 その語の便利さに、思わず笑いそうになった。今日扱わないことを、後で扱うように見せかける言葉だ。実際には、その「後」が来ない人間がいる。


「待たせた先にこの札を切る」


 グラムが言う。


「そうです」


「戻れるのか」


「戻れる形にはなっていません」


 それが重要だった。

 停留再配分という語は、一時的な振り替えに聞こえる。だが入口の作りを見る限り、ここへ入れられた人間は、通常の配給列へ戻る前提で扱われていない。


 アシュレイは机の横の控え板を見た。

 日付。人数。箱番号。

 そこには名前がない。つまり、ここでは個人ではなく口数として処理する。名を消し、量だけを見る入口だ。


 リーゼが小さく舌を鳴らした。


「雑だね」


「雑にしたいんです」


 人を名で扱うと、戻す時に面倒が増える。

 誰をどこから落としたか、どの印を剥がしたか、どこへ返すか。

 だが口数なら、そのまま別勘定へ流せる。間違いではなく、整理として。


 その時、足音が一つ近づいた。

 三人は息を止める。

 通路の向こうから現れたのは、昼に配給小舎で見た臨時係だった。彼は木箱へ迷いなく手を入れ、二枚の札を抜くと、奥の倉口へ消えた。


 迷いがなかった。

 つまり、この入口は即席ではない。あの補助係ですら、どの札をどこから抜くか知っている。向こうでは既に手順になっている。


「見た?」


 グラムが小声で言う。


「見ました」


「もう証拠だろ」


「証拠です。けれど、まだ弱い」


 目撃だけでは逃げられる。

 必要なのは、どの列から、どの札で、どの人数が、どの入口を通って、どこへ消えるか。その一連の流れだ。


 アシュレイは控え板の人数を写し、木箱の切れ込みの形を写し、余白印の位置も写した。

 ここは配給列の裏手にある。つまり、表で人を待たせ、弱らせ、声を小さくした後で、ここへ送っている。偶然ではない。順番として設計されている。


 その設計が見えた以上、第五章の終わりは遅延ではなく入口で閉じるべきだと分かった。

 敵は列を壊しているのではない。列を入口に変えている。


 アシュレイは木箱を元の位置へ戻した。

 今ここで奪えば、明日には場所を変えられる。今日は奪わない。位置、数、切れ込み、余白印、その全部を持ち帰る。


 通路を戻る時、夜気はさらに冷えていた。

 だが胸の内側は、冷えるより先に固まっていた。

 停留再配分の入口。

 ようやく、紙にしか見えなかった語が、机と箱と人の手つきとして現れた。


 ここから先は、列の遅れを嘆く段階ではない。

 入口を塞ぐか、入口の存在を上へ押し返すか。

 次の章は、そのどちらかを選ばされるところから始まる。

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