表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処刑台帰りの下級書記官は、死簿に載らない死を読む 〜辺境州で消される名前を紙と印で取り戻す〜  作者: ねむりネコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/101

Episode 023: 閉じられた窓口

 敵意というものは、怒鳴り声の顔をして来るとは限らない。

 たいていは「本日より一時停止」の札みたいな顔をして来る。


 その朝、州境監査小屋の窓口板には、州都監督局の仮達しが釘で打ち付けられていた。

 監査照合に伴う混線整理のため、埋葬許可補記、州路補填付記、施療連携補助の臨時受付を停止する。文としては整っているが、現場で読むと意味は一つだ。余計な書き足しを一切させない。


 アシュレイは板の前で立ち止まり、達しの下にできた行列を見た。

 埋葬札を書き直したい老婆、施療返送の確認を取りたい男、州路で止められた荷札の補記を求める若い運び手。誰も大きなことを言いに来ているわけではない。暮らしの小さな継ぎ目を直したいだけだ。


 それが全部、閉じられた。


「今さら混線整理だってさ」


 リーゼが吐き捨てる。

 彼女はすでに埋葬地帰りで、袖口に凍った泥がついていた。夜のうちに一人死んだのだろう。泥の色で分かる。掘り返したばかりの浅い土の色だ。


 《死簿照覧》は、達しの本文より列に濃く走った。

 欠けは紙にではなく、待つ人間の順番に出る。補記が止まれば、その順番がそのまま未処理へ変わる。未処理は遅延になり、遅延は不明になる。不明は死簿から抜ける。


 仕組みとして、あまりにも綺麗だった。


「列を動かさないのが目的だ」


 アシュレイが言うと、セルマが施療箱を抱えたまま頷く。


「窓口を閉じるだけで、後で確認不能って言える」


 そこへ、列の三番目にいた若い女が口を開いた。

 背に子を負っている。頬が削れて赤い。


「あの、うちの父の埋葬札だけでも……昨日の夜に運ばれて」


 リーゼがすぐ返しかけたが、アシュレイは一歩先に出た。


「誰が運びました」


「州路の橇です。袋の口に青い印があって」


 青い印。州都監督局の仮整理札だ。死者にまで仮整理をかけている。


 アシュレイは喉の奥の鈍痛を無視して、窓口板の達しを読み直した。

 停止しているのは補記だけで、死体受領確認までは止めていない。つまり受け取った証だけなら残せる。


「正式補記は今できません」


 女の顔が曇る。

 そこへ続けた。


「ただし受領確認なら切れます。埋めた事実と袋番号は残せる」


 グラムが横で眉を上げた。達しの隙間を使うつもりだと分かったのだろう。


「それ、向こうが見たら何て言う」


「受領確認です。補記ではありません」


 紙は紙で返す。

 禁止された語を避け、残せる語だけを使う。それも役人の仕事だった。


 リーゼが女を小屋裏の机へ回した。


「袋番号、顔、左手の癖、全部教えて」


「左手?」


「死んでも癖は残る時がある」


 リーゼの言い方は冷たいが、内容は優しい。死者を雑に「一袋」にしないための確認だ。


 列の後ろでは、別の男が不満げに声を上げる。


「結局今日は何もできないんじゃないか」


 その苛立ちも当然だった。窓口が閉じている時、現場の人間は「何もしていない」と見える。だが実際には、何もできないようにされている。


 アシュレイは列を見渡した。

 十五人。全員を今さばけるわけではない。だから今日は優先順位を変えるしかない。誰から正式ではなく残る形を作るか。


「セルマ」


「分かってる。熱がある順に見る」


「リーゼは埋葬受領」


「あんたは?」


「州路の補填停止で止まってる荷札を拾います」


 グラムが鼻を鳴らす。


「結局、閉めた窓口の脇で別の窓を開くわけだ」


「そうです」


 それが今回の読み替えだった。

 敵は手を止めたいのではない。手続きの流れを止めたいのだ。窓口板を閉じれば、紙の流れは止まる。流れが止まれば、現場の人間は自分から諦めて帰る。その諦めこそが、向こうの勝ちになる。


 ならこちらは、正式な窓でなくても流れを細く残すしかない。


 アシュレイは壁板へ新しい紙を貼った。

 正式補記停止中につき、受領確認、袋番号照合、施療継続印の事実確認のみ別席対応。字は小さい。だが読める人には十分だ。


 州都の達しの真下に、それを貼る。

 横から見ると滑稽だった。大きな命令紙の下へ、細い現場紙を差し込むだけ。だがこの程度の反抗でも、現場では意味がある。誰かが帰らずに済む。


 背の子を抱えた女は何度も頭を下げた。

 アシュレイはそれに答えず、受領札へ番号を書いた。礼に応じると、自分たちが善意で回しているように見える。これは善意ではなく、止められた流れの修復だ。


 その時、達しの端が風で少し浮いた。

 下から見えたのは、別の古い釘穴だ。最近まで、ここにも何か別の達しが貼られていたらしい。


 閉じられた窓口は、今回が初めてではない。


 そう分かった瞬間、この仮停止は一時措置ではなく、以前から使われてきた圧力手順の再使用だと理解できた。

 敵は思いつきではなく、前例で殴っている。


 その事実は嫌だった。

 だが同時に、手筋が読めるということでもあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ