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処刑台帰りの下級書記官は、死簿に載らない死を読む 〜辺境州で消される名前を紙と印で取り戻す〜  作者: ねむりネコ


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Episode 022: 二通目は握り潰させない

 二通目を書く夜は、最初の告発草案より静かだった。


 静かであること自体が悪いわけではない。悪いのは、全員が静かなまま緊張している時だ。小屋の中では紙の擦れる音と、火鉢の炭が崩れる微かな音しかしていない。誰も無駄口を叩かない。言葉を使えば、そのぶんだけ覚悟が形になると分かっているからだ。


 長机の上には、今回使う束が絞られていた。隠し列の木札片、州路二重印の照合写し、施療順板の二重進路写し、冬菜庫私控え、それに旧保全署の古語写し。


 前の草案は「放置できない不整合」だった。今回は違う。不整合の列挙ではなく、構造の提示だ。


 アシュレイは紙の冒頭へ書いた。


 州境における停留・施療・埋葬・州路補填の各工程は、現行上別管理とされているが、実務上は保全三帳相当の連続処理を形成している。ゆえに、その分断的運用自体が保全欠損を生む。


 乾いている。だが一通目より深い。相手が一番嫌がる形だ。局を跨いで見ていると宣言している。


「読まれた瞬間、握り潰されるんじゃない」


 セルマが言った。


「そのままなら」


 アシュレイは紙から目を離さず答えた。


「だから経路も変えます」


 今回の鍵はそこだった。一通目で分かった。州都便の途中箱が削る。なら二通目は同じ道へ載せてはいけない。


 グラムが机へ小さな木札を置いた。守備隊の巡回認識札だ。


「正式には貸してない」


「ありがとうございます」


「礼は要らん。見つかったら没収される」


 この札があれば、州都便ではなく守備巡回の確認袋へ紛れ込ませられる。完全な安全ではない。だが同じ中継箱へ落ちるよりはましだ。


 リーゼは隠し列で拾った木札片を布へ包み直していた。


「これ、本当に入れる?」


「入れます」


「物証としては強い。でも見つかったら向こうも本気になる」


「もう半端な本気ではありません」


 その会話の間も、アシュレイは書き続ける。旧保全署準則第三綴、記録遅延ハ保全欠損ト同視。停留対象ヤレクの二重進路事例。冬菜庫帳尻差三袋。州路中継印二系統確認。隠し列の存在。


 全部を怒鳴らない。順に並べる。順に並べることが、そのまま刃になる。


 途中で咳が来た。喉を押さえると、少しだけ掌が赤い。リーゼが無言で湯碗を寄せた。セルマはそれを見ても何も言わない。ただ薬袋の口を締め直す。これも一種の連携だった。今ここで「休め」と言っても休まないと分かっているから、言わずに次の作業を足す。


 グラムが外の気配を聞きながら言った。


「もし届いたとして、その後は」


「監督局は直接潰しに来ます」


「言い切るな」


「来る前提で動くしかありません」


 それが今の現実だった。二通目は、通れば効く。効くからこそ、通した側も切られる。


 アシュレイは最後の結語を書いた。現場における保全欠損が継続し、なお分断運用が維持される場合、当該欠損は偶発ではなく制度管理責任に帰属するものと判断する。


 管理責任。ここまで書けば、単なる現場の泣き言では済まない。上へ責任の線を引く紙になる。


「よし」


 自分でも驚くほど小さい声だった。


 セルマが紙を受け取り、数字の行だけを先に確認する。リーゼは木札番号と埋葬日を照らし合わせる。グラムは経路札の紐を結ぶ。四人がそれぞれ自分の役目で、この一通を完成へ寄せる。


 少し前までの自分なら、ここで「仲間が揃った」と書いて終わっていただろう。だが実際はそんなに綺麗ではない。誰も完全に安心していないし、互いを全面的に信じたわけでもない。ただ、ここまで来ると、切られたら自分の仕事も一緒に死ぬと理解している。連帯は好意だけでできるわけではない。


 封を閉じる時、アシュレイは一瞬だけ迷った。旧保全署の古語写しを同封するか、要旨だけを本文へ残すか。


 強くするなら同封だ。危険を減らすなら要旨だけだ。


「入れるの?」


 セルマが聞く。


「入れます」


「やっぱり」


「この紙の一番嫌なところを、向こうに見せる必要があります」


 リーゼがため息をついた。


「本当に、死ぬほど役人向きだね」


「褒めてますか」


「半分くらい」


 少しだけ、空気が緩んだ。空疎な軽口ではない。何かを一緒に賭ける前の、呼吸の合わせ方だった。


 封蝋が固まり、巡回札の紐が通る。二通目は、一通目よりずっと危険で、ずっと通る価値がある。


 アシュレイは箱を見つめた。これが握り潰されれば、次は紙の段階では済まない。監査小屋そのものへ手が入る。リーゼかセルマが飛ばされるかもしれない。自分はもう一度処刑に近い形で切られるかもしれない。


 それでも送る。


 握り潰される前提で書くのではなく、握り潰させない経路まで含めて紙を作る。それが、ここからの戦い方だ。


 扉の外で、守備巡回の合図が一度だけ鳴った。


 グラムが箱を抱える。


「戻らなかったら、分かるな」


「はい」


「その時は、もう隠れて紙は書けんぞ」


「分かっています」


 分かっている。だからこそ送る。二通目は告発ではなく、境界線だ。ここから先、この監査小屋が本当にただの辺境施設でいられるかどうかを決める線だった。

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