最終話 旅立ち
アライオルの真実を知ったラカは、
胸の奥に深い痛みを抱えながらも、
ひとつの答えに辿り着く。
――女装剤なら、魔女喰らいを救えるかもしれない。
罰を受けるかもしれない。
報われないかもしれない。
それでも、愛した人を救いたい。
ラカは決意する。
旅立ちの時が来たのだと。
・⋯━☞ラカの家☜━⋯・
アライオルが「魔女喰らい」と呼ばれる、
「魔女だけがかかる病」に罹患していた事実を知り、
ラカは胸を刃で突き刺される思いだった。
なぜなら「魔女喰らい」とは、魔女にだけ感染する
可能性があるというのが通説だからだ。
なのでアライオルは、ラカと一緒にいれば、
きっとラカにも魔女喰らいが感染すると考え、
そしてラカから離れて行ったのだと確信したラカ。
アライオルは、
ラカを裏切ったわけではなかった。
それを知ったラカは、生まれて初めて本気で泣いた。
誰の目にも触れられることなく……
それから更に半年が経ち、
ラカの出した結論は……
「女装剤なら、魔女喰らいをも治せるかもしれない」
という、仮説であった。
だからラカは、決意した。
二度と世には出さまいと決めた「女装剤」。
今では、国全域に、
「魔女の呪の魔法薬について、
作ることも、話すことも、
所持することも認めない」という、
「緘口令」が敷かれてはいる。
もし、この緘口令に背くことになれば、
非常に重い裁きを受けることになる。
だが、もう国中に知れ渡っているのは事実。
「男を女に変身される呪の魔法薬」
として広く知られ、いつの間にか、
「女装剤」と呼ばれることとなっていた。
そんな、女装剤。
所持することも認めない……
バレたら重い罰を受ける……
それがどうした!
魔女一人救えるのなら、罰の一つや二つ!
これは、賭けでもあった。
実際に、女装剤が魔女喰らいに効くのか?
本当のことは、誰にも分からない。
女装剤は、ラカ自身が開発した魔法薬だ。
本人が分からないのだから、賭けるしかない。
でも、本当にアライオルは、
今でも生きているのだろうか?
魔女喰らいに罹患した魔女は、
かなり高い確率で死に至るらしい。
でも、なかには「人に成り下がり」生き残った
「元魔女の人」も、いるのは事実だとか。
なら、賭けない理由はない。
たとえ、女装剤に効き目があり、「魔女喰らい」を、
追い払い完治したとしても、
ラアイオルは女性へと変身してしまう。
また……
たとえ、人として生きていたとしても、
魔女であるラカよりも、ずっと早く年老いて、
魔女であるラカよりも、ずっと早く居なくなる。
どの結果に転んでも、ラカにとっては、
決して、「幸せな結果」とは言えないかもしれない。
それでもラカは、行くと決めたのだ。
カチャカチャ……ゴソゴソ……
「ふぅ~……こんなものかしら?」
ラカは、旅に出るため荷物の仕込みをしていた。
もちろん、アライオルを探す旅のためである。
予測できる事態に備えて、ありとあらゆる物を、
マジック・バッグに詰め込んだ。
「まあ、これで大丈夫でしょう!」
すると、そこへ……
コンコンコン!
「あら、誰かしらこんな朝早くに……はいはい!」
カチャカチャ……カチン!
ガチャ! キィイィイィ~~~……
「やあ、魔女さま!」
「これは村長さん! あら、村の皆まで!
いったい、なんの御用かしら?」
「ははは、なんの御用とは水臭いなぁ!」
「「「「ワイワイガヤガヤ……」」」」
「え?……まさか、私の出立を見送る気?」
「もちろんさ!」
「あらそう? せっかく皆がまだ寝ている間に、
こっそりと出て行くつもりだったのに……」
「まあまあ、そう言わずに!」
「そうさ! つれないこと言うなって!」
「そうよそうよ! 私たち、今まで魔女さまに、
すっごいお世話になったんだもの!」
「そうよー! せめて見送るくらい……」
「みんな……」
村の皆の目には、うっすらと涙が滲んでいた。
ラカも、そんな皆につられて、涙を流しかけたが、
「魔女は涙を見せないもの」
ここは、ぐっと堪えるラカだった。
・⋯━☞村はずれの岬☜━⋯・
ザザザザァーー……
ザザザザッパァ~~~ン……
岬の崖に、波がぶつかり水しぶきが飛ぶ。
ラカには、そんな海の波しぶきの潮の味と香りが、
いつもよりも、強く感じるのだった。
まるで、自分の代わりに
海が泣いてくれているかのように……
「魔女は泣かない……
魔女は涙を見せないもの……」
ラカは、絶対に泣かないと誓う。
だってラカは、魔女だから……
「……なんだか、いつもよりも静かね」
「きっとファルバール岬も、
魔女さまの旅立ちを祝福してくれてるのさ!」
「そうね……そうだといいわね」
そう、村長が呟く。
ここは、村のはずれの「ファルバール岬」。
一説によると、「別れ」の意味だとも言われている。
確かに、別れなのかもしれない。
魔女は、人よりも遥かに長生きである。
たとえ村にいたとしても、
魔女はいくつもの別れを。
体験することになるだろう。
そんな魔女にとって、ファルバール岬は、
まさに、ピッタリな場所ではないだろうか。
この後、何度も辛い別れを体験するくらいなら、
今、ここで、一度に沢山体験すればいい。
後で、何度も辛い思いをしても、
そのとき、涙を流せないくらいなら。
ふと、村の皆の顔を見ると、
ほとんどの人たちは、
溢れる涙を拭うことなく流していた。
「ううう……ま、魔女……さまぁ……」
「……うん」
「ど、どうか……お元気で……」
「……うん」
「手紙ちょうだいね! きっとよ!」
「……うん」
「魔女喰らいに負けるなよ!」
「……うん!」
「いつでも帰ってきていいのよ?」
「……………………うん」
「俺……魔女さまが好きだったのに」
「………………ふっ……うん」
「あれ? フラれちまったか?」
「「「「クスクスクスクス……」」」」
「…………みんな」
「「「「グス……グスグス……」」」」
「…………あははっ お願い! 泣かないで?」
「「「「魔女さぁまぁあぁあぁあぁ~~~!!」」」」
「ふっ……さっ! 私、そろそろ行くわね!」
「「「「魔女さまああああああーーー!!」」」」
「バカね? 魔女は涙を見せないものなのよ!」
「「「「魔女さまあ………………」」」」
「じゃあね! みんな、どうかお元気で!!」
ラカは、みんなに向かって
ウインクしながら投げキッス~♡
そして、箒にまたがり、フワッと浮かんだ。
と、次の瞬間……
時が止まったかのように、静寂が支配した。
波の音も、村の人たちの声も、
そして、ラカの吐息も鼓動も……
その静寂のなか、大魔女ラカは、こう囁いた……
「恋は求めるもの……
愛は与えるもの……
そして、呪の本当の意味は……恋愛」
ラカは、そう言って地面を蹴った!
「「「「魔女さぁあまぁああーーー!!」」」」
ラカは、前を向きざまに、下唇を噛んでいた。
ラカは、最後までみんなの前では、
涙を見せなかった。
また、苦い顔をして眉間に皺シワを寄せ、
ギュッと、下唇を噛んでいたのは、
涙を見せないための、精一杯の痩せ我慢。
そしてラカは、朝焼けの赤い雲に向かって飛んだ。
夕焼けでもなく、星降る夜でもなく、
ラカの旅立ちには、朝焼けが一番お似合いである。
だって、これからラカの旅は始まるのだから……
ーー女装剤(呪の章) 完ーー
読んでくださり、ありがとうございます。
ラカは涙を見せませんでした。
魔女だから。
強くあろうとしたから。
そして、愛する人を救うために前を向いたから。
朝焼けの空へ飛び立つラカの姿は、
別れの痛みと、新しい希望の両方を抱えていました。
“恋は求めるもの。
愛は与えるもの。”
ラカの旅は、ここから始まります。
『女装剤(呪の章)』を最後まで読んでくださり、
本当にありがとうございました。




