女神であるわたしのもとに来る転生者だいたい変人なのなんで?
最近「この仕事むいてないのかも」と思い悩むことが増えてきた。
原因はわかってる。現世で異世界転生ものが流行ったせいだ。
昔は迷える魂を選別し、適切な異世界に導けばそれで終わりだった。管理画面を開きそこそこの能力を与え、新しい人生へと送り出す。ただそれだけの平和な業務のはずだった。
でも、今は違う。
「チートはあるの?」「ハーレムは?」「復讐じゃあああ」と欲望まみれ。
管理画面を開いた時ですら「ステータスオープンだ! ステータスオープン!」と騒ぎ出す始末。
いや、あのね?
女神はカスタマーサポートでもテーマパークのキャストでもないの。
私たちのお眼鏡にかなう魂じゃないと異世界に送る意味もないの。
なによ「俺は勇者じゃなくて勇者パーティーから追放された無能(実は超優秀)なハズレスキル(実は超レア)持ちになりたい」って。ふざけないでよ、現地民がバカじゃないと成立しない環境じゃない!
そんな異世界ありません!
って突っぱねて魂を本来の輪廻にボッシュートしたのも、つい今しがたのこと。
――そんなわけで、私は今日も疲れていた。
魂の中継空間。
真っ白で、静かで、神聖な場所。
本来なら、深呼吸ひとつで心が洗われる――はずなのだが。
「……もしかして」
目の前に現れた青年が、そう声をかけてきた瞬間、私は嫌な予感しかしなかった。
「神様?」
「ええ。御覧の通り女神よ」
「なるほど……」
彼は頷き白い空間をじっと睨んでいた。
「この“白”、塗装ですか? それとも素材そのもの?」
「開口一番にそんなことを気にする魂は初めてね」
私は深く息を吸った。心は洗われなかった。
ここは魂の待機室。雑念を排した純白の空間。神々の間では「無難でクレームが来ないデザイン」として定評がある。
……はずだった。
「白って、汚れが可視化されやすいんですよ」
「……安心なさい。そもそも汚れないから」
「えぇーそんなことあります?」
彼は疑いつつも床にしゃがみ込み、つつーっと指でなぞった。
「嫌な姑!」
思わずツッコミを入れてしまった。
たぶんもう止まらない。
「たしかに埃1つない」
「でしょ? ここは神の領域だから汚れてなんて――」
「あ、しまった。すいません、1つお願いが」
「……なによ」
「お手洗いをお借りしてもいいですか?」
「は?」
「今、床を手で触ってしまったんで手を洗いたいです」
私は顔を覆った。
今までの魂とは別のベクトルで面倒な相手だと気づいてしまったから。
でも不遜な態度だったり身の程をわきまえていないわけでもないので蔑ろにもできない。
詰んだ。
神として誠実な対応をしなければならない。
「……トイレはありません」
「そんな……!?」
「そこまで絶望しなくても……」
「手を洗うだけでいいんですっ!」
「だから水道がないの!」
彼は真剣な顔で私を見た。
「アルコールは?」
「持ってない!」
「除菌シート」
「神界にそんなもの常備してない!!」
沈黙。
そして深いため息。
「本当に神様なんですか?」
「手洗いできないだけで!? 神かどうか疑われた!?」
こんなことは初めての経験だ。
このままではまずい。
完全に彼のペースに呑まれている。
「こ、こほん、こほん……!」
私はわざとらしく咳払いし、心を落ち着ける。
感情的になっては駄目。女神は冷静であるべきだ。
平常心、平常心――っ!
「本題に入りましょう。あなたは亡くなりました。交通事故です」
「即死……だったような」
「ええ、よく覚えていますね」
「飛散物で汚れたり――」
「はい、次! 終わった話じゃなくて未来の話をしますよ!」
死んだ後も清潔でいたいとか筋金入りかっ!
もうやだこの魂。
さっさと送って今日の仕事は終わろう! そうしよう!
「あなたには異世界に転生してもらいます」
「異世界……衛生管理と基準は?」
「基準?」
「上下水道、石鹸、トイレ、入浴文化などなど」
「……それはもちろん、地域差によるわ」
「じゃあ無理です」
「即断!?」
「申し訳ありませんが今回はご縁がなかったということで――」
「どこに帰るつもり!? あなたはもう天に還ってるのよ!!」
急に背を向けた彼を引き止める。
勝手に面接にしないでほしい。しかもなんでこちらが振られた側なのか。
「……女神さま」
「な、なによ」
「うまいこと言いますね。ちょっと面白かったです」
「……」
あれ? もしかして私、今までで一番バカにされてない?
おちょくられてる?
もう諦めてボッシュートしていいも許されるんじゃない?
駄目?
駄目かぁ……。
「で? 転生っていうのは?」
「異世界で新たな生命として生まれるってこと」
「……それって別の肉体に入るってことですか?」
「捉え方としては間違いではないわね」
「つまり中古ってことですか?」
「言い方ァ!」
「前の使用者がいるのはちょっと生理的に無理で……」
「安心して! それは憑依だから! 私が言ってるのは転生! 身体は最初からあなた自身のものだから!」
じゃあいいか、と彼は頷いた。
くっ、異世界ものをちゃんと理解していない子を相手にするのも疲れるっ!
どうしてこう、いい感じに理解したやりやすい子がこないのか。
「いい? 最後に異世界転生の特典を、特別なスキルをあなたに与えます」
「抗菌系ですか」
「はいはい、言うと思いました。今、それっぽいのを探しますから」
私は諦めたように返事をして、管理画面を開いた。正直、さっさと加護を与えて解放されたい。
「見つけました。スキル【完全浄化】効果は本人が不潔だと感じたものを消し去る能力です」
「範囲は?」
「本人を中心に半径一メートル。成長すれば距離は伸ばせます」
「洗濯は?」
「不要」
「風呂は?」
「入らなくても清潔。汚れ、臭い、雑菌、寄生虫、ありとあらゆる”不快”を除去」
彼の目が、大きく開かれた。
「……神様」
「なに」
「今後はあなたを信仰してもいいですか」
「願い下げよ!」
本気の拒絶がでてしまった。
少しだけ悲しそうな顔をするのはやめてほしい。
私が悪いんか? これ――ってなるからさあ!
「あ、あと水を操れる能力ももらえたりしませんか? 水を出したり温度を変えたりできるくらいでいいんで」
「……その程度であれば付け足してもいいけど、大方手を洗ったりお風呂に入ったりするためってところ?」
「よくわかりましたね」
わからいでか。
「スキル【完全浄化】があれば不要だとは思うけど」
「衛生的にはそうです。でも気分的には必須です。潔癖症にとって大事なのは綺麗にした感が大事なんで」
「はいはい、よくわかりませんがわかりました。それでは能力を与えるので手を出してください」
「手、ですか」
青年と握手し、スキルを付与する。
あとは彼を異世界へと飛ばすだけだ。
これが終わったらお風呂に入ろう。
彼に影響されたわけではないけど、今日はなんだか念入りに身体を――
「ぁ、しまった」
「……なによ、まだなにかあるの」
彼はつないだ手を見下ろしてなんだか気まずそうな顔をしている。
「……!」
まさか、こいつ……っ!
「……お手洗いを借りてもいいですか? 手を洗いたいんですけど」
やっぱりこいつ地獄行きでよくない?
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
普段は雰囲気の異なる、異世界作品も執筆しています。
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