噂
それに気づいたのは、
本当に些細なことだった。
昼休み、教室の隅でスマホを見ていた時。
耳に入ってきた会話。
「悠人ってさ、優しいよね」
「分かる。誰にでも」
その言葉に、
指が止まった。
誰にでも。
聞き流せばいい。
今までなら、そうしていた。
でも、その一言は、
胸の奥に、嫌な形で残った。
「この前もさ、放課後一緒に帰ってたよ」
「え、柚月じゃない子?」
別の名前。
知らない名前。
笑い声。
私は、画面を閉じた。
閉じたのに、
頭の中は、音でいっぱいだった。
放課後、
いつものように通知は来なかった。
それだけで、
不安が増幅する。
今までは、
「来ない日もある」で済ませられたのに。
今日は、理由を探してしまう。
忙しいのかもしれない。
たまたま、かもしれない。
でも、
誰かと一緒にいる姿が、
頭から離れなかった。
翌日。
悠人は、いつも通りだった。
「おはよう」
何事もなかったみたいに、
軽く手を振る。
私は、同じように返すことしかできなかった。
「昨日さ」
言いかけて、やめる。
何を聞くつもりだったんだろう。
誰と帰ったの?
どういう関係?
どれも、
聞ける立場じゃない。
「ん?」
悠人が首を傾げる。
「……なんでもない」
それで終わり。
その距離感が、
急に、怖くなった。
昼休み、紗季が言った。
「ねえ、柚月」
低い声。
「悠人のこと、気になってるでしょ」
一瞬、世界が止まる。
「別に」
反射で否定する。
「否定早すぎ」
ため息混じりに言われて、
逃げ場がなくなる。
「優しい人ほど、気をつけた方がいいよ」
紗季の言葉は、
忠告だった。
でも、その時の私は、
それを「邪魔」に感じてしまった。
「分かってる」
強く言いすぎた声に、
紗季はそれ以上、何も言わなかった。
後悔は、
少し遅れてやってくる。
その夜、
ようやく届いた通知。
『今日、返信遅れてごめん』
それだけ。
理由は、書いてない。
『大丈夫』
送った後、
胸がざわついた。
大丈夫なんて、
思ってない。
『最近、忙しくて』
言い訳みたいな言葉。
それでも、
責める資格はない。
私は、
「私だけじゃない」
その事実に、
少しずつ慣れようとしていた。
慣れなきゃいけない関係を、
続けていること自体が、
もう間違いだったのに。




