となり
それは、偶然だった。
帰りのホームルームが長引いて、
気づけば校舎を出る頃には、空がすっかり夕方の色になっていた。
昇降口で靴を履き替えていると、
隣に、同じタイミングで立つ影があった。
「一緒だね」
悠人だった。
「……そうだね」
返事をしながら、
心臓が勝手に速度を上げる。
並んで歩く理由なんて、どこにもない。
目的地が同じわけでもない。
ただ、方向が同じだけ。
それだけなのに、
私は歩調を乱さないように、必死だった。
校門を出て、少し歩く。
沈黙が続く。
気まずい、とは少し違う。
むしろ、落ち着いている。
この静けさが、心地いいと感じてしまう自分が、怖かった。
「最近さ」
悠人が口を開く。
「話しやすいよね、柚月」
足が止まりそうになるのを、無理やり堪えた。
「……そう?」
「うん。なんていうか、楽」
楽。
その一言が、胸の奥に落ちる。
それは、特別って意味じゃない。
誰にでも言える言葉だ。
分かっている。
分かっているのに、
期待してしまう。
「ありがと」
それしか言えなかった。
信号待ちで立ち止まる。
赤から青に変わるまでの、短い時間。
「柚月ってさ」
名前を呼ばれて、反射的に顔を見る。
「一緒にいると落ち着くよね」
それは、優しい言葉だった。
そして、いちばん残酷な種類の言葉だった。
何も約束しないまま、
心だけを掴む言葉。
私は曖昧に笑って、
それ以上、踏み込まなかった。
踏み込めなかった、が正しい。
信号が青に変わる。
歩き出す。
分かれ道で、悠人は立ち止まった。
「じゃ、また明日」
「うん」
手を振ることもなく、
ただ、それだけ。
背中を向けた瞬間、
胸の奥がじんわりと熱くなった。
「となりを歩いただけ」
そう言い聞かせる。
なのに、
それだけで一日が少し明るくなる自分が、
もう嫌だった。
これは、勘違いだ。
そうであってほしい。
勘違いは、優しい。
現実より、ずっと。




