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初恋は蜜の味だと思ったら大きな間違いだよ?  作者: 櫻木サヱ
名前を呼ばれる前

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境界線

それから数日、私は意識的に悠人から距離を取った。


話しかけられたら返す。

必要なことがあれば応じる。

それ以上は、何もしない。


自分で引いた線を、絶対に越えないように。


悠人は、相変わらずだった。

急に距離を詰めてくることもなければ、

露骨に避けることもない。


だから余計に、私だけが変になっている気がした。


授業中、ふと前を向く。

目が合いそうになって、慌てて逸らす。

その一瞬で、胸がきゅっと縮む。


……なんで。


自分の反応に、苛立ちすら覚えた。

こんなの、馬鹿みたいだ。


昼休み。

紗季と並んで弁当を食べながら、

私はほとんど喋らなかった。


「柚月、最近静かじゃない?」


箸を止めずに言われて、

心臓が一瞬だけ跳ねる。


「そう?」


「うん。いつもより考え事してる顔」


さすがに誤魔化しきれないか、と思いながら、

私は曖昧に笑った。


「別に、何もないよ」


「ふーん」


納得していない声。

でも、深くは突っ込んでこなかった。


それが、ありがたかった。


誰かに言葉にされると、

本当に「何か」になってしまいそうだったから。


放課後、教室に忘れ物を取りに戻った時だった。


教室には、悠人が一人だけ残っていた。

窓際の席で、スマホを操作している。


逃げるなら、今。

そう思ったのに、足は止まっていた。


「……あ」


悠人が先に気づいて、顔を上げる。


「忘れ物?」


「うん」


それだけの会話。

それだけで終わるはずだった。


でも、悠人は少しだけ言い淀んでから、

こんなことを言った。


「最近さ、元気ない?」


心臓が、嫌な音を立てた。


「……そう見える?」


「うん、ちょっと」


責めるわけでも、詮索するわけでもない。

ただの、心配。


その「ただの」が、

今の私には一番きつかった。


「気のせいだと思う」


即座に返した自分の声が、

思っていたより冷たく聞こえた。


「あ、そっか。ごめん」


悠人はすぐに引いた。

その距離の取り方が、正しくて、

だからこそ、胸が痛んだ。


私は机の引き出しからノートを取り出して、

逃げるように鞄にしまう。


「じゃあ」


そう言って教室を出ようとした時、

背中に声がかかった。


「無理してないなら、それでいい」


その一言で、

張りつめていた何かが、少しだけ揺れた。


振り返りたい衝動を、

歯を食いしばって堪える。


今、振り返ったら。

この人の目を見てしまったら。


きっと、越えてしまう。


私は何も言わずに教室を出た。

廊下に出た瞬間、

息が詰まったみたいに、肺が苦しくなった。


境界線。

自分で引いたはずの線が、

こんなにも脆いなんて思わなかった。


家に帰って、部屋のベッドに倒れ込む。

天井を見つめながら、

頭の中で何度も、同じ問いが回る。


どうして、あの一言で、こんなに苦しくなるんだろう。


答えは、もう分かっていた。

分かっていたから、考えないふりをしていた。


「まだ」


声に出して、言ってみる。


まだ、好きじゃない。

まだ、大丈夫。

まだ、戻れる。


でもその言葉は、

自分を安心させるためのものじゃなくて、

引き返せないことを知っている人間の、

最後の抵抗みたいだった。


この時点で、

もう私は、境界線のこちら側にはいなかった。


自覚だけが、

一歩、遅れていただけで。


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