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初恋は蜜の味だと思ったら大きな間違いだよ?  作者: 櫻木サヱ


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3/3

少しだけ

翌朝、目が覚めた瞬間に思った。


――昨日のこと、夢じゃなかったよね。


消しゴム。

短い会話。

それだけのはずの出来事が、なぜか頭の中に残っている。

残る理由が分からないのが、一番気持ち悪かった。


私はベッドの中で一度だけ寝返りを打って、

そのまま無理やり目を閉じた。

考える必要なんてない。

考えるほどのことじゃない。


そう思えば思うほど、

脳裏に浮かぶのは、悠人の声だった。


学校へ向かう道は、昨日と何一つ変わらない。

同じ電柱。

同じコンビニ。

同じ交差点。


なのに、胸の奥が少しだけ落ち着かなかった。


教室に入ると、すでに何人かが席についていた。

私は自分の席に座り、鞄を机にかける。

視線が、勝手に前の方へ向かってしまうのを、内心で叱った。


……いる。


悠人は、いつも通りの顔で友達と話していた。

特別楽しそうでも、特別つまらなそうでもない。

本当に、いつも通り。


それを確認しただけで、

なぜか少し安心してしまった自分に気づいて、

私は慌ててノートを開いた。


授業が始まる。

先生の声が黒板に反射して、教室に広がる。

私はいつもより真面目に板書を取った。

集中していれば、余計なことを考えずに済むと思ったから。


でも、だめだった。


視界の端で、悠人が動くたびに、

意識がそちらへ引っ張られる。

シャーペンを持ち替える指。

少しだけ癖のある書き方。

ノートをめくる音。


今まで、気にしたことなんてなかったはずなのに。


「ねえ」


小さな声で呼ばれて、肩がびくっと跳ねた。

隣の席の子だった。


「次の問題、どこまで?」


「あ、えっと……ここまで」


指で示すと、

「ありがと」と軽く笑われる。


それだけのやりとりなのに、

心臓の音が、まだ少しうるさいままだった。


おかしい。

昨日からずっと。


休み時間。

机に突っ伏していれば、話しかけられずに済む。

いつもの逃げ方。


「柚月」


名前を呼ばれて、今度こそ完全に固まった。


顔を上げると、そこにいたのは悠人だった。

昨日より、距離が近い。


「プリント、これ合ってる?」


差し出された紙を、反射的に受け取る。

指が、ほんの一瞬触れた。


それだけで、頭の中が真っ白になった。


「……合ってる、と思う」


自分でも驚くくらい、声が小さかった。


「そっか、ありがと」


悠人はそれだけ言って、すぐに離れた。

引き止める理由なんてないし、

引き止める勇気もない。


なのに、胸の奥が少しだけ、寂しかった。


私はプリントを返しながら、

気づかないふりをした。

この感情に、触れてはいけない気がしたから。


少しだけ気になる。

少しだけ意識してる。

それくらいなら、まだ安全だ。


「好き」なんて言葉は、まだ遠い。

そこまで行かなければ、きっと壊れない。


放課後、昇降口で靴を履き替えていると、

また悠人の声がした。


「今日、部活?」


「……ううん」


「そっか」


それだけで会話は終わった。

続かない。

続かせない。


でも、その短さが、逆に頭に残る。


帰り道。

昨日と同じ道を歩いているのに、

足取りは少しだけ重かった。


「少しだけ」


そう、心の中で言い訳をする。


少しだけ、気になってるだけ。

少しだけ、昨日のことを引きずってるだけ。


それ以上じゃない。

そうであってほしい。


夕焼けを見上げながら、

私は無意識にスマホを握りしめていた。

連絡先も知らない相手の名前を、

画面に打ち込もうとしている自分に気づいて、

慌てて画面を消す。


……だめだ。


これは、思っていたよりも、近い。


でも、その時の私はまだ、

この「少しだけ」が、

やがて全部を奪うことになるなんて、知らなかった。

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