8話/業の騎士
廃工場での激戦は、まだ続いている。
豪雨でさえ洗い流せない業が、どす黒い気を放っている。
(さぁ、一旦凌いだが、こっからどうするかだ…。あの障壁の正体も、あいつが使う技も…何もかもが理不尽で意味不明だ…。)
「一度は対処されたけど、二度目はないよ。"灼業"よ、全てを蹂躙しろ!」
再び黒い炎がうねり始める。
「クソッ、こいつを展開されるだけでキツいなァ!」
「だけど、軌道はもう見切りました!」
しかし黒い炎は残留し、逃げ場を失わせていく。
「ぐっ…どうすればいいのよ、こんなの…。」
「…。」
「三元回帰、解壱。」
「サンゲンさん!?」
「お前!?」
「なっ…。」
「大丈夫なのである。それにこのような状況を、"彼女"は知っている気がしてな。」
サンゲンの脚部が肉を裂き、再び馬の脚となって生え出づる。
「おい…。」
「大丈夫…!?」
「…炎二囲マレ、動ケヌ、カ。」
「だから、あれはただの炎じゃないって…。」
サンゲンは薙刀を振り回す。
「爆脈"天風楽"。」
爆裂のような音が鳴った直後、黒い炎は消えてゆく。
「何…?」
「業の炎が…消えた?」
「侵略スル炎。全テ消サントスルナラ。相応ノ意思。」
「全テ、根絶ヤシニ、スルホドノ…。」
その瞬間、サンゲンは倒れ込んだ。
「サンゲンさんっ!」
「相応の意思、ねぇ…?」
(炎を消すならば、相応の意思を持てと…?んなもんもう持って…。)
(…奴は確か、業を力にすると言ったな?そして意思がどうたら、とも言っていた…。ならば!)
ハントが顔を上げる。
「あの炎を消す方法が分かった。」
「え?どういうことよ、それ…。」
「必要なのは力でも技術でもない…。」
ハントが大剣を構える。
「"業を断ち切る意思"だッ!」
ハントが剣を振るう。黒い炎は忽ち消えていく。
「乱気脈、"波円剣"ッ!」
ハントが大剣を円状に切り払うと、その余波でさえ炎を消して行った。
「このままッ!」
ハントがグレイスに突撃する。
しかし。
「業を一方的に断ち切ろうとするのも、業なんですよ!」
黒い障壁に再び弾かれる。
「クソがァッ!」
「どうです?あなたは私に勝てないんですよ!業が巡る限り、永遠にね!さぁ、その意思がどれだけ持つか、見ものですね?」
「まだです!清水脈"絶痕"!」
太刀筋すら残さない攻撃が畳みかけるように飛ぶ。
「無駄だって言ってるでしょう!」
「無駄なんかじゃない!誰かを救う為なら、僕は何だってやってみせる!」
「救う…?」
その瞬間、静かな足音が鳴る。
悍ましい、より黒い。そんな印象が似合うだろう女。
「業星…!」
「業星?あれが!?」
「やぁ、グレイス君。それと…ハルト君?」
「何をしに来たのですか…!」
「君たちはどうやらよく似た業を持っているようだ。そのぶつかり合いの果てを見たくてね。」
「君たちはどっちも、守れなかった人なんだから。」
黒い霧が、静かにその場を覆っていく。
「お母さん!今日もテスト、100点だったんだ!」
「あらまぁ、すごいじゃない!グレイス君はとっても賢い子ね!」
学業は特に得意で、剣術にも長けていた。村では優等生扱いされていた。
大人になったら、騎士になって、自分を育ててくれた人を守るんだ。
そう思っていた。
「オークの蛮族どもが来たぞ!みんな隠れ…ぐはっ…ぁ…。」
父親の断末魔からその日は始まった。二度と忘れる事もないであろう、あの日。
オークの蛮族によって、村の住民は惨殺された。
その時僕は何をした?
怖くて、隠れていただけじゃないか。
何も、できなかった。
斃れた母親の目が、こっちを見ている気がした。
僕は優等生のはずだったのに。せめてあの日、死ねたらよかったのに…。
「やぁ。」
絶望する僕の前に、その女は現れた。
「君は…うん、いい芽が出ているね。たくさんの業を生らせる大木の。」
「誰…?」
「私の事は…うーん、業星。業星って呼んでよ。」
「それよりも君、今どう思ってる?」
「どう思ってるって…?もう、何もかもどうでもいいと思ってるよ。」
「おいおい、そのまま終わりを選ぶもまた業だが…私はそんな禁欲主義者じゃない。」
「君に力をやろう。それをどう使うかは君次第、だ。」
「亜人だけを簡単に殺せる武器。私はこの手の武器を作るのが得意でね。」
「君は剣術を学んでいたんだろう?それならこの両手剣をあげようじゃないか!それで何かをしてみるといい。」
「…。」
復讐。それが真っ先に思いついた。だが人殺しはダメだろう。そう思っていた。
「でも、亜人とは言え、人殺しは…。」
「あー違う、違うよ!亜人共は人じゃない!獣だよ。」
「獣…?」
「亜人共の考えには不純物が混じる。本能、渇望、倦怠…。これらが判断に混じるんだ。」
「君が殺しをしようか戸惑う感情。彼らはその悩みに本当に向き合えないんだよ。」
急に、亜人共が愚かな存在に思えてきた。考えればそうじゃないか。彼らは僕みたいに悩んでいないんだろう。
「亜人共は思考がない。それ故に、獣も同義!それを放っておくも殺すも、天は咎めないさ。」
「…。」
「…ま、この辺だね。それじゃ、期待してるよ。」
亜人共が哀れに、愚かに思えたその瞬間。僕はオークの蛮族共のアジトへ向かった。そうして、剣を振るった。
愉快な程に、オーク共は僕の眼前で崩れていく。
…僕が選んだのは。
復讐の名の下に、獣狩りをすることだった。
この世から獣が消え失せるまで、殺し続けようと思った。
「僕は、殺し続けないといけない…!」
「この世から獣共がいなくなるまで…!」
「二度と、あの日を繰り返さないために…!!!」
怒号に呼応するように、黒い障壁が膨張し、分厚い装甲のように形を変えていく。
「違う!そんなの間違ってる!」
「力は破壊に使うんじゃない!その力で誰かを守ればいいだろう!」
「救っているさ!人を喰らう獣共を殺しているのだからな!」
「それは救いじゃない!ただ救いを盾にして、自分の殺しを正当化しているだけだ!」
「あぁそうさ!救おうとしているのではないからな!だがギルドで燻るお前なんかより、もっと多くの人を救っているのだよ!!!」
黒い障壁は、もはや鎧のようになり、グレイスを覆う。
それはまるで、彼が昔夢見た騎士のようであった。




