7話/襲い来る業
(業星…あいつは一体何を考えてやがる?)
(亜人を殺して回り、時に英雄、時に殺戮者として立ち回る…クソッ、面倒な野郎だ…。)
ハントは現場に向かいながら考える。
「さて。この廃工場が業星の関係者が潜伏しているとみられる場所です。」
クレヴ支部長が言う。
「では、任務の説明を改めてさせていただきます。」
「業星の関係者である、"グレイス・ラオ"と名乗る人物を捕縛、尋問していただきます。ただし業星の特徴である"亜人に対しての特攻"を持っている可能性が高いと考えられます。」
「亜人であるサンゲンさん、ローラさんは他の2名以上に気を引き締めてください。」
「また、対象の人物は少年の姿をしているとの情報もありますが、決して油断することのないよう、お願い致します。」
「では、再び生きて会えることを望んでおります。」
四人は顔を合わせ、気を引き締めた。
「うえっ…。」
廃工場の中に入った瞬間、サンゲンが吐き気を催した。
「おいおい、どうした…?」
「分からないのでありますか、この酷い臭いが…。」
「あ、確かに臭ぇけどよ…。そこまでか?」
「知らないのであるか?馬人族は鼻がよく利くので…ああっ!その扉を開けてはならぬ!」
「…サンゲン。ここ開けないと、進めないよ?」
「いいから、開けないで欲しいのである…うえっ…。」
「ごめんね、サンゲンさん…。僕ら、進まないといけないからさ。我慢してね。」
ハルトが扉を開ける。
「ああっ…。」
扉を開けた。
その先に広がったのは、あまりに無惨な光景だった。
エルフ、獣人、オーク、その他数多の亜人の死体が転がっている。
そしてその死体は全て、過剰な程の刺し傷がついていた。
「うっ…。これは…。」
「酷い…わね…。」
「…おい、進むぞ。」
「平気なんですか、ハントさん…。」
「この程度の惨状、何度か見て来たさ。酷い時は数十人が"一つ"になってるのを見た時も…」
「ひっ…わかりました、わかりましたからそれ以上は勘弁してください!」
「…にしても、サンゲンは大丈夫か?」
「…大丈夫…なので…うえっ…。」
「チッ。鼻栓でも持ってくれば良かったか…。」
一行は耐えがたい悪臭と悲惨な現場をその身で感じながら、奥へと進んでいく。
すると、部屋を改造したとみられる牢獄に出た。
牢獄の中も大抵は死体しかなかった。
しかし。
「…この先、まだ生きている者がいるのである…。」
サンゲンが足を止める。
一つ、まだ息のあるオークが入った牢獄を発見した。斬られた跡が十数箇所もあるが、それでもまだ生きている。
「ハァ…ハァ…ここは…危険だ…お嬢さんたち…。」
「ここにいるのは悪魔だよ…。我らを苦しめることしか眼中にない、悪魔だ…。」
「…ハント君、君の大剣でこの檻は破壊できるか?」
サンゲンが檻を見る。
「…無理だな。相当な気脈を込めた鉄だ。俺の剣でも、少しの傷を付けるのが精一杯だろう。」
「ハァ…お嬢さんたち…引き返しなさい…。あれは人や亜人がどうにかできる相手じゃない…。」
「あー、悪いが俺らは引けねぇんでな。で、その悪魔とやらはどこに居やがるんだ?」
「…。この先の…扉を一つ、開けた先だ…。」
「ふーん。…気が向いたら助けてやるよ。」
「いや!私が絶対に助けるのである!」
サンゲンが力強く言う。
「ハハ…そうかい…。」
オークに別れを告げ、一行は先に進んだ。
「…この先か…。」
ハントが扉の前で立ち止まる。
「グレイス・ラオ…。一体どんな人物なんでしょうね。」
「んなもん関係ねぇ。どんな野郎だろうととにかくぶちのめし…違う、とっ捕まえるだけだ。」
扉を開けた。
「…やぁ、ずっと見てたよ。君たちのこと。」
部屋の中央に、少年が立っていた。
「てめぇがグレイス・ラオだな?」
「そう。でも先に、一つ質問していいかな?」
「"良い"って返すほど俺は律儀じゃねぇな。最速で狩り奪ってやるよ!!」
「僕も続きます!」
ハントとハルトが突撃する。
しかし。
どす黒い障壁が展開され、二人の武器は弾かれた。
「騒がしい人たちだね…。じゃあ、質問させてもらうよ。」
グレイスが微笑む。
「君たちは亜人は『人』だと思う?」
「あ?種族は違えど同じ人だろ。んな事も分かんねェのか?オラァ!」
再び大剣を振るうが、またも障壁に防がれた。
「残念。亜人は『人』じゃない。」
「亜人は例外なく考えに不純物が混じるんだよ。野生の本能、存在を定義付ける何かへの渇望、長命ゆえの倦怠。」
「彼らが為す行動の全ては不純であり、尊重されないものなんだ。」
グレイスが冷たく言い放つ。
「何よ、やっぱり意味不明な理屈じゃない。」
「だから業が生まれない。それ即ち意思がないも等しい。」
その瞬間、ハントは黒い炎を纏った女の影を、その少年に重ねて見た。
「「意志なき獣を狩る。それ即ち我らの業。業は巡る。意思なきものを刈り取るもまた業。」」
「「業とは、人のみが生み出す意思の副産物。業の重さが、意思の重さを示す。」」
「「業を生み出すから人である。業を生み出さぬ者は業を一身に受けるのみ。それが存在意義。我らは意義を果たさせるのみ。」」
「「意思なきものは存在していないに等しい。それ故我は業を生み出し、その存在を…。」」
誰のものかさえ分からない声が、頭の中で反響する。
「何言って…やがんだ…」
「ハントさん!」
「…ん。クソッ、また…。」
「わかった?業のない亜人共は好きにしていいんだよ。」
グレイスが両手剣を構える。
一瞬の溜め。
そして、振り下ろす。
「チッ!」
ハントは大剣を横に構え、受ける。
鈍重な音が廃工場に響く。
重い。予想以上に重い。
「反業!」
瞬間。
押し返された。
(何だ!? 俺の力が...相殺されて…。)
大剣が弾かれる。
体勢が崩れる。
「畜生!」
(こいつ、こっちの"殺す気"そのものを力に変えやがった…?)
ハントは横に躱し、一撃を入れようとする。
しかし再び黒い障壁に防がれる。
「クソッ!なんだってんだこの障壁はよォ!」
「君が僕を斬ろうとすることも業なんだよ。つまり僕の力さ。」
「何だと…?」
「業が防ぐと言うならば!赤脈"反響炎嗟"!」
ローラの杖から赤い光が散る。
床に小さな炎のドームが無数に展開される。
地雷のように。
グレイスが一つを踏む。
「起爆しろっ!」ローラが叫ぶ。
炎が爆ぜる。
一つ、また一つ、連鎖的に。
赤い炎がグレイスを包み込む。
「やった...?」
しかし。
炎が消える。
煙の中から、無傷のグレイスが現れる。
「言っただろう!業を纏わぬ者は存在していないに等しいと!」
炎はすぐに消え、グレイスは火傷の一つも負っていない。
「今度はこっちからだよ…!」
グレイスが両手剣を構える。
「灼業!」
黒い炎が生まれる。
空気を這う蛇のように。
うねる。広がる。
「まずい!」
ハルトが躱そうとする。
遅い。
炎がハルトとサンゲンに絡みつく。
「くっ...!」
「熱い...! 灼ける...のである...!」
皮膚が焼ける感覚。
でも傷はない。
炎は肌を這い、服を這い、武器を這う。
「ぐっ...これ、消えない...!」
「ほぉら、避けられると思うかい?」
黒い炎は激しくうねり、やがてローラとハントにも纏わりついた。
「クソッ…熱い…!」
「地脈の水でも…消えない…むしろ水がすぐに消えて…!」
「何か抜け出す策は…。そうだ!」
「ローラさん!地脈による水の準備を!合図をしたら、全員に撃って下さい!」
「え?でも、地脈は…」
「いいですからっ!」
「何か分からないけど、そんな事をさせる訳ないだろう?」
グレイスはハルトへ突撃する。
しかし。
「てめェこそ、足止めできると思ってんのかァ?」
ハントは天井に大剣を投げる。
古びた天井が崩れる。グレイスは躱すが、足止めされた。
「くっ…。」
その間に、ハルトは工場の廃油が溜まったドラム缶に駆け寄った。
ドラム缶を倒す寸前で、叫ぶ。
「今です!」
と合図した。
倒れたドラム缶から、ぬるりとした廃油が床一面と四人の足元に広がった。
黒い炎がそれに触れた瞬間、炎は赤く肉を焼く"本物"へと変わる。
それと同時に。
「うっ…青脈"豪雨連曲"!」
その瞬間、豪雨が降り注ぎ、実体を持った赤い炎が消える。
「…考えたね。業の炎を本物の炎に呑ませるとは。」
グレイスが感心したように言う。
「だけど、僕に一撃でも入れられたかい?」
豪雨はグレイスに当たる瞬間に消えている。
まるで世界と隔絶しているように見えた。




