5話/暗い影
「大丈夫なのかしら、あの二人…。」
「まあ、大丈夫なのであろう。相当自信があるようであったのでな!」
宿で待機するサンゲンとローラ。
ローラは窓の外を不安そうに見つめていた。
「しかし、業星という者はどんな人なのであろうか…。亜人に対して強い、と聞いたが…。」
「…七星。」
「七星と言っていたわ。七星というのであれば、心当たりがあるわ。」ローラが本を閉じる。
「ふむ?何かあるのであれば聞かせてもらえないか?」
「あの宣言、"多種族共同繁栄宣言"が出る前、人類種が空の征服を目指して打ち上げた7つの人工浮遊大陸よ。実際、夜空に七つだけ四角く明るい影が浮かんで見えた時代もあったしね。」
「ムツキ、キサラギ、ヤヨイ、ウヅキ、サツキ、ミナヅキ、フミヅキ…。本当は12個打ち上げる予定が、事故によって中止になったって話だけど…。」
「浮遊大陸を星に喩えたのであれば、これらに関係があるんじゃないかしら?」
「ほう!ローラ君は物知りであるな!」
「…この話自体は、常識である気がするのだけれど?」
「あぁ、いや、その…。あ、そうそう、私は人里に降りたのが最近でな!世間の事はあまり知らないのである!」
サンゲンが慌てて言い訳する。
「ふーん…。」
その時、ドサッ、と不吉な音が響いた
「今のは…。」
「人が倒れた音ではないか!?少し受付の方を見て来るのである!」
「あっ、私も…。不安だし。」
「む?同行してくれるのであるか?嬉しいのである!」
受付に向かった二人が見たのは、頭を射抜かれて倒れた受付嬢だった。
垂れたペンのインクと、静かに流れる血が、捌いていた書類を汚している。
「なっ…。」
「これは…。」
即座に臨戦態勢を取る二人。
そこに悠々と歩いて来る人影が見える。
「ま、最低限の犠牲だろう。仕方ないな。」
「俺としてはもう少し殺しても良かったんだがな。」
「おいおい、君としても殺すのは亜人のみに絞った方が面白いだろうに…。」
「まぁ、一理あるなぁそいつも。」
二人の男が、笑いながら歩いてくる。
「お前らは…。」
「そなたら、何を…。」
「じゃあ、始めようか。」
「解剖実験を。」「ちょっとした"遊び"を。」
そうして二人の男は鉈と弓を構える。
「亜人殺傷事件の犯人はそなたらであるか!」
「…やるしかない、みたいね。」
サンゲンとローラも、薙刀と杖を構える。
「…こっちから、やらせてもらう!緑脈"不朽萌芽"!」
ローラが杖を振るう。
二人の男の足元から、大木の幹が伸び、二人を拘束する。
しかし。
「エルフなんざが扱う地脈が効くとでも?」
大木はすぐに燃え尽きたように黒くなり、そのまま消失した。
「やっぱり…!」
「じゃ、遠慮なく…。」
「させないのである!」
サンゲンが薙刀を振るい、イドの弓を叩き落とす。そのまま一撃を加える。
しかし黒い障壁のようなものに阻まれ、ダメージは与えられなかったようだ。
「おいおい、大丈夫かよイド?」
「全然大丈夫さ。俺に構わずお前もさっさと行けよ、ミース。」
「さて、こっちからもやらせてもらうよ。」
「他者を好奇心の下に、意のままに解体するも業…。」
「他の奴を嗜好の為に殺すも業!」
二人が同時に呟く。
「"解業"…。」「"殺業"!」
ミースが鉈でサンゲンに斬りかかる。
サンゲンは薙刀でそれを防ぐ。
しかし。
斬られた傷跡が、薙刀を這い、腕に届き、実体化する。
「ぐうっ…!」
「次はここだな?」
再び薙刀に傷を付ける。傷跡がサンゲンの腕を這い寄っていき、実体化する。
「うーん、やっぱり愉快だねえ。線を描くだけで、どんどん切り取られていく。」
サンゲンの腕の一部が、ごっそりと切り取られた。
「あっ…!」
サンゲンは思わず悲鳴を上げる。
「へぇ、馬の獣人の腕の組織はこんな風なのか。」
ミースが切り取られた肉片を興味深そうに眺める。
「貴様…!それに私は馬の獣人では…」
「あ、これで終わったと思わないでね?君全部をバラすまで、終わらせないから。」
一方ローラに向かって放たれた矢は、途中で軌道を変え、心臓に向かっていく。
(これは…躱せない!)
そう直感したローラは、再び地脈を使う。
「青脈"逶蛇水連"!」
うねる水の流れが、宿の天井を切り取り、矢を丁度叩き落す。
「バーカ、これが本命な訳ねぇだろ?」
「なっ…。」
イドが距離を詰める。
「こいつを喰らいな!下等なエルフがよ!」
弓の先に付いた刃物が、ローラの胴を切り裂いた。
「うっ…。」
「あぁやっぱり、こいつで亜人を斬った時の切り心地は最高だなぁ。お前はどうだ?切られ心地はよぉ。」
「くっ…最悪ね…。」
意味不明かつ理不尽な攻撃により、二人はどんどん追い込まれていく。
特にサンゲンは、息も絶え絶えになっている。
「ぐっ…まだ…まだである…!」
サンゲンが薙刀を握りしめる。体のあちこちから血が流れている。
「よくやるねぇ。胸、腹、腕、足、全部ちょっとずつ切り取ったのに。」
「だけど、これで終わりだ!」
ミースは再び薙刀に傷を付け、傷を這わせる。
「さぁ…集中集中…頭まで維持して…!」
傷がサンゲンの首筋を這い、頭へと向かう。
「がっ…うぅ…!」
「ここだ!」
その瞬間、サンゲンの頭部に深い傷が二つ付き、頭部の一部が切り取られる。
「なっ…。」
しかし、サンゲンは立ち上がった。
「おいおい、まだ生きてるってマジかよ?こんなの見たこと無いぜ?おい。」
サンゲンは虚ろなまま、薙刀を構えている。
目は光を失い、焦点を失ったまま。
「だけど脳みそ抉られりゃあ、終わりだろうね?」
再びミースが鉈を構えた、その瞬間。
「クソがァ!間に合ったか!?」
「あぁ…サンゲンさんが…!」
ハントとハルトが壁を破り、宿に侵入する。
「もう…。遅いよ…。」
少し安心したからか、ローラの体から力が抜ける。
そのまま、意識を失った。
胸元の傷に加え、手足は何度も射られ、貫通した痕がいくつも残っている。
「チッ、二人とも致命傷貰ったか…!」
「特にサンゲンさんの傷が酷くて…。取り敢えず僕は、二人を安全な所へ連れていきます!」
「させるかよ!」
イドが弓矢を構える。
が。
「…おっと、あいつらは『人』かよ。クソッ。」
「ならば仕方ないね。解剖具を変えるか。」
イドは違う矢筒から矢を取り出し、ミースは武器を短剣に変える。
「しかし、ここまで雇った盗賊共が抑えられないとは…。全く、結局は烏合の衆でしたか。」
「まぁ、こいつら殺すのに手こずった俺らも悪ぃだろ。」
「だが、人だからって殺せねぇ道理はねぇんでな!」
ミースはハルトに向かって弓を放つ。しかし。
矢はハントに弾かれる。
「弓矢如きで、俺らを殺せるとでも?」
「…そいつはブラフだ!」
いつの間にか懐に潜り込んでいたミースが、ハントを短剣で切り裂く。
「グッ…いつもならこんなの喰らう訳ねぇんだがな…!」
「はは、盗賊共も悪くない仕事してくれましたね…。邪魔者を弱らせておいてくれるとは。」
「ハントさんッ!」
「黙ってろハルト!お前は安全な所へ!」
「はは、呆れた友情だねぇ。」
「亜人共にそんなに入れ込むなんて、愚かな奴だな。」
二人が笑う。
傷ついたハントは一人、劣勢に追い詰められる。
「さて…。こいつらから狩り奪ってやる時間だな。どうすりゃいいだろうか?適当にぶん回したら死ぬような野郎じゃなさそうだしな。」
「ゴタゴタと…うるせぇな!」
イドは再びハントに弓を放つ。
「さて…そうだな。」
すると、ハントは矢を躱さず、腕で受ける。
「ハハ、こいつアホか?」
「結局は意識を取られて、私の短剣も受けるとは…。はは、散々ですねぇ?」
するとハントは、大剣を投擲する。
「喰らったのも、お前ら風に言えばブラフ、なんだろうなァ?」
しかしイドは大剣を躱す。
「下手くそなブラフだな?俺ならもっと…」
その瞬間、ハントは大剣の陰に紛れて飛び上がり、イドの懐へ飛び込む。
「お前を殺すならなァ。わざわざ大剣を振らなくても…。」
ハントは腕に刺さった矢を抜く。
「こいつで十分なんだよォ!」
ハントは矢じりをイドの頭に向かって、深く突き刺した。イドは自分で射った受付嬢のように、静かに斃れた。
「なっ…。イド!?」
「お前もだよ。動揺し過ぎだバーカ。」
ハントが再び強く踏み込む。
そして、ミースの首元に矢じりを突き刺した。
「カハッ…。」
「さて、処刑執行完了だ。最後に言い残す事でもあるか?クソ野郎。」
「…業星。」
「あ?」
「業星様が…近くにいらっしゃる。これで…お前らは…。」
その瞬間、ミースの頭が銃弾を受けたように弾けた。
「何だと…!?」
その時、近くの屋根に人影が見えた。
黒い炎を纏った、女の姿。
夜空との輪郭が失われるほどに、暗い。




