1話/変化、苦悩
チーム所属の義務化——。
その決定は、ギルド全体にさしたる変化をもたらさなかった。
よほどの命知らずを除けば、大抵のメンバーはすでに集団を組んでいたからだ。
「俺みてぇなアホを除いてな。クソッ。」
ハントは一人、ギルド支部の片隅で頭を抱えていた。
「何で今さらこんなルール決めやがったんだ?一人でいてえ奴は一人でいいだろうが…」
汚れ仕事ばかり受けるハントに、周囲の誰も近づこうとはしない。
「俺と気の合う奴なんざこの世界に存在すんのか?もういっそギルドを抜けて…」
そこで言葉を呑み込む。
「いや、それは…そうだ、仕事がなくなるからな。仕事が」
言い訳がましい独り言が、誰にも聞かれることなく空気に溶けていく。
「しかし、どうしたもんかな、これ。あと三日この調子だと、ギルド追い出されちまうな…」
その時、背後から声がかかった。
「やあ、君がハント・レイダーさん…で合ってる?」
振り向くと、見知らぬ青年が立っていた。
「なっ…ああ、いや、ハント・レイダーだが」
ハントは思わず素っ気なく返す。自分に声をかけてくる人間など、ここ数ヶ月いなかったのだ。
「ほっ、良かった。良かったら僕と、チーム、組みませんか?」
「ふーん…俺をスカウトするのか。」
「あぁいや、嫌なら良いんですが…」
一歩引いてしまった男を見た。周囲には誰も居ない。
ハントは言った。
「まぁ見た所、お前も一人で活動してたんだろ。それなら実力も、頭のネジの外れ方も十分だろう。」
「なんで俺をチームに入れようとしたのか。それだけ教えろ。」
「…僕の名前はハルト。ハルト・クジョウって言うんです。」
「名前。そっくりじゃないですか?」
「は?」
思わず素っ頓狂な声が漏れた。
「それだけか?」
「それだけです。」
ハルトは満面の笑みで答えた。
(正直、関わりたくないタイプのイカレ野郎だ。しかし…しかしまあ、どうせ4人で組むんだ。一人くらいこんな奴がいても…)
(それに、相手から声を掛けてくるなんて絶好のチャンスじゃないか。)
「あの、やっぱり迷惑なら…」
「わかった。良い。お前と組んでやる。」
「へ?」
「良いと言っただろう。」
「やった…ありがとうございます!あ、もうチームなので僕の事はハルト、って呼んでくれていいですよ。あ、あと資産管理は…」
話もほとんど聞かず、ハントは深く息を吐く。少しの後悔の香を含みながら。
「あ…。でも、まだチーム結成には二人足りませんよね」
「いや、なんかお前の話を聞いてるだけでどっと疲れたよ…。今日はもうメンバー集めは止めだ。」
「それなら、二人の実力を確認するために模擬戦でもしませんか?」
「…ふぅん。」
「その提案、乗った。」
「あ、ありがとうございます!それじゃ、早速会場へ…。」
「だが一つ条件だ。」
「本気でやるぞ。」
「あぁ…」
「勿論です。」
ギルド支部、模擬戦会場。
ハルトもまた、他人と関わりを持っていないらしく、会場には誰も集わない。
「小細工なしで。やってやるよ。」
「望む所、です。」
静寂と緊迫感が周囲を包む。
ハントが大剣を構え、深く息を吸い込む。
そして踏み込んだ。
「オラァ!」
しかしハルトは、紙一重で躱す。
同時に太刀を抜き放つ。
「ここです!」
「チッ!」
ハントもそれに応じ、腕力で大剣をぐっと引き防御する。
(こいつの動き…不穏だな?)
ハルトがステップをした瞬間、ハントの背後に回り。
「次はここですね!」と背中を突こうとする。が。
「クソ読み辛いなァ、お前の動き!」
ハントは大剣を携えたまま真上に弾む。
「だが動きは単純なんだよ!」
大剣を構えハルトに向かい回転する。
慣性と重力が刃に乗る。
「貴方こそ、甘いです!」
次の瞬間には、ハルトは側面に回り、剣先を向ける。
「クソがァ!」
ハントは無理やり体勢を変え、回転方向を変えてハルトの方へ向ける。
それをもハルトは面で受け止めたものの、あまりの怪力に押され、吹き飛ばされながら着地する。
(野郎…不穏じゃねぇ。こいつの動きは穏やか過ぎる。紙が空に舞うようで…何も読めねぇ)
ハントは着地し再び大剣を構える。ハルトも次の機会を狙っているようだった。
そして再び両者が動こうとした刹那。
「すごいな!そなたら!」
突然の大声に、張り詰めた空気が割れた。二人の足が止まる。
「今の一瞬で、素早く!力強く!片や疾風の如く!片や怪力乱神の如く!見事である!」
声の主は、馬の獣人だった。いつの間にか会場の端で、目を輝かせて二人を見ていたらしい。
「おい!今は試合中だぞ、煩せえな!」ハントが苛立った声を上げる。
「そうですね…集中を乱されるのは、あまり愉快ではありません」ハルトも冷静に、しかし明らかに不快そうに言う。
「ああ、申し訳ないのである!さ、続けて下され!私は静かにここで見ているのである!」
獣人は興奮を隠しきれない様子で、大きく頷いた。
その後も試合は続いた。
が、たった一人の観客が——拍手を禁じられたらしく、足踏みや身振りで興奮を表現し続けたせいで
二人の集中は完全に削がれた。
結局、興ざめした二人は勝者なしで模擬戦を終えた。
「おい…静かにしろって5回くらい言ったよなあ?」ハントが呆れた顔で言う。
「正確には7回なのである!」サンゲンが胸を張る。
「うるせえ!そういうのはいいんだよ!」
「一々大声を出さないでください、と伝えたはずですが…」
「えぇ、勿論聞いていたとも!それが故に、拍手と態度で興奮を伝えたまでであります!」
「…はぁ。僕が悪かったです。」
「それでそなたら、名を聞きたいのであるが…」
「誰がお前に教えると…」ハントが遮ろうとする。
「ああ、僕はハルト、こっちはハントです。」ハルトがあっさり答える。
「うむ、ハルト君にハント君…しっかり記憶したぞ!」
「バカ、なんでこんな所で素直に答えてんだよ!」ハントが頭を抱える。
「おっと、そろそろ私は寝る時間なのである!それでは!」
獣人は山の方へともの凄い速さで駆けていく。
「…なんだか嵐のような方でしたね。」
「あぁ、二度と関わりたくねぇな。」
そうして会話している内に、ギルドの事務員が走って来る。
「君たち!模擬戦会場での騒音の発生はギルドの規則違反だぞ!」
「いや、僕達じゃなくて…」
「君たちしかこの場にはいないのに、何を言う?」
「いや、そいつはだな…」
「とにかく規則違反だ。罰金は後で回収する。」
「はぁ…なんでこうもクソ窮屈なんだよ、このギルド…。」
「そうですね…」
「でも、どうですか?僕の実力は大体わかりましたよね?」
「ああ…まあ悪くはなかったな。」
「ですよね?僕、こういうのには自信があるんです。」
ハルトは屈託なく笑う。
「じゃ、今からハントさんは僕の相棒って事で」
「おい。」
「相棒ってのは違うな。そんな深い関係でもねぇし。」
「あはは、冗談ですよ。それじゃあチームメイトって事で!」
(収穫は…思ったより悪くなかったな。)
ハントは、いつもより少しだけ前向きな息を吐いた。




