17話/暴徒
翌朝。
朝一番の鶏のような声が、今日は聞こえない。
「…サンゲンさん、今日は静かですね…」
「…なんか、逆に心配になって来るな…」
病室の仕切りを開けると、そこには頭を抱えているサンゲンがいた。
「うぅ…頭が痛いのである…。」
「あれ?サンゲンさんも二日酔いになるんですね。」
「何を言っているのであるか!馬人族は酒豪なのである!」
「じゃあ何でそんな顔してるんですか…」
「これは…寝不足なのである!」
「どっちにしろ体調悪いんじゃねぇかよ…」
「ってか、ローラはどうした?」
「多分、まだ寝ているのである。」
「そうか…。」
「まぁ、昨日あれだけ飲んでいたんですから、仕方ないですよ。」
「うぅ…。では、散歩に行って来るのである…。」
「おう、気を付けろよ。」
散歩に向かうサンゲンを見送った後、ローラの方へ向かう。
「おい、ローラ、もう朝だぞ。」
ローラは布団に籠っている。
「おーい、ローラ…」
無言のままローラは、出ていけと手を払う。
「おいおい、あの雌鶏がいねぇから仕方ねぇかもしれねぇけどよ。もう朝だぞ?」
(誰が雌鶏であるか!!!うぅ…うぇっ…)
窓の外から喧しい声が聞こえた気がしたが、無視した。
「分かってるわよ、もう朝だって…」
「だったらさっさと起きろ。傷病者とは言え、早起きくらい習慣づけないと…」
「もう、最悪…」
「…もしかして、昨日の事か?」
「…記憶を消す地脈、習得しておくべきだったわ…」
「そうだ。今ここであなた達を気絶させれば…」
「あー、それなら僕は大丈夫。何も覚えてないから…。」
「まぁ、お前はずっと寝てたからな…。」
ローラが拗ねたままの病室で、各々適当に暇をつぶす。
窓から吹き込む風が心地よく感じられる。
「にしてもあいつ、今日は遅ぇな…」
「何かあったんですかね?」
「どーせ暇だし…ローラ、お前も様子見に行くぞ。」
「…嫌。」
「はぁ…仕方ねぇな。」
嫌がるローラを置いて、町へサンゲンの様子を見に行く。
「今日はやけに人通りが少ないな?」
「うーん、やっぱり何かあったんでしょうか…?」
その時、誰かが全力で駆けていく姿が聞こえた。
サンゲンだ。
「あっ。おーい、サンゲンさん…」
その後ろを、大量の人間が追いかけている。
獣のような顔で。
よだれを垂らしながら。
「…えっ?」
サンゲンがこちらに気づいたのか、こちらに向かってくる。
「ハント君!ハルト君!助けて下され!!!」
「お前…こっち来るな、馬鹿野郎!」
サンゲンを追って来た人間が、こちらにも追いかけてきた。
「これ、どういう状況だよ!?」
「分からないのである!何故か町の人たちが追いかけて来るのである!!!」
「それに、町の食料品店から食べ物を食い漁る者もおり…とにかく大変なのである!」
「とにかくギルドの方に逃げるぞ!」
三人は全力で逃げ、なんとか病室に逃げ込んだ。
「はぁ…。なんとか逃げ切れたな…」
ハントは息切れ混じりにため息を吐いた。
「一体何なんだよ、あの人だかりは…」
「うむ…私にも分からないのである…」
サンゲンもまた、息を切らしている。
「ただ!少なくとも一つ分かった事があるのである。」
「あの者らは私を"狩る"気で追って来たのである。」
「あ?なんだよそれ。」
「馬人族の勘が言っているのである。逃げよと、立ち止まれば奴らに喰われるぞと…」
「…つまり、どういうことなんですか…」
「要するに!…っはぁ、あの者らは何かがおかしいのである!」
「結局なんだ?誰かが裏で糸でも引いてるって事か?」
「うーん…でも今の僕らは公式に依頼を受けられない状態にありますし…」
「誰かが解決してくれんのを待つしかないって事かよ…」
「ん?何か聞こえるのである。」
「…」
「これは…」
「あの者らが殺到する音…」
「…こっちに来ているのである!」
「おいおいマジかよ…」
その時、クレヴ支部長の声が病室に響いた。
「皆さん!暴徒と化した市民がこちらに押し寄せているようです!」
「私たちが食い止めますが、避難の準備を!そして特に症状が重い方は…」
「…俺らも加勢するか?」
「まぁ比較的には、僕らは元気ですからね…」
「おーい、ローラ。行くぞー。」
ローラは病室の仕切りを閉め直し、何も言わない。
「…」
「まぁ、仕方ないですよ。無理はさせないようにしましょう。」
「…チッ。」
外に出ると、暴徒の群れが押し寄せていた。
「相手は暴徒とは言え市民です!万一にも殺さないようにお願いします!」
クレヴ支部長が言う。
前には、沢山の気絶した市民。
「おいおい、俺の武器じゃあ全員一撃で殺してしまうぞ?」
「ならば防御、皆さんの壁に徹してください!」
ハントは軽く舌打ちをして、前線に向かう。
「清水脈"清山ノ峰"!」
静かに薙ぎ払ったハルトの太刀は、暴徒を次々と気絶させていく。
「私も盾になるのである!」
サンゲンもまた、薙刀で進軍を防いでいく。しかし。
「クソッ…数が多すぎるな…」
暴徒の規模は、町の住人一つをそのまま寄せ集めたようなものであった。
「ああっ!?」
サンゲンの薙刀が、暴徒によって弾かれる。
それはさきほど自分らがいた病室に向かって飛んで行った。
「むむ…まだである!馬人族は力も強いのである!」
サンゲンはその体のみで進軍を止めている。
「はっ。中々のガッツだな、お前!」
ハントが大剣で防ぎ、暴徒を弾きながら言う。
しかし、全く数が減らない。相手を殺さないという条件は思ったよりも大きな縛りとなっていた。
「あークソが!マジで全然減らねぇなァ!」
その時、後ろから一人の女が現れた。
「…」
明らかに不機嫌なローラであった。
「ローラ君!」
「加勢してくれるんですね?」
「君!加勢してくれるのはありがたいが…」
「はいはい、分かってますよ。」
ローラは杖を構える。
「殺さなければいいんですよね?」
「ここにいるみなさーん、10秒後にジャンプしてください。」
「はっ?」
「何をしようと…」
疑問の声が上がる中、冷徹にカウントダウンが進んでいく。
「3」
「何やるってんだ?あのエルフ」
「2」
「まぁ、従うけどさ…」
「1」
その場にいたギルドメンバーが跳躍する。
「黄脈"地繋震盪"(ブレインクェイク)。」
大地が咆哮する。
建物が軋む。
とんでもない横揺れが発生する。
その瞬間、接地していた暴徒たちが一人、また一人と倒れていく。
「…はぁ。」
その瞬間、食い止めていた者たちは一気にため息を付きながら倒れ込む。
「どうにかなったな…」
「もう疲れたわよ…」
疲弊した声が次々に上がる。
「はっ。大手柄じゃないか?ローラさんよ。」
「すごいですね!あれだけの人を一気に…」
「勘違いしないで。」
「む?」
クレヴ支部長が駆け寄った瞬間。ローラは倒れ込んだ。
「ローラさん、確かにありがたかったがそんな地脈を使えば…」
「そう…こんな高位の地脈を使うと…しばらく動けなくなるのよ…」
「そうすれば気兼ねなく…眠れるからね…」
そういってローラは寝てしまった。
「…結局一人で安全に眠るために来たってか?」
「マイペースですね…ローラさんらしいです。」
「とにかくこれで一件落着なのである!」
三人も倒れ込む。
「はぁ…この気絶した方達…どうしましょうか…こんなにたくさん…」
別の意味で倒れそうな支部長だった。




