お盆の帰省列車
お待たせしました。お盆シリーズ第2弾です。前回が
ちょっとビジュアル的にグロ怖かったかと思うので
今回はグロもスプラッターも控えて、むしろ優しい
心温まるお話になっています。安心して読んでたも。
お盆が終わるとあれだけ暑くていろいろあったけど
楽しかった夏も、なぜか駆け足で去っていくようで、
どこか寂しいような、切ないような心持になるのは
私だけでせうか。個人的には今年の夏は、コロナと
礼真琴さんのラストデイが印象に残ってます。あと
台湾映画「赤い糸 輪廻のひみつ」も良かったなあ。
では読んでみてくださいね♪
盆踊りエコルンですご査収ください
何年も前の夏の話です。お盆休みを利用して地方に
旅行に出かけた私は、慣れないローカル線で乗換え
に手間取るうちに最終電車を逃がしてしまいました。
星明りだけで常夜灯もない無人駅のプラットホーム
で途方に暮れて立ち尽くしていると、微かに警笛が
聞こえた気がしました。もしやと思って顔を向ける
と、列車の前照灯が近づいてくるのが見えました。
地獄で仏とは、まさにこのことです。在来線の普通
列車がレールを軋ませながら、ゆっくりとホームに
入ってきました。行先ボードには【臨時】の二文字。
私はほっとして、電車が停車するのを待ちました。
意外に多くの乗客が乗っていましたが、混んでいる
という程でもありませんでした。私が乗車すると、
人懐っこいのがこの地方の気風なのか、誰もがみな、
心安く挨拶してくれました。会釈を返してボックス
シートの空席に座ります。向かいの席の中年男性が
優しい笑顔で話しかけてきました。
「お兄さん、帰省かね?」
「いえ、旅行中なんですけど、終電に乗り遅れて……
助かりましたよ。臨時列車があって」
「ここいらは辺鄙で、この路線しか交通がねえみたい
なところですからなあ。臨時を出さんと、お盆には
誰も帰ってこれないことになりますけえ」
男性は単身赴任で、これから家族の待つ故郷に帰る
のだと、楽しそうに話してくれました。一年ぶりの
帰省だそうです。男性の隣に座った老婦人が、竹の
皮で包んだおにぎりを差し出してきました。
「お腹、空いてましょう? よかったら食べて」
「そうですか? いやあ、すいません。では遠慮なく」
夕食を食べていなかった私はありがたくおにぎりを
受け取りました。おかかの入った懐かしい味でした。
夢中になってぱくついたので、勢い余って噎せると、
老婦人が水筒の麦茶を出してくれました。
「慌てんでも、握り飯は逃げやせんよ!」
ほとんどが知り合いらしい車内の乗客の笑い声に、
頭を掻きながら、私も自然と笑みがこぼれました。
こういう出会いも、旅の醍醐味といえるでしょう。
しかし、話しているうちに、ちょっと困った事態が
出来しました。この電車の終点は、私が予約した宿
のある駅の、ひとつ手前だというのです。この時間
だとタクシーもなさそうだし、どうしたものかと頭
を抱えていると、向かいの席の中年男性がけろりと
助け舟を出してくれました。
「じゃあ、おれらと一緒に泊まればええよ」
臨時列車の乗客は全員、今夜は同じところに泊まり、
明日の朝、それぞれの家に帰るのだとか。小さな宿
だが、あと一人くらい素泊まりで泊まれるだろうと。
誰もがそうするように勧めてくれたので、お言葉に
甘えて、一晩の厚意を受けることにしました。
確かに、小ぢんまりとした宿でした。久々の帰省で
興奮しているのか、誰もまだ眠りたくない様子で、
宴会場に酒と肴が運び込まれました。どの顔も実に
楽しそうで、最初は部外者として恐縮していた私も、
いつしか仲間に溶け込んでいました。気がついたら、
カラオケで下手な歌を披露し、拍手をもらっている
始末でした。そのあとに、老夫婦が歌った懐メロの
『誰が故郷を思わざる』には、これから帰省する故郷
を思い出したのか、皆が目を潤ませていました。
「そろそろお開きや…… 恒例のあれ、いこか?」
皆が部屋を出て、宿の中庭へと降りていきました。
何をするのかと尋ねると、一足早い盆踊りだとか……
狭い中庭には、もちろん櫓など立っていませんが、
何本も並べられた松明の周りで踊るのだそうです。
題名は思い出せないけれど、子供の頃に聞いたこと
がある定番の音頭が流れて、浴衣姿の皆が踊ります。
見様見真似で、懸命に手振りを合わせる私を見て、
誰もがくすぐったそうな笑顔を浮かべます。松明の
明るい炎が揺れて、何とも言えず安らいだ気持ちに……
「何をしとるんじゃっ!」
背中を強く叩かれ、我に返りました。振り返ると、
寝巻き姿の住職が、険しい表情で立っていました。
周囲を見回しても、他に誰もいませんでした。私は
ただ一人、いくつもの和蝋燭で照らし出された墓石
や卒塔婆の傍らに立っていました。そこは、お寺の
裏にある墓地でした…… 怪しい物音に目覚めた住職
が何事かと警戒して来てみると、ボロボロの浴衣を
着た私が、どうにかして庫裡から持ち出したらしい
迎え火用の和蝋燭を、何本も並べて火を灯し、その
周りで奇声を発しながら、一心不乱に踊っていたと
いうのです。
集中豪雨で発生した土砂崩れに、お盆の帰省列車が
飲み込まれたのは十年前の夏でした。乗客も乗務員
も全員死亡。住職が見せてくれた、古い新聞記事の
切り抜きに載っていた犠牲者の方々の写真は、粗く
小さなものでしたが、私はどの顔も、どの笑顔も、
鮮明に思い出すことができました……
「恐ろしい体験をなさいましたね」
「いや、今思い出しても、この体験自体には不思議と
恐怖は感じません。むしろ温かいけれど哀しい思い
で胸がいっぱいになるだけです…… ただ、それとは
別に、背筋が寒くなるほど恐ろしい考えが、たまに
胸をよぎることはあります」
「ほお……それは、どのような?」
「あの臨時列車が、帰省列車ではなく、Uターン列車
だったら、私はどこに連れて行かれていたのか、と……」
いかがでしたか?いわゆるジェントル・ゴースト系
で、怖くなくはないけれどちょっぴり寂しいような
哀しいような、そういうのエコルンだって書こうと
思えば書けるのよ。でもどういうわけかそういう話
全然思いつけないのよねっ(←書けないんじゃん)
それはそうと盆踊りというと今はボン・ジョビとか
ダンシングヒーローとか大変盛り上がってますが、
私が小学生の頃はあれでしたあれ「21世紀音頭」!
あと「アラレちゃん音頭」「大東京音頭」でしょ、
ほいで、なぜか「ビューティフル・サンデー」で
みんな踊ってたなあ。田中星児さん大人気でした。
懐かしいなあ。綿菓子が嫌いでなあ口に入れたら
ただの砂糖じゃねーか詐欺だ詐欺と思うてました。
夏もあと二週間ほど。皆さんコロナに気をつけて
楽しんでね。さよなら、さよなら、さよなら♪