幸運な男
『おかえりなさい! お父さん!』
娘が駆けてきてそのままの勢いで抱き着いて来る。
『こらこら。お父さんは疲れているんだから……そんな飛び込みとかしちゃだめでしょ?』
妻の言葉に男は答えた。
「いや、大丈夫さ。俺も二人に早く会いたかったよ」
父親の言葉を聞いて娘は『ほらね?』とどこか勝ち誇った顔で笑い、妻の方も夫の言葉を聞いて『まったく』と苦笑いをする。
『お父さん! 今日ね! 私、学校で面白いことがあってね!』
離れると同時に娘が自分の部屋に駆けていく。
どうやら話をしたくて仕方ないらしい。
「忙しないな」
男が微笑み呟くと妻もまたクスっと笑う。
『あなたの帰りをずっと待っていたの。だから仕事で疲れているでしょうけれど、少し許してあげて』
「許すに決まっているだろう?」
そう答えて男は妻に手を引かれて前へ進む。
妻に連れられて向かうリビングを温かな蛍光灯が照らしている。
「二人は大切な家族なんだから」
男はそう言って笑っていた。
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暗いワンルームの端っこで布団に包まった一人の老人がVRゴーグルをつけてブツブツと何事かを呟いていた。
彼が孤独なのは幸運な事だったと言える。
何故なら、彼が現実に引き戻される可能性が限りなく低いから。
「愛しているよ、二人共」
暗い部屋の中で呟かれる滑稽な台詞を聞く者は幸いにも誰も居なかった。




