はらぺこ少女、美味しいご飯に釣られてパイロットになる ~Break off Online~
「あんた、筋がいいわ。そのうち私より上手に鎖纏鎧を動かせるようになるかもね」
「ほんと? お姉ちゃん」
仮想戦闘訓練で高スコアを出すと報酬が貰える。
いなくなった姉から操縦技術は叩き込まれていたので、少女は一人になっても辛うじて報酬を得ることができた。
他にすることもないし、ここから出なければ安全らしいし、報酬を貰い続けなければ餓死してしまうので、少女は仮想戦闘訓練に明け暮れる。
報酬で貰えるのは食料で、シャキ、サク、とした食感が特徴的な携行食一種類のみ。
栄養はともかく味は最悪だったが、それ以外を口にしたことがない少女にとっては御馳走だった。
数年も経つと腕前も上がり、仮想戦闘訓練のスコアランキングの上位を独占していた姉に追い付き始める。
そこから一年もしないうちに、二位以下が少女の名前で埋め尽くされた。
一位更新も目前だったが、少女はスコアを落としてわざと一位を取らないようにする。
スコアの名前だけが唯一、姉が存在したという証拠なので消したくなかったのだ。
スコア更新……姉を追いかけるという目標を失った少女は、仮想戦闘訓練内でスコア以外のことに傾倒するようになる。
わざと弱い武装で戦ったり、わざと手足やブースターを破損させて戦ったり、自らは一切攻撃せず敵の同士討ちを狙ったり。
仮想戦闘訓練のシステムAIもまた、被験者の行動を元に学習し難易度を上げることができた。
少女とシステムAIは切磋琢磨し、互いの実力を上げていく。
そのうちスコアの桁が姉のそれより二桁は増えているが、少女はクリア直前で自滅して頑なにスコア更新はしなかった。
仮想戦闘訓練内の仮想世界では、五感の全てが忠実に再現されるだけではない。
体感時間は拡張され、仮想世界の十秒は現実では一秒にも満たなかった。
僅か数年でその十倍以上の戦闘訓練を少女は既に積んでいることになる。
姉に最後に「ずっとここにいなさい」と言われたので、少女はここから出るつもりはない。
現実世界の寿命が尽きるまで、仮想世界で戦闘訓練に明け暮れるのだろうと、少女は漠然と思っていた。
しかしそんな日々は、唐突に終わりを告げる。
「だから前、前をちゃんと見なさいよっ」
「そ、そんなこと言われても」
マテリアの叱責を受けて、オスカーは必死に操縦桿を握る。
鎖纏鎧が一機、廃棄区画上空を飛んでいた。
その鈍色の人型兵器は、廃棄された市街地の廃ビルの間を縫うように……いや、縫えず廃ビルに激突しながら飛行している。
鎖纏鎧の装甲は堅牢であり、廃ビルに衝突したくらいではびくともしない。
むしろ廃ビル側が倒壊するだけなのだが、衝突する度に飛行速度が減衰してしまう。
その結果、背後から迫る巨大なそれに追い付かれそうになっていた。
後方モニターに映るそれが大きくなるにつれて、オスカーの顔は恐怖で引き攣り、鎖纏鎧の操縦がおぼつかなくなる。
するとビルへの衝突も増えて一層彼我の距離が縮まった。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
僕はただ授業をサボって、新型鎖纏鎧の輸送を覗き見していただけなのに、襲撃に巻き込まれるだなんて。
「後方から巨大質量反応。左に避けなさい!」
「ひぃっ」
言われるがまま機体を左に動かそうとしたが、間に合わない。
それから生えている無数の機械や構造物の集合体が鞭のように伸びてしなり、オスカーの乗る鎖纏鎧を襲う。
廃ビルへの衝突とは比べ物にならない高密度、高質量、高速度の一撃が鎖纏鎧の背中に直撃し、破棄区画へと叩きつけられた。
鎖纏鎧は堅牢だが、生身の、しかも専用の操縦服も装着していないパイロットはその限りではない。
コックピット内を襲う衝撃によって、オスカーの意識はあっさりと刈り取られた。
「オスカー! 起きなさい。 早く起きないと死ぬわよ!」
マテリアが必死に呼びかけるが、オスカーからの返事はない。
口から泡を吹き、白目をむいて気絶している。
立体映像ではオスカーの頬を張って叩き起こすこともできなかった。
こういう時、動かせる体がないというのはもどかしい。
せめて本体があれば、訓練生よりは遥かにましな操縦ができたのだが。
仕方なくオスカーは後回しにして、マテリアは周囲の状況を確認する。
地面に叩きつけれられ、鎖纏鎧は五階分ほど地下に埋没していた。
廃棄区画ではあるが通電しているようで、コンクリートが剥き出しの殺風景な空間が広がっている。
早くここから脱出しなければ。
奴に捕まればオスカーの命はないので、こうなったら遠隔で強引に動かすしかない。
通信障害の突破及び遅延処理の演算で脳が焼け切れるかもしれないが、やるしかない。
マテリアが覚悟を決めた時、外部に生体反応があることに気が付いた。
「は? なんでこんなところに女の子が」
白い少女が床に座り込んでいた。
髪も肌も白ければ、着ているワンピースも白い。
いや、あれはワンピースというよりは、入院患者が着るような貫頭衣か。
無造作に伸びた髪は地面に付きそうなくらい長く、体は痩せていて手足は棒のように細い。
少女は落ちてきた鎖纏鎧の右腕の下敷きになっている巨大端末の前で呆然としていた。
あと少し鎖纏鎧の落下位置がずれていたら、少女もぺしゃんこになっていただろう。
「何故廃棄区画に人がいるの? それにあれは旧式の戦闘訓練装置? もしかしてここって……なんて考えている場合じゃない。ちょっとそこの貴女!」
マテリアが立体映像を鎖纏鎧の外に投影して、少女の前に降り立つ。
突然現れたファンタジー世界の妖精のような存在に、少女は一度だけ視線を動かしたが、すぐに潰れた端末へと戻した。
「ねえ聞こえてる? 喋れる? ここは危険だから私と一緒に逃げましょう」
「……でもオラクルが……ごはんが……」
少し間を置いてから、か細い声で返事があった。
「オラクルってその戦闘訓練装置のシステムAIのことね。ごめんなさい。潰されてるからAIが無事かはわからないけど、後でここに戻ってきて確認してあげるわ」
そうマテリアが答えたが、少女は座り込んだまま動かない。
「それにご飯? ご飯なら逃げた後に好きなだけ食べさせてあげるから―――」
「ほんとに?」
ご飯という単語を聞いて、少女が食い気味に反応してマテリアの方を向いた。
「え、ええ」
それまでの儚い雰囲気はどこへやら。
赤い瞳に強い意志を宿し、「嘘だったら承知しないぞ」と言わんばかりに見据えてきた。
「約束するわ。それじゃあそこの鎖纏鎧に乗り込んでちょうだい」
「わかった」
マテリアに案内されて、少女が仰向けに倒れている鎖纏鎧をよじ登る。
幸いにも胴体も半ばまで床に埋まっていたので、小柄な少女でもすぐにコックピットまで辿り着いた。
コックピットのハッチが開くと、気絶したままのオスカーが少女を出迎える。
「そいつの頬を叩いてみて……起きないわね。ねえ貴女、もしかしなくても鎖纏鎧を操縦できるわよね?」
「うん、多分。ほんものは初めてだけど。これは第何世代なの?」
少女が無表情のままコックピット内部を見回している。
しかしその赤い瞳は好奇心で爛々と輝いていた。
「第七世代よ。外の端末をスキャンしたけど、貴女が訓練していたのは第四世代が主流のシステムね。互換性はあるから問題ないわ。男とくっつくのは嫌かもしれないけど、そいつ、オスカーの前に座ってちょうだい」
オスカーはまだ学生で少年といえる年齢なので、大人用の操縦席のスペースには余裕がある。
少女が素直にオスカーの前に座ると、丁度操縦桿やフットスイッチに手足が届いた。
「そういえば自己紹介がまだだったわね。私はマテリア。〈ストラクティア・インダストリー〉所属のマザーブレインよ。貴女は?」
「リコシェ」
「よし、リコシェ。接続深度は……ゼロでいいのね?」
「うん」
「じゃあそのまま操縦桿を握ってちょうだい。ニュートラルに戻してから機体制御をををををを」
マテリアの説明を待たずして、リコシェと名乗った少女は慣れた手つきでブースターを吹かした。
背面の噴射口が火を噴き、仰向けに寝ていた鎖纏鎧がそのままの姿勢で垂直に浮き上がる。
強烈な縦Gを受けながら、地下五階から地上までの約二十メートルを、一秒に満たない時間で急上昇した。
「ぷはあっ、し、尻!? てか誰!?」
衝撃で覚醒したオスカーの顔面に、Gの反動で体が浮き上がったリコシェの尻がめり込んだ。
操縦桿はがっしり掴んで放さなかったので、操縦席から飛び出さずには済んでいる。
「オスカー! 彼女はリコシェよ。リコシェの胴体に腕を回して体を固定して! リコシェ、勝手に機体を動かさないででででで」
「だいじょうぶ。今ので出力はだいたいわかった。次は可動域と速度」
マテリアを無視してリコシェが操縦桿を巧みに操ると、鎖纏鎧が腕をぐるぐると回したり、ストレッチをするかのように屈伸したりする。
動き自体は人間のそれと変わらないが、速度が異常だった。
鎖纏鎧が高速屈伸する度に、コックピット内が上下に激しく揺れる。
「うわあああああ」
オスカーはリコシェの胴体に抱き付いて、情けない悲鳴を上げることしかできなかった。
一応鎖纏鎧には衝撃制御装置が搭載されているが、緩和してこれだ。
この装置がなければ二人はコックピット内でシェイクされて、とっくにミンチになっていただろう。
マテリアに至っては測位情報が追い付かず、立体映像が何度も機体にめりこんでいた。
「き、気が済んだ? それならさっさと逃げ」
「次はてきじょうしさつ。無理はしないから」
リコシェの赤い瞳が爛々と輝くのに加えて、ほんの僅かに唇が弧を描く。
もっとはっきりと表情が変わっていれば、新しいおもちゃを手にして喜ぶ子供のそれに見えただろう。
「だから逃げるんだってばああああ」
マテリアの話を一切聞かないリコシェは、上空に浮かぶそれ目掛けて鎖纏鎧を飛ばす。
それを端的に表現するなら、空に浮かぶ機械の山だ。
横幅と奥行きは百メートル程で、高さも同じくらいだろうか。
動力パイプ、ピストン、エンジン、ケーブルといった規格がバラバラな駆動系から、ライフル、マシンガン、メイス、チェーンソーといった雑多な武器類、他にはビルの外壁や柱のような構造物までが無秩序に積み重なり、集合し、ひとつの生命体となり妖しく蠢めいている。
山の中腹あたりからは先程オスカーを叩き落とした触手のような腕が二本生えていて、その両方の先端には胴体を貫かれた鎖纏鎧が突き刺さっていた。
「あれは統企連の鎖纏鎧! だから機凄骸も私たちを追いかけてこなかったわけね。でも二機ともやられてる」
機凄骸、それが人類を脅かす侵略者の呼称であった。
「トール級を一体確認。まずはお手並みはいけん」
リコシェの抑揚の乏しい呟きに呼応するかのように、機凄骸が腕を振るう。
瞬きしていたら見逃すような速度のそれを、右腕と右脚に装着されているブースターの推力を瞬間的に上げ、真横にスライドするようにしてリコシェは回避した。
巨大質量が掠めることにより発生した突風の音を索敵装置が収集し、コックピット内で大音量となって吹き荒れる。
腕に突き刺さっていた統企連の鎖纏鎧はすっぽ抜けて、放物線を描きながら廃棄区画へと落ちていった。
「武器はあるの?」
「こいつは試作機だからないわ! だから逃げ―――」
「なら、現地ちょうたつする」
機凄骸のもう片方の腕が槍のように突き出された。
これもブースターを吹かして巧みに躱したリコシェであったが、先端に突き刺さっている異物―――統企連の鎖纏鎧と衝突してしまう。
外の状況を映す各種モニターの風景が高速で流れた。
「うひゃあああああ」
「これ借りるね」
わざと衝突し、統企連の鎖纏鎧の腕に縋りついていたリコシェが、そこにあったアサルトライフルを奪い取る。
すると鎖纏鎧に備わるスキャン機能により、瞬時にモニターに武器情報が表示された。
「こんな標準武器、豆鉄砲じゃトール級には何発撃ったって効きゃしないわよ!」
機凄骸が腕に取り付いたリコシェを振り払う。
しかし飛んで行ったのは、またもや統企連の鎖纏鎧だけだ。
リコシェは自機の足の爪先を、機凄骸の腕の表面を伝うケーブルに引っかけている。
これによりいくら機凄骸が腕を振り回しても、リコシェは両腕を自由にしたまま腕に張り付くことができていた。
マテリアが豆鉄砲と評したアサルトライフルが火を噴く。
フルオートで射出された実弾が機凄骸の腕に次々と着弾するが、ほんの一部分を破壊しただけですぐに弾が尽きた。
「言わんこっちゃないわ!」
「もんだいない。これが欲しいだけ」
リコシェは壊れた部分に腕を突っ込み、何かを引き出す。
コードやパイプを引き千切りながら出てきたのは、掘削用の巨大ドリルだ。
鎖纏鎧の腕より太い円錐状のドリルで、下部に付いている持ち手兼動力部も合わせれば、全長は十メートルを越していた。
コックピット内のサブモニターには機凄骸のスキャン結果が表示されている。
機凄骸を構成する個々の部品の情報が表示されていて、それを見たリコシェは手が届き、且つ機凄骸に対抗出来うる武器を選択したのであった。
「仮接続できる?」
「え、ええ。できるけど……まさかこれで戦うつもり!?」
「ん、ドリルはろまん。ってお姉ちゃんとオラクルが言ってた」
鎖纏鎧と機凄骸は同一規格なので、サイズさえ合えば即席で制御を奪い使用することができた。
マテリアの制御下に置かれたドリルは、鎖纏鎧からエネルギーの無線供給を得て、低音を響かせながら回転を始める。
リコシェが両手でドリルを持つと、取り出した時にできた穴に差し込んだ。
強いトルクで回転するドリルが機凄骸の腕を削る。
金属が削れる甲高い音と共に火花が飛び散り、アサルトライフルで銃撃した時よりも早い速度で穴が広がっていく。
堪らず機凄骸が反対の腕でリコシェを攻撃しようとするが、ドリルが腕を抉り落とす方が早かった。
山のような本体から取れた腕が廃棄区画へ落下していく。
リコシェは足に引っかけていたケーブルを引き千切り空中へと離脱した。
迫る腕を躱すためブースターの推力を上げようとした時、コックピット内でアラートがけたたましく鳴り響く。
「積載過多よ! こんな重い物を持ってたら推力が足りないに決まってるじゃない!」
「ひいいいいい、ぶつかるううう」
慌てる二人に対して、リコシェはどこまでも冷静だ。
ドリルを持った感覚でどのくらいブースターに負荷がかかるかは把握済みだった。
足りない推力の分は、その重たいドリルを使って補う。
下から掬い上げてくるように伸びてきた腕にドリルを突き立てる。
そして腕の攻撃ベクトルと同じ方向にブースターをフルスロットルで噴射させた。
ドリルと機凄骸の腕が衝突し、リコシェたちが乗る鎖纏鎧に衝撃が跳ね返ってくる。
鎖纏鎧の両肘、両肩の関節部がミシミシと軋み、保護装甲が割れて弾け飛んだが、辛うじて持ちこたえた。
衝撃には耐えたが、運動エネルギーを相殺するには質量差がありすぎる。
リコシェたちは遥か上空へと打ち上げられていた。
到達地点は山のように大きい機凄骸よりも上だ。
だがそれは重力の存在する地上において、位置エネルギーを有効的に使えることを意味する。
過積載になっていたドリルの質量はプラスに働き、下方向ならブースターの推進力が削がれることもない。
「ま、まさか」
「ちぇっくめいと」
「うわあああああ!」
リコシェはドリルを構えると、眼下の機凄骸に頭から全力で突っ込む。
残った腕で迎撃しようとした機凄骸であったが、リコシェが速すぎて間に合わない。
腕をすり抜けた鎖纏鎧が、機凄骸に到達する。
ドリルの回転、質量、重力加速度、ブースターの推力、これらが相乗効果を生み、機凄骸を形成している機械の山を掘り進む。
そして中枢にあった核をあっさり貫いて、山の底面から外へと飛び出した。
ドリルの掘削音が断末魔の代わりだった。
核が破壊され、ひとつの生命体だったものが、無数の部品の残骸へと変わり果てる。
機凄骸は端から崩れながら廃棄区画へと落ちていく。
一足先に廃棄区画へ着地していたリコシェは、降ってくる残骸の雨から逃げるように鎖纏鎧を走らせた。
機凄骸に突っ込むという無茶をした結果、機体が大破直前なのは言うまでもない。
重たいドリルもすぐに棄てた。
「トール級撃墜ひとつ、初期武装なし、機体損傷大。スコア換算五万点くらい。んー、ランク外かな」
色々と限界を迎えて再び意識を手放したオスカーは、その直前にリコシェのよくわからない呟きを聞いた。
「で、どうして僕は自宅で炒飯を作ってるんですか?」
「どうしてって、私がリコシェと美味しいご飯を食べさせるって約束したからよ」
オスカーは目を覚ますと、自宅のベッドで横になっていた。
何だ夢かと体を起こすと、リコシェとマテリアがベッドの脇からこちらを覗き込んでいたものだから、情けない悲鳴を上げてしまう。
そしてマテリアに言われるがまま、キッチンで炒飯を作っていた。
「美味しいご飯なら、大手企業〈ストラクティア・インダストリー〉の重役であるマテリア様ならいくらでも用意できるのでは」
成り行きでマテリアと行動を共にしているオスカーであったが、本来ならマテリアは雲の上の人で、会話すら許されないような相手だ。
マテリアの手配で大破寸前の鎖纏鎧は既に回収され、オスカーの自宅周辺には密かに監視兼護衛が配置されている。
「リコシェの素性が訳あり過ぎて、準備が整うまでは潜伏が必要なのよ」
「え、まさかそれまで僕の家にいるつもりですか?」
「貴方に拒否権はないわよ。弊社の重要機密である試作機に成り行きとはいえ搭乗したのだから。本来なら拘束監禁ものね」
「そ、そんなあ」
「ところでリコシェの操作技術は、貴方にはどう感じた? 一般訓練生の意見が聞きたいわ」
「ええと……」
オスカーは教官から教わった内容とリコシェの行動を比較する。
一言で言うと無茶苦茶だった。
基本的に機凄骸との戦闘は射撃武器を使う。
相手の攻撃が届かない場所からチクチク削り、露出した核を破壊する。
近接武器を装備しないこともないが、それは射撃武器が弾切れを起こした後の予備に過ぎないし、弾切れの時点で撤退がセオリーだ。
普通のパイロットでは機凄骸の攻撃をあんな紙一重で躱すことは出来ない。
トール級の機凄骸一体を破壊するには、鎖纏鎧十機による飽和射撃が必要になる。
単機で破壊できるのは、特別で強力な武装を携え、強化手術によって鎖纏鎧とより深く接続できる連中、いわゆるエースパイロットたちだけだ。
そう述べるとマテリアは可愛らしい妖精の姿に似合わない苦笑いを浮かべた。
「まあ普通はそう思うわよね。リコシェの接続深度、幾つだと思う?」
「それは最低でもセカンド……え、もしかして」
「なんとゼロよ」
「え、手動操縦だけであの動きを!?」
オスカーは改めてリコシェの姿を観察する。
彼女は無表情のままキッチンの椅子に座り、炒飯を作るオスカーの様子をじっと見つめていた。
白い髪に白い肌。
着ている服も真っ白なので、赤い瞳が異様に目立つ。
言われてみれば、確かに彼女は接続補助具を付けていないし、首元に接続端子もない。
見た目だけなら無表情で少し痩せているだけの、人形のように可愛らしい少女だ。
接続深度が高いほど、鎖纏鎧をより正確に、的確に操ることができる。
深度ファーストは補助具によるサポート、セカンドは端子接続による直結。
サードは人体から不要な臓器を排除して鎖纏鎧に埋め込み、フォースともなると人の意識を電子化し鎖纏鎧のシステムに落とし込むという、生命倫理からはかけ離れた改造となる。
接続深度ゼロは、操縦桿の手動操作と、各種モニターの目視だけで鎖纏鎧を操縦する。
「接続深度ゼロであの動きって、あり得るんですか?」
「実際に私と貴方で体験したのだから、あり得るんでしょうね。一体何年分の訓練したんだか。これは半分オカルト話なんだけど、深度を上げて鎖纏鎧により近付いてしまうと、得られる情報が全てデジタル化してしまうから、逆に勘が鈍るらしいわよ。操縦桿越しに伝わる感触や全身に受ける加重、実際の耳で聞く音からしか得られない情報があるのだとか」
「ええ……なんですか、それは」
「ところで貴方、料理の手際がいいわね」
「実家が食堂をやってるので、よく手伝いをしていましたから。はい、できました」
完成した炒飯を皿に盛ってリコシェの前に持っていく。
醤油の焦げる香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
「余り物で作ったから具がたいして入ってなくて申し訳ないけど、どうぞ召し上がれ」
オスカーがレンゲを手渡しても、リコシェは炒飯に手を付けなかった。
「リコシェ、これがご飯よ。それで掬って口に入れてみて」
何故か食べ方をレクチャーするマテリアに従って、リコシェが炒飯を口に運んだ。
リコシェは炒飯を口に含んだ瞬間、くわっと目を見開いて動きを止める。
そしてゆっくり咀嚼した後、赤い瞳からは大粒の涙が零れた。
これにはオスカーも動揺した。
「え、どうしたの!? もしかして不味かった?」
「なにこれ……すごくおいしい」
「そりゃあ美味しいでしょうねえ。あの栄養だけのグリスに比べれば。貴女行く当てもないだろうし、弊社の所属のパイロットになってくれるなら、毎日オスカーが作ったご飯を食べさせてあげるわよ」
「ん、なる。パイロットになる。こんなおいしいご飯を作れるなんて、オスカーすごい」
これまでの無表情が嘘のように、リコシェは感情を露わにしていた。
幸せそうに炒飯を掻きこみ、頬がリスのように膨れている。
尊敬の眼差しをオスカーに向けていた。
「いや、ただの炒飯だよ!? というか勝手に僕を巻き込まないでください!」
「だから貴方に拒否権はないのよ。試作機も機密だけど、リコシェの素性はそれ以上に機密なのよ。訓練生を辞めて、リコシェ専属の料理人になりなさいよ。あの操縦を見る限り、貴方に才能はないから」
「ひ、酷い。あんまりだ」
「戸籍も用意しないとね。オスカーの妹ってことにしようかしら。うーんでも流石に無理があるか。リコシェの美貌にオスカーが付いていけてないわ。義妹ってことにしましょう」
「だから勝手に……」
「貴方はこんなに可愛くて可哀そうな子を見捨てるの? 炒飯すらまともに食べたことがない子なのよ?」
「うっ」
そう言われると強く拒否できないオスカーであった。
リコシェの存在は試作機以上に機密というが、その中には欠食の原因も含まれているのだろうか。
聞きたいが聞けば後戻りできなくなりそうで怖い。
すごい勢いで炒飯を食べ終えたリコシェは、悲しそうに空になった皿を見つめている。
「えっと、デザートにプリンでも食べる?」
「砂漠仕様プリン?」
リコシェが可愛らしく小首を傾げた。
よく冷えた市販のプリンを小皿に乗せて出すと、プルプルと震える不思議な物体をじっと観察してから一口食べる。
「………!?」
とろんとした表情を浮かべ、両手で頬を抑えて悶えるリコシェ。
初めての甘味を体験して、ほっぺたが落ちそうだと言わんばかりだ。
本当に幸せそうに食べているので、見ているオスカーも釣られて頬が緩んでしまう。
普段の無表情とのギャップが拍車をかけていた。
「もうないの?」
「うっ、食べ過ぎは良くないから。また明日あげるね」
上目遣いでせがまれて、危うく二個目のプリンを出しそうになるオスカー。
既に明日の食事を用意する前提になっていることに、気付いているのかいないのか。
「ふっふっふ。リコシェがいれば〈桜鈹重工〉のエースパイロットにも遅れを取らない。ぎゃふんと言わせてやるわ。あら、噂をすればね」
オスカーの部屋は1DKと狭いので、居室の映像端末はキッチンからも見える。
ニュース番組が終わり、丁度〈桜鈹重工〉の企業CMが流れていた。
桜色のド派手な鎖纏鎧を背景にして、黒髪の美女が微笑んでいる。
彼女はここ数年で頭角を現した上位ランカーのパイロットで、美貌と実力を兼ね備えた才女だ。
オスカーたち訓練生の中でも人気が高い。
そのCMを見て、リコシェがぽつりと呟いた。
「あ、バレッタお姉ちゃんだ」
「「……えっ」」
――――― to be continued ?