明日死ぬ撲と99日の悪魔
人生は、ままならない。
本当は生きていたかった。
彼女に伝えたかった。
彼女とずっと共にいたいと願っていた。
「アンタの魂、貰いに来たわ!」
最近咳が止まらないな、加湿器買おうかな……なんて思っていた時だった。
漫画やアニメみたいなセリフを吐きながら、長身の女が俺の仕事部屋に飛び込んできた。
ちょっとセクシー系のタイトな黒いスリットワンピースと黒いブーツ。
――――ブーツ履いたままかよ。
とりあえず警察に通報しないと、と思いつつあたりを見渡すがスマホがない。どこに置いたっけ?
玄関に鍵掛けてたはずなのにとか、靴脱げよとか、昔の知り合いかなとか、強盗にしてはなんかエロいとか、色々と考えていた。
「ん? あ? やばっ……書類見間違えたわ」
女が真っ黒な長髪をガシガシと掻きながら、『やばい』『メンドー』とぶつぶつと呟いていた。
「ゲホッ…………書類?」
女の持つ書類に強盗先の住所でも書いてあって、俺の部屋とどこかを間違えたとかだろうか?
「うん。ほら、ここ! 『速川 道高(27)100日後の5月2日の朝方病死。1日前に訪問し魂の回収をすべし』ってあるでしょ?」
「あぁ……書いて……ますね?」
「パッと見て慌てて出てきたから、『1日後の5月2日の朝方病死。1日前〜』って見間違えてたのに今気付いたの。書き方悪いわよね?」
……今日、1月23日だけどな? って突っ込んだらいけないのだろうか?
「そう、ですね」
そもそもコイツは何なんだろうか。
新手のイタズラか何かだろうか?
「それで、ミチタカに存在バレちゃったし、逃げられて追いかけるのもメンドーだし、上司にバレるのもメンドいし……。何よりも地獄まで戻るのが一番メンドーだし、私ここに住むわね?」
「――――は?」
色々と意味がわからない。
まず、俺の名前がバレている。
俺の死ぬ日とやらが、5月2日。
魂を回収されるらしい。
謎の書類。
謎の見覚えのない女。
謎のここに住む発言。
本当に、訳がわからない。
新手の何かの商法とかだろうか?
仕事部屋の中をフンフンと鼻歌交じりに見て回っている女。
カメラやレンズの物色をしているのか?
「……ゲホッ。あの、魂の回収って何ですか?」
とりあえず妄想に付き合ってみることにした。
女が俺の撮った写真を眺めながら、こちらを見ずにさらりと答えた。
「私たち悪魔の仕事よー。死んだら魂になるから、それを地獄へご案内」
「……え」
――――仕事、悪魔。地獄。
「あはは、地獄ですか。悪魔ってことは、天使もいるんですか? 俺、地獄に行くほど悪いことしたかなぁ? ゴホッ」
喉がイガイガする。
この女が帰ったら、加湿器買おう。
「いるわよ。んーと、校舎裏でタバコでしょ? 乱闘して五人に怪我させてるし。あ、バイクで無謀運転もね。それから何人か女の子泣かせてるわね?」
写真を見終わったのだろうか? 女がこちらを振り向き、にこりと笑った。それは、とても柔らかな女神のような笑顔だった。
「名前も、挙げようか?」
背筋がゾクリとした。
この女は、俺の全てを知っている。そんな気がして。
もしかしたらこの女は本当に悪魔なのかもしれない、なんて有り得ないことを一瞬だけ考えてしまった。
「……それだけで地獄に?」
「まぁ、他のヤツらよりかなり軽いけどねぇ。期間中に死んだヤツの魂が綺麗だったんじゃない?」
魂を天国と地獄に振り分けるシステムとして、選定期間が設けられているらしい。その期間内に死ぬ人間の魂をきっちり半分にするんだという。
たまに善人ばかりが多く死んで、若気の至りの悪行で魂が濁って地獄行きになるみたいよー、と明るく言われた。
「そ、うか…………」
ゲホりと咳をしていると、俺の職業について聞かれた。
フリーランスのフォトグラファー。
結婚式での撮影や、修学旅行に付いて行ったり、雑誌や企業からの依頼など、仕事は色々とある。
「写真に写るのって楽しいのかなぁ?」
「は?」
「霊体とかって、写真に映らないじゃない。撮ってもらったことないのよね」
何を言い出すのかと思った。
写真に写ったことがない人間なんて、いるか?
「私、鏡とかガラスに映らないし。写真もそうなるんじゃない?」
「は?」
なに言ってんだコイツ、そう思って手近にあったチェキを手に取りシャッターを押した。
パシャリと軽い音の後、排出されるフィルムを机に置く。
三十秒ほど待っていると、ゆっくりと現れてきたのは部屋の景色だった。
女が入ってきたときのまま開かれたドアと、憧れの写真家が撮った風景ポスター。そして壁だけ。
女をしっかりと捉えていたはずなのに、どこにも写っていない。
「……は?」
「ね? 写らないでしょ?」
なぜか少し寂しそうに微笑まれた。
ふと気になって、女の長い髪を触ってみた。
しっとりとして艷やかなシルクの糸のような髪。
「なんだ。触れはするのか」
「っ――――何で?」
女がきょとんとしていた。
どちらかというとクールビューティー系の顔だったが、今の表情は少し幼く感じた。
「なぁ、悪魔」
「なによ?」
「名前は?」
俺の質問に更にきょとんとした女が名前は無いと言った。
本当はあるが、人間には教えられない、と。
契約だなんだと早口で説明されたが全く解らなかった。
「呼びかけるときにさ、名前がないと不便じゃないか?」
「はぁ? 今みたいに悪魔でいいじゃない」
それだと微妙だろ。誰かに聞かれたら…………と考えた時点で、俺はこの女と同居する気になっている事に気付いてしまった。
「ユリ」
「え?」
「ユリ。名前」
そう言った瞬間、ユリの頬が赤く染まった。
たぶん、俺はこのときに恋をしてしまったんだと思う。自分の魂を刈り取りに来た悪魔に。
「おはよー」
「あぁ。おはよう」
リビング兼ダイニングでユリと挨拶。
「朝ごはん何!?」
「んあー、目玉焼きとトーストと昨日のスープでいいか?」
「うん!」
ユリと過ごすようになって一ヶ月。いろんなことが変わった。
俺の飯に興味を持ったユリが、食べる必要もないのに食べたがった。
そして、今では当たり前のように毎食楽しみにしている。
「んー! やっぱ、目玉焼きはトロトロがいい!」
「ゲホッ……ん。パンとの相性最高だよな」
基本はそれぞれのことをしているが、俺の体調が悪い日は二人でリビングでダラダラと小説や映画を見て過ごすようになった。
――――パシャッ。
穏やかな風が窓から流れ込んでくる静かな部屋に、機械音が響く。
「あ、また撮ったわね!」
あの日――出逢った日には、写真に写らなかったユリの姿。
翌日の夜、テレビを見て大笑いしていたユリの顔があまりにも可愛らしくて、ついシャッターを切っていた。
どうせ写らないのに、と思いつつフィルムを見ると、そこには薄っすらとユリの姿が写っていた。
翌日は、前の日よりも少し濃いめに。
そして数日後にはハッキリと写るようになっていた。
それからは、今みたいになんとなくシャッターを切るようになっていた。
デジタルで撮るときもあれば、簡易にチェキで。
「あら、綺麗に撮れてるじゃない」
「ははっ。一応、プロだからね。…………ゲホゲホッ」
「…………」
俺が咳を始めると、ユリが困ったような顔でただ黙って俺の背中を撫でてくれる。
「っ、ふぅ。ありがとう」
「…………うん」
「ユリ、たまには一緒に撮ろうか」
二人並んでチェキを構えて、パシャリ。
この日、初めて二人で写真を撮った。
俺とユリは、毎日二人で写真を撮るようになった。
そして、その日の一番気に入った写真を部屋の壁に貼っていくようになった。
右下にナンバリングをして。
出逢ったあの日のドアと壁のみの写真には『100』。
次の日の薄っすらと写ったユリの写真には『99』と。
壁に『31』を貼った。
ユリは相変わらず綺麗な黒髪と、煌めく黒い瞳。そして、少しだけ微笑んでいる。
対して俺は徐々に痩せていき、顔色が悪い。
外出もあまり出来なくなっていて、全身が青白い気がする。
「何食べたい?」
「……ん。シチュー」
最近はユリがご飯を作ってくれている。
真っ黒のスリットワンピースに、ネットで買ったどこにでもありそうなピンク色のエプロンを着けて。
「ユリ」
「なーに?」
「ん、ありがとうな」
キッチンで鍋を掻き混ぜていたユリに声をかけると、振り返って微笑んでくれた。
それがただ嬉しくて、お礼を言いたくなった。
そうしたら、なぜかユリはプイッとそっぽを向いてしまった。
「私は悪魔なの。ミチタカの魂を回収するためだけに、ここにいるの」
「ん。わかってるよ」
わかってる。
ちゃんと、5月1日まで生きるから。
ちゃんと、ユリに魂を渡すから。
だからそれまでは、側にいさせてくれ。
一生伝えることはない想いを胸の奥に閉じ込める。
――――愛してる。
壁に『10』を貼ってもらった。
「ゴホッ……ユリはいつ見ても綺麗だな」
「わるぅい魂の持ち主を誘惑して、刈り取るからね。美人だと、手のひらでコロコロできるからよ」
「ははは! 怖い悪魔だな」
「そうよ! 悪魔はこわーいんだからね! これだけこき使うのはミチタカくらいよ!」
「ん。なら……代償に早めに魂を刈り取る?」
「…………」
悪魔は、寿命の少し早めに魂を刈り取ることを許されている。基本は一日前だが、個人采配で早めてもいいらしい。
対象の人間と何かしら契約した場合など。
そして早めに刈り取った魂に残っている生命力が悪魔の糧になるそうだ。
人間一日の生命力で、悪魔は一年寿命が伸びる。
悪魔にも寿命があることに驚いた。「働かざる者食うべからず、ってやつよ」なんて、ユリが笑いながら言っていた。
俺の残り火が彼女の命に繋がるのなら、俺は彼女に命を差し出したい。
そんな思いから口からこぼれ落ちた言葉で、ユリを怒らせてしまった。
「いらない! そんなことをするためにここにいるんじゃない! バカミチタカ!」
彼女の背中から漆黒の翼が勢いよく広がった。
ばさりと何度かその場で羽ばたいたあと、窓から飛び出てしまった。
もう5月1日まで帰ってこないと思っていた。
背中が温かい。
いつの間にか同じベッドで眠るようになっていた。
そもそも、ユリは寝なくても大丈夫なのに。
「ユリ、もう帰って来たのか?」
「ご飯作ってあげないと、ミチタカは寿命より前に死にそうだもん」
「ん。ありがとう」
「バカ」
「ん。ごめん」
俺もユリも何も伝えない。でも、きっと俺たちは同じ想いを抱いている。
決して結ばれることのない想いを。
「今日も撮っていい?」
「…………うん。いいわよ」
そうして壁に『9』を貼る。
二人の想い出を。
二人の終わりに向かう、カウントダウン。
「ミチタカ、ミチタカ、起きて?」
「……ん。ごめん、いま何時?」
「もうすぐ今日が終わっちゃう……」
ユリがチェキを抱きしめていた。
「ん、撮ろう」
壁に『3』を貼った。
泣きそうな顔を我慢したユリと、目が落ちくぼんで全く笑えていない俺。
「ゲホッゲホッ、ゴホッ……っ、ハァハァ。ひでぇ顔」
「ミチタカはいつもそんなもんよ。気にするだけムダよ!」
プイッとそっぽを向くユリの肩は、少しだけ震えていた。
「…………おはよう、ユリ」
ベッドの中でユリに声を掛ける。
「……まだ、夜中よ?」
「0時過ぎたら、翌日だろ?」
「まぁ、そうね?」
「撮ってくれないか?」
「うん」
今日だけは、笑って写りたい。
頬に力を入れて、口角上げて。
「グ……ゴホッ。っ、はぁ。…………ユリ」
「っ、なーに?」
「今日、5月1日だな?」
「…………そうね。さっき、5月1日になったわね」
ユリの声が震えているような気がする。
最近、目が霞んでよく見えない。近くにあるはずのユリの顔もあまりよく見えない。
震える手を持ち上げて、ユリの頬を撫でる。
「ユリ、写真に『1』って書いた?」
「うん。書いたわ」
「ユリ」
「なぁに?」
「ドジで図々しいユリ」
「なによそれ。酷いわね」
ちょっといじけた君の声が好きだったよ。
俺と暮らすようになって、人間界のことを色々と知ったらしく、「知らないの!?」と言うと、いつもいじけた声を出していたね。
「漆黒の美しい俺の悪魔」
「べ……つに、ミチタカのものにはなってないわよ」
「ん。わかってる。なぁ、ユリ」
「さっきから何よ?」
「もう、5月1日だよ?」
「っ……………………知ってるわよ?」
泣きそうな君の声。
こんなに酷いことを頼んでごめんな。
「魂を刈り取って?」
「っ! 言わないでよ!」
泣き叫ぶ声と共に、胸にドンと衝撃が来た。
「ゲホッ…………痛いなぁ」
「バカ! バカミチタカ!」
「うん。ごめん」
唇に柔らかな感触がした。
そして、俺は深い眠りへと落ちていった。
―― fin……
「この魂は?」
「悪魔が自分の存在と引き換えに、天国行きに変更したそうですよ」
「へぇ、サキュバスが逆に魅了されたのですか。珍しいこともあるんですね」
「…………稀に、ね」
―― fin ――
閲覧ありがとうございます!
『タイトルいただいて書きました』シリーズヽ(=´▽`=)ノ
こちらのタイトルは『ゆきや紺子』様(https://mypage.syosetu.com/1608052/)よりいただきました。
素敵なタイトルありがとうございます!
妄想が捗り一気に書き上げました(*´艸`*)
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結末を読んでどう思うかは人それぞぉれ!
作者的には『メリバ』かなぁ(*ノω・*)テヘ
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